皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞①~悪夢の海で瞑る翳・代償と贖罪の狭間で望まれる~

ノリト&ミコト

序 章

プロローグ・残るは混乱、伝える希望~消えゆく命の灯に~

 ほんの、数秒前の出来事が頭の中で甦る。



 ウスニー=メンテは皇宮内にある神殿……通称・皇宮内神殿……所属の医務殿を預かる医呪いじゅ神官である。


 医呪神官というのは、神殿に所属し、医療を専門とする神官呪師しんかんじゅしのこと。


 呪師じゅしというのは、このインフォース大陸において魔法を使える者。


 神殿所属の神官呪師は神の奇跡とも呼ばれる白魔法を、皇宮に所属する皇宮呪師こうぐうじゅしは魔族の力さえ利用する黒魔法を主に使う事ができる。


 三日前から医務殿に入院していた皇宮呪師のインス=ラントと、同じく入院中だった神官呪師見習いのアインが病室から消えてほんの一時間ほど。


 インスたちの失踪に関する痕跡調査の結果を報告するために医務殿から皇城に来てすぐ。



 血まみれの皇宮呪師がここ、エスパルダ聖皇国の皇孫皇女であるジャンヌ。


 ジニア・プローフ・ジャネット皇女殿下の部屋で発見されたとの知らせを受けて駆けつけた、その目の前でジャンヌたちがいなくなった。



「何っ!?」


 驚くジャンヌの声と。


「どうなってるんだ!?」


 一緒に部屋にいたジャンヌ専属護衛騎士団の一員で、ジャンヌの親友(悪友)でもある赤髪の孤児の青年・リオンの叫び声。



 部屋いっぱいに広がった赤い光が描く魔法陣は、室内にいたジャンヌとリオン。


 駆けつけ、踏み込んだところでインスに止められた、専属護衛騎士団長のファン卿ディアスと。


 専属護衛騎士団の一員で、神官呪師の見張りを兼ねた護衛役である神殿護衛官・クロード=トレーニア。


 その四人を包み込み、眩い光が破裂する。



 あまりの眩さに視界を遮られた一同が目を開くと、残っていたのはぐったりとして、力の抜けたインスだけ。



「……嘘だろ……」



 唖然と、ウスニーが漏らした呟きの後、辺りには悲鳴と怒号が響き渡り、混乱の坩堝るつぼに陥っていた。




 混乱は、数瞬。


 室内に踏み込みながらウスニーは声を張った。



「主神殿に伝令を走らせろ!緊急搬送する!各方面に報告急げ!!」



 怒号を裂く、凛とした声の指示に、一瞬にして静まり返る。



「ぼさっとするな!動け!!」



 続く指示に、一斉に応答が返り、組織立った動きが再開した。


 その様子に、こっそりと息を吐いて、ウスニーは残されたインスに急ぎ足で歩み寄る。



「おい、インス!聞こえるか?」



 血まみれのインスを見て、顔を顰めながら声をかけた。




 医務殿の白い寝衣も、その上に羽織っただけの皇宮呪師の黒いローブも何かに切られ、裂かれた跡とおびただしい量の血がしみ込んでいて、まともな部分を探す方が難しい状態。


 顔色は青ざめて、明らかに血が足りていない。


 一体何があって、こんな状態でジャンヌの部屋に現れたのか。


 一緒に消えたアインはどこにいるのか。


 分からないことだらけだが、だからこそ死なせるわけにはいかない。



 更に、ウスニーが呪師だからこそ分かる状況の悪さ。


 インスから魔力が一切感じられない。


 完全な魔力切れで、おそらく生命力までもが枯渇している状況。


 理由は明白。


 先ほど出現した赤い光が描く魔法陣は、何らかの外的要因で無理やりインスから魔力を搾り取って発動されていた。



 それでなくてもたった三日前に、ジャンヌたちの極秘訓練の時に、


 ……皇女であるジャンヌになぜ訓練が必要だったかは置いておいて……


 起こった事故というか事件というかで、インスは根こそぎ魔力を奪われて、


 ……これもまた外的要因で無理やり奪われた……


 まだ魔力が回復しきっていなかったというのに。



 更に、一時間ほど前に医務殿からアインと一緒に消えた時にも同様の魔法陣が出現し、この時はインスとアイン双方から魔力を奪って発動していた。


 その上で、一切残らない痕跡から、魔族の関与が濃厚と疑われていた矢先の出来事。



(間違いない……。魔族による襲撃だ……。五年前に皇太子ご夫妻を含む、多くの者が犠牲になったのと同じように……また、魔族が女神に祝福されたジャネット皇女を狙って仕掛けてきたに違いない……。ということは……!)



