死神の救済

「憐れむなよ、これァオレが選ンだ」

フゥ、と細く煙を口から吐き出し、死神は不気味に笑って見せた。人間にはできない、人外の笑い方だった。

マリーは、ようやく自分の役目をはっきりと理解した。これまで、否定していたことを目の前に突きつけられ、クラリと頭が揺れるような心地がする。

マリーは静かに夢想する。

あのオリヴァ・オーガストという男を、どうにかできないか、と。

これは、小さな、けれども大きな復讐である。

何も殺したいわけではない。それは死神の仕事だ。ただ少し、ほんの少しだけ苦しんで欲しかった。エドワード・グレイという男を死神にしたあの男に、少しでも罪悪感を与えられたら。

最後に、死神は、転がった死体をジロと横目で見つめ、マリー向けて、幸せそうに、賞賛を乞う子供のように口を開いた。

「なァ、マリィ。オレの、マリア」

覚悟は決まった。

自分達は、何も選べない。この死神と呼ばれた男も、それは同じだ。

ならば、なんと愛おしく、哀れな同胞であろうか。

肩に死神の頭を抱き込み、癖のある黒髪を乱すように撫でる。

その様は、涙が出そうなほど暖かく、一枚の宗教画のようですらあった。


罪は裁かれるべきだと、誰かは言った。

しかし、それは、誰による裁きであるべきか。

エドワード・グレイは、神のみが人間を裁く権利を持つと思っている。人間が人間をジャッジするなんて、そんなことがあって良いはずがない、とも。

真っ暗な視界の中で、レコードの様にこれまでの記憶が巡る。死体の虚な目、トクトクと流れる血液の生温かさ、揺れる茶髪、新緑色の瞳。それから、自分を呼ぶ、冷酷に思えてあたたかな声。

死神は、ゆるゆると重たい瞼を持ち上げた。

ママは、オレを、どう呼んだンだッたか。

考えかけて、やめた。

ウイスキーを喉に流し込めば、カッと喉の奥で火花が散る。脳味噌が溶けていくかの様に何も考えられなくなる。しかし、心臓だけが内側から殴りつける様にうるさい。

「エド?」

少女の喉を、人差し指の中指の先でそっとなぞる。彼女の細く、小さな親指に指輪はない。出会った時から、そんなものはしていなかった。

「お前ァ、オレの、マリィだな?」

瞼を伏せて、彼女は静かに微笑んだ。

「そうだよ、私のエド」

死神は、満足げに喉だけで笑って、目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

死神の救済 @shiro_oo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