女神を名乗る不審者

「──わ!──に──ダメ───ら?」

「...ん、誰だ?」


頭にはやや柔らかい感触を感じ、耳元が少しばかり騒がしかったため気がついた。


「三日月?」


視界を開くと、目の前には三日月があった。だが、家で見える月とは違って目の前にある、これはなんだ?


「きゃ!」

「えっ...うっ!?」


そっと手を伸ばすと、月の上から可愛らしい声が聞こえ何かから突き落とされて頭を打った。


「っ〜〜〜!」

「ご、ごめんなさい!で、でもあなたが悪いのよ!?急に人の胸を触るなんてことするから!」


頭を抑えて痛がるわたしの元へとやってきたのは金髪碧目の漫画から飛び出してきたと言われても信じるぐらいの美しい人だった。


「あ、だ、大丈夫だ。わたしもすまない、月と勘違いしたんだ」

「あらずいぶん詩的ね、もしかしてロマンチスト?」

「父からはロマン星という星からから落ちてきた、と言われたことはある」


もちろん、嘘だが。


「へっ!?そ、そうなの!?あ、あなた人間じゃないの!?」

「嘘だ」

「も〜〜〜〜!!なによ!信じちゃったじゃん!!」

「いや、まさか信じるとは思わず」


ポコポコと殴ってくるが、力がこもってないのか全く痛くない。


「それで、ここはどこ?さっきまで風邪ひいて休んで...あれ、体の怠さがない?」

「ふっふん!ようやく気がついた?ここはね、女神の間よ!」


体調不良だって一瞬で治ると、言いながら満面の笑みを浮かべている。

...よくわからないが、旅館にありそうな名前だ。


「ちょっと旅館じゃないわよ!」


...!?こ、心が読めるのか?


「こう見えて女神なのよ?心を読むなんて簡単よ」


なるほど、女神を名乗る不審者か。


「違うわよ!!正真正銘の女神よ!」


女神...確かに、目の前の彼女はそう言われるとどこか納得してしまうぐらいの美しい。背は...わたしと同じぐらいか、あのサラサラの金髪はしっかりと手入れされているのがわかる。わたしが男だったら照れて会話も出来ないだろう。

しかし、これに膝枕されるというのはご褒美では?


「ちょ、ちょっと、そんなに褒めても何も出ないわよ」


ほお、ツンデレまであると。ははーん、これは男の癖が詰まった女神だな?

どうやら、心の古畑も推理が終わったようだ。


「──ってか、楽してんじゃないわよ!!ちゃんと話さんかい!!」

「すまない、つい面白くて」

「あなた、真顔でボケるタイプなの?全く表情が読めないんだけど」

「ポーカーする時に有利だぞ、ルールは知らないが」

「適当ばっか言ってんじゃないわよ!!」

「あなたのせいで話が逸れたな。オホン...それでなぜわたしはここに?」

「はっ倒すぞキサマ!!」

「アンガーなとんかだ、落ち着け」


女神と名乗る不審者は、握りしめた拳を振り上げで空気を殴り深呼吸をすると先程のような厳格な雰囲気に戻っていった。


「...失礼したわね、ボクの名はフローラ。豊穣の女神さ」

「フローラ、それでわたしはなぜここに?」

「ボクのために力を貸してくれないか?」


女神フローラは語った。

他の女神達が住む世界にも選挙というものがあるらしくそれの1番に選ばれると地球の神の座につけると。


「座につくと、何かいいことがあるのか?」

「女神見習いってね、思ったより暇なのよ」

「...はあ」

「キミ、映画は好き?」

「まあ、人並みには」

「座につくと、いろんな人の人生を映画のように観れるの...見習いは観ることが出来ない、それどころかシアターに入ることも禁止されているの」

「いい趣味してるな、女神というのは」

「娯楽なんてコレぐらいしかないの!」


人生を見られるって、なんか...キモいな。


「おい、聞こえてんぞ!」

「いやいや、普通に気持ちわるいだろう」

「結構面白いのよ!?人の恋路とか見てるとドキドキするじゃないの!」

「しないが」


しばらく問答が続くと思ったのだが、また話が逸れそうだったためすぐに本題へと戻った。


「選挙とわたしがここにいる理由は関係があるのか?」

「ええ、選ばれるには功績が必要なの、それもドデカいのがね」

「世界を救うとか?」

「そう!それで、あなたに世界を救って貰おうってこと!もちろん、あなたにも報酬はあるわ!」


う〜ん、世界を救うか。

はて、どうしたものか、勝手に変なところに連れてこられて世界を救ってとか言われてもな...