 インスの容体を確認しながら、ウスニーの思考の半分は最悪の結論を導き出す。



 呼び掛けはしたものの、これだけ生命力まで枯渇していたら意識はないだろうと思ったが、インスは途切れがちの薄い呼吸を苦しげに繰り返しながら、うっすらと目を開いた。



「……ゥ……スニ……さ……」


「無理に喋るな。余計な体力使える状況じゃ……」



 途切れがちに名を呼ぶインスを黙らせながら確認するが、どういう訳か酷い怪我が見当たらない。



 状況からみて考えられない程度の軽傷しかなさそうで、訝しげに眉を潜めるウスニーの手をインスが掴んだ。


 震えて、力が入っていないのに、強く、掴む。



「インス?」


「……に……し。はい、り……きゅ……」



 顔を見たウスニーに、途切れがちに何かを伝えてくる。



 殆ど吐息に近くて、意識を向けていたからこそ聞き取れた微かな音。


 一瞬意味が分からなくて、頭の中で繰り返す。



「……!そこにいるのか!」


「…………」



 ハッと気づいたウスニーに、微かに頷き返したインスの体から力が抜けた。



「っ!インス!!」



 声をかけるが反応がない。



 途切れがちだった呼吸が止まり、血の気の引いた顔が更に青くなっていく。


 当然脈も弱くなっていて、いつ止まってしまうかわからない。



 ウスニーは舌打ちすると声を荒げた。



精霊補助師せいれいほじょし!呼吸確保!!騎士団!皇都西方の旧都にある廃離宮に救援送れ!!皇女たちはそこに連れ去られた可能性がある!!」



 バタバタと駆けつけた医務殿からの増員に指示を出し、残っていた護衛の騎士にたった今インスが残した手掛かりを伝える。



 状況の悪化と、もたらされた情報に、辺りは別の騒ぎが広がって行った。


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本作をお読みいただきありがとうございます。


いよいよ本日より、スピンオフ連載『皇宮呪師は護りたい!』がスタートいたしました!


【本編はこちら】


姉姫様は魔族を斬りたい!~最愛の弟皇子を救うため、女神の巫女は呪いをかけた魔族を探します~(https://kakuyomu.jp/works/822139839415666422


2025年12月21日に第1部が完結した本編『姉姫様は魔族を斬りたい!』。


その裏側で起きていた、歴史に残らない者たちの物語――『聖皇国列伝秘聞』がいよいよ始動します。


第1弾となる今作は、本編第5章でジャンヌたちが転送された「あの瞬間」の皇宮から幕を開けます。


死線を越えて戻ってきた皇宮呪師インスと、いまだ悪夢の中にいる少年アイン。


二人の「生還」の物語を、どうぞ最後まで見守っていただければ幸いです。


【今後の連載スケジュールについて】


続きは明日21時から、毎日1話ずつ更新いたしますので、どうぞお見逃しなく!


【ミニコラム掲載中!】


近況ノートにて、キャラクター紹介や用語の解説などを不定期で掲載しております。

12月21日に投稿した「【第1部・完結】終章公開!そして、緊急座談会:『姉姫様』護衛騎士団が語る、戦いの果て」と併せて、ぜひチェックしてみてください!


【読者の皆様へのお願い】


「面白かった!」「続きが気になる!」と感じていただけましたら、ぜひ★(星)や応援コメント、フォローをお願いいたします!皆様からの応援が、作者の大きな励みになります!


また次回もどうぞよろしくお願いいたします!


【第1弾は完結まで執筆済みです。よければ最後までお付き合いください。】


【本作は「小説家になろう」にも投稿しております。】


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2025年12月24日 21:00
2025年12月25日 21:00
2025年12月26日 21:00

皇宮呪師は護りたい!聖皇国列伝秘聞①~悪夢の海で瞑る翳・代償と贖罪の狭間で望まれる~ ノリト&ミコト @miyahime

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