黒猫と呼ばれる学校の美少女と湿度高めの関係を持ってしまった話

ぬるるてらら

綺麗な写真


 美しい女がいる。

 

 毎朝通学で使うバス、後ろから3列目の右側の席。

 ウルフカットのヘアスタイルに、銀縁の丸っぽい眼鏡を掛けている。どこか儚くて輝いている様な感じ。

 まさに一人だけ完全に世界が違う美しさだ。

 

――黒宮椿。

 

 高校では、みんなに黒猫って呼ばれてる。

 理由は簡単だ。美しい上にミステリアスで、けれど、いるだけで周りを威圧する様な存在感。


『次は、旧市役所前……旧市役所前です』


 アナウンスが響き渡った、ふと外に目をやると廃れた商店街の道筋に入る。秋になると陽射しが街に違った顔を与える。僕は首にかけているレフカメラを取り出してすかさず撮影する。

 うん、やっぱり秋は寂れた街を撮るに限る。


 その時だった。


「――いつも何撮ってるの?」


 静かでどこか低めな声が僕にかけられた。

 カメラの覗き窓から目を離すと、黒宮椿が前の席から振り向いて話しかけてきていた。


「……なにって、商店街だけど……」


 咄嗟にそう返した。正直、僕は美しい人が苦手だ、彼ら彼女らは悪くない、ただ自分の醜さを直視させられるから。今回も、そう言ってかわそうとした。


「ふーん。なら、わたしを撮ったら? きっと……絵になるよ」


 彼女は首を少し傾げると目を細めて微笑んだ。自分の美しさを自覚した表情、勝手に胸が高鳴って耳が熱くなる。 

 

「は……?」


 でも、すこしだけ腹が立った。

 まるで、僕の写真より”私の方が綺麗”と言われたような気分。

 ふざけるな、僕は自販機の隣に座り込んでる顔がシワだらけの婆さんの写真とかの方が好きなんだよ。


「やだ……君みたいな綺麗な人が映ると、写真が偽物に見える。というかレンズが焼ける」

「ふふっ、なにその例え? 変な人なんだね、君って」

「そうかな? バスで写真を撮ってる人に話しかける君も大概だと思うけど?」


 少し悩んだ。そして、僕を興味深そうに見つめる目の前の女にささやかな抵抗をしてみた。

 

「そう? 同級生なら普通じゃないかな」


 どうなんだろう。でも確かに同じ高校で同級生なら話しかけても許されるような気がする、面識なくとも。


「それより、綺麗な写真嫌いなんだね、綺麗な人を撮らないって」

「……綺麗な写真というより、綺麗なものは誰が撮っても綺麗だろ、そこに僕の感性が入り込めない」

「ふふ、意外と自己主張したいカメラマンなんだね?」


 黒宮さんは少しだけ揶揄うように目を細めて僕を見つめてくる。でも、少し間を置いて。


「なら……君が私を撮るときどんな私を撮りたい?」


 なんだよそれ……

 黒宮さんは僕を試す様な瞳で見つめてくる。心の奥まで見透かされているような感覚。

 けど、黒宮さんを初めてみた時から僕は考えていた表情はある。


「……泣いてる顔、情けなく。鼻水垂らしてたらなおいい」


 僕がそう言った瞬間、黒宮さんは目を大きく見開くと、すぐに口を押さえて笑い始めた。

 

「――あはは、ふふっ、ふーん……そっか」


 周りの目線に気づいたのか、笑いを押し殺してさらに僕に顔を近づけてきた。


「ねぇ……名前は?」

「僕の?」

「他に誰がいるの?」


 少し呆れたと言わんばかりに目を上に向けて、ジト目で見てくる。

 

「……牧野謙一。 謙虚の謙に数字の一」

「わたし……黒宮椿。ね、高校一緒でしょ?牧野くん」

「そうみたいだね……」

「喜ばないの……? こんな綺麗な子と通学も一緒なのに」


 傲慢な台詞だった。自分の価値をしっかり認識して臆する事なくそれを振り翳してくる。

 黒宮さんは目を細めながら口元は笑ってる。

 

「明日からはずらして乗るよ」

「あははっ、辛辣!」


 口を押さえて笑い転ける黒宮さん……でも、なんかすこしだけ毒気が抜かれた。

 

「まぁ、たまたま乗るバスが同じなだけだし、そんなので勘違いするほど僕は甘くない」

「ふふ……身の丈を知ってるって言いたいわけね? あ、背伸びしてるんだ?」

「っ! な、なっ――」


 その時だった。ピンポーンと音が鳴り『次は清島高校前〜清島高校前』とアナウンスが響く。

 黒宮さんはくすりと笑うと「もう……着くね」と囁いてくる。なんて事ないセリフなのに耳を直接舐められるような甘い響きだった。

 興奮よりも恐怖を感じた……この女が本気を出せば僕なんて、簡単に弄ばれてしまうのだとわからされた気分。


 降りるのは僕と黒宮さんの二人だけ。バス停に降りると、黒宮さんはさらりとした仕草で降りてきた。ふわりと制服のスカートが風に靡いた、それをそっと手で押さえると、手で軽く整えた。


「ね、牧野くん……」

「……はい?」

「私ね、いま彼氏募集中なんだ」


 ――は?


 飛んだ爆弾発言が投下された。黒宮さんと言えば数々の告白を握りつぶしてきた張本人……それが僕の前でそんなことを?


「それでね……お願いがあるんだ」

「――断ります」

「ええっ、ひどいよっ……ね、彼女いるの?」

「いるって言ったらどうする?」


 僕がそう言った瞬間、黒宮さんは目を細めてゆっくりと距離を近づけてくる。


「ふふ、なら……牧野くんを寝取っちゃおうかな」


 低く甘い声で当たり前のことのように囁いてくる。

 その瞬間、理解した。この女は悪魔だと。

 

――わたしの前で嘘をつけると思わないで。


 まるでそんな事を言われたような気分だった。

 冷や汗が止まらない。けれど、同時に隣に彼女がいると言う事実……匂い、体温が全てが現実の輪郭をぼかしていくような気がした。


「ねぇ……私の彼氏になって? 謙一くん」


 朝の高校前のバス停だ。

 こんな本気かどうかわからないふざけたことを言われても、腹が立つとかそんなことより、ただ僕は、そんな告白すら美しい、としか思えなかった。


「……は? そもそも、なんで僕?」

「うーん……私、好きとかそういう感情を抱いたことがないけど、君には興味が湧いた。それだけ」


 そう言って、黒宮さんは少し首を傾けると微笑んだ。

 

 厄介なことになった。


 ただそれだけを考えていた。


「やだね……」

「……あぁ、そう……なんだ」


 目を丸くして意表をつかれたような表情、まぁ断られるなんて黒宮椿は考えたこともないだろうし。

 少し胸が締め付けられるような感覚。けど、付き合うなんてそんなのはムリだ、隣に並べる自信がない。

 

 けど……

 

「――でも、被写体になって欲しい」

「……ふふ、どうして?」

「だってまだ、本物の写真を撮れてないから」


 ここでこの関係性を終わせたらダメだって思った。

 だって、黒宮椿の泣いている写真をまだ撮っていない。

 

――でも、完成された関係性で撮りたくない。


「……あはっ、あはは、ふふっ、うん、いいよ? 謙一くん」


 笑い涙を堪えながら口を元を押さえて返事をする黒宮さん、その表情は少しだけ本当な気がした。

 

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黒猫と呼ばれる学校の美少女と湿度高めの関係を持ってしまった話 ぬるるてらら @VenusdeMilo

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