「聞きたいことがあるんだが、聞いても?」

「なにかしら?」

「なぜ、わたしなんだ?」

「それは...くじ引きよ」

「は?くじ引き?」


素っ頓狂な声が出てしまった。そうか、くじで決められたのか...だが、それはそれとして運がいいな、何せこの天堂天華を引き当てたのだからな。

落ち込むわたしに対してフローラはいい返事が来るだろうとウキウキしているのかどこか落ち着かない様子。


「ちなみに断ったら、どうなる?」

「断るの?」

「どうしようか、所詮くじ引きで引かれた人材だしな、変わりはいるだろう?」


嫌味をこめてそう言ってやると、フローラは頬を膨らませ涙目になっていた。


「いないわよ...くじ引きのやり直しは出来ないの。けど、そうね...勝手に巻き込んでごめんなさい、今から元の世界に戻すわ」


泣かないように必死に耐えているのがわかるぐらいに震えていた。それを見ているとなんだか申し訳なくなってくる。

無意識に手を伸ばすフローラの手を掴んでしまった。驚く彼女にわたしは告げる。


「な、なに?」

「いくよ、そんな涙目になっているキミを放っとくなんて出来ない」

「行ってくれるの?」

「ああ、それともわたしでは不満か?」

「いえ!そんな事ないわ!」


途端に彼女には笑顔という花が咲いた。

ウキウキしながら何もない空間にビジョンが浮かびあがった。

フローラはそれについて説明してくれた。


「スキル?」

「丸腰で行かせるなんて事はしないわ、すぐ死なれてもアレだし」

「色々とあるんだな、これがチートというやつか?」

「そんなものはないわ、チートなんて与えたら追放されるもの」

「そういうものか」

「チートなんかゴミ、努力しないで取った強さに価値はないわ。人は努力をやめたら死んだも同然じゃないの」


酷い言われようだ...だが、チートはゴミかもしれないが、わたしというカードはチートの塊だぞ。

しかし、色々とあるな。魔剣に魔力増強、秘伝マシンだと!?そんなものまであるのか!?バイクまで、ガソリンは向こうにもあるのだろうか。

探していくうちにこれだ、というものを絞った。


「悩むわよね、そんなにあったら」


うんうんと何人も見てきたのだろうか、頷くフローラを横目に絞った中から一つを決める。

世界の棚、これはありとあらゆる世界の武器を取り出せるスキル...ふむ、これチートスキルでは?

他にも、好感度MAXのスキル、ペンで描いたものが実体化するスキル、絶対折れない剣だったり、弾切れにならないけど確率でジャムる銃だったりと色々と目星をつけていたが、わたしが選んだのは...


「これにする」

「...テイマー!?正気!?」

「疑われるぐらい言われるのか?」

「それだけはやめておきなさい!」

「なぜだ、モフモフに囲まれるのはわたしの夢なんだ」

「あのねぇ、テイマーって今からいく世界じゃ、最も最弱なのよ?スライムとかコバルトぐらいしかテイム出来ないし、基本は運ゲーよ?」

「それはあくまで他の人の場合だろう」


スライム、いいじゃないか上手く使えば泥とか小さい汚れとか落とせそうで便利じゃないか。

コバルトだって、剣を持っているなら一緒に剣の修行だって出来る。

『テイマー』だから、と下に見ている連中一人残らず土下座させてやろう。


「わたしは天堂天華、『天』が二つもついているわたしに出来ないことなどない。暗闇には光を、泥舟はノアの方舟に、全ての世界に天堂天華という人間を刻み込んでやるさ」

「自己肯定感が皇帝なんだけど!?」


もう仕方ないと、フローラはわたしに手をかざし日本語ではない言葉を発すると体中から力がふつふつと湧き上がる。


「はい準備完了...じゃ、次は服選びね」

「まだあるのか」

「そんなパジャマ姿で行きたいなら止めないわよ」

「ぜひ服をもらおう」


パジャマで異世界転移は味気がない、それにこれでは寒さは凌げないからな。

パチンと指を鳴らすと沢山のタンスと棚が現れ好きなの選んで頂戴とまるで自分も行くかのようにフローラも服を選び始めた。


「ふむ、ならこれにするとしよう」

「早くないかしら?ってもう着替えてるし」


選んだのは和服とコートが混ざったような上着、下には白いワイシャツをきて下は黒いパンツ、そしてブーツ。

パーペキだな。


「ボクはこれにしようか...ん?えっ!うそ!?」

「どうした?」

「あっ、うーん、マジか...」


頭を抱えて、わたしに伝えるようとしているのかチラチラと見ている。


「言いづらいんだけど、今からいく世界にあなたのクラスメイトもいるらしいのよ」

「...みんなくじ引きで選ばれたのか、運がいいのか悪いのか」

「あー違う違う、多分だけど向こうに召喚されたんじゃないかしら」

「そんなことがあるのか」

「これ禁忌なのよ」


頭を抱えて、わたしには理解が出来ない言語だが、おそらく色々と愚痴を言っているのはわかる。


「はぁ〜、ごめんなさい。それじゃあ行くわよ?」

「謝ることはない、誰にだって文句を言いたい時はあるからな...それに、キミみたいな美人が慌てふためくところを見るのは中々に味がある」

「...そ」


素っ気なく返されたが、心なしかどこか嬉しそうではあった。

手をかざして、わたしは謎の光に目を瞑ると同時に浮遊感が唐突に襲ってきた。


「...おお」


目を開けばそこには一面に広がる森!!

...森?おかしい、なぜわたしは上から見下ろしている?さては大きくなった?

いつまで経っても消えない浮遊感に目線を下に向けた。


「...なるほど、落ちているのか」

「なんで冷静なのよ!!」


さっきまで聞いていた声が隣から聞こえ、振り向くとそこにはフローラが怯えた表情で身を縮めていた。


「きゃあああ!!落ちてる!!落ちてるわよ!!」

「なぜここに、と聞くのは野暮か?」

「後で話すから!!どうにかしてよ!!」

「大丈夫だ、昔スカイダイビングを経験した事があるからな。このぐらいならお茶のこさいさいだ」

「パラシュートないでしょうが!!」


それもそうだ、忘れていた。

そういえばあの時もパラシュートなしで飛んでた気がするな。しこたま怒られたが。


「仕方ないな、フローラこっちに来い」

「ちょっ、きゃ!?」


彼女を抱きしめて、近くを飛んでいた火を纏う鳥に手を伸ばす。


「...我が名は天華、我が名に従いたまえ」

「ちょい!!待たんかい!!」

「なんだ?」

「初手でフェニックス従えられるわけないでしょうが!!逆に燃やされるわよ!!」

「出来たぞ、ほら」


指を刺すとフェニックスがわたし達目掛けて飛んできてくれていた。

うそぉ!?と、開いた方が塞がらないフローラとそのまま背に乗せて貰う。


「すまない、助かった」

「うそ、なんで?初手でいきなりフェニックス?なんなのコイツ」


ゆっくりと降下してもらい、地に足をつけると助けて貰ったフェニックスを撫でてお礼を言うとどこかへと飛び去ってしまった。


「さて行くか...と、その前に説明してくれるのか、ここにいる理由と体が小さくなった理由を」

「そういえば言ってなかったわね。ボクも一緒に旅をするのよ、引き当ててそのまま頑張ってね〜なんて女神として終わってるわよ」

「そうか、なら小さくなった理由は...まさか、アポト「女神の力を使わせないため」違うのか」


幼馴染と遊園地に行って云々カンヌンじゃないのか、がっかりだ。

落ち込むわたしとは対にフローラはどこかソワソワしていた。


「どうした、どこか痛むか?」

「い、いえ、違うわ。その、人の体はこんな感覚なんだってちょっと驚いてるだけ」


天界にいた時の姿は仮の姿で、食欲も湧かなければ睡眠やお手洗いといった、人としての機能はなかったと言う。


「なら、これからやる事なす事初めてなのか」

「そうね、でもワクワクしてる...ボク、ご飯?というものが食べてみたいかしら」

「...フフッ」

「なによ、悪かったわね。常識知らずで」

「違うさ。可愛いところもあるなって思ってな」

「〜〜〜〜〜っ!」


おい、なんだ、褒めたじゃないか。脛を蹴るな、ちくっとするだろう。


「フローラ、改めてよろしく」

「ボクをしっかり守ってくれよ?」


千里の道も一歩から、わたし達は『グラーバント』という世界に舞い込んだ。

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転移したら「テイマー」になり天下を取る!〜TTT〜 鷲宮 乃乃@X始めました @koyomad

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