2. 出逢い
(私は今まで、この人たちを守るために、人生の全てを捧げて来た……それに対する彼らの報いが、この悪意なのね。私は一体、今まで、何のために……)
人々から投げつけられる悪意に涙が滲む。でも、辛うじてこらえた。
(……私は……私は、絶対に泣きはしない。偽りの聖地、偽りの聖なる民になど、何の未練もないわ。私は……私はもとより、何も持たずに生まれた身。私は絶対に生き延びて、今度こそ、自分のための人生を、生きてみせる。聖女などという私を縛るだけの肩書は、もう私には、必要ない!)
見せしめのように広場を連れ回されて向かう先は、女神ダイアの神殿だ。ここは、聖地ゼトの中心にある白い石造りの神殿で、断罪された者は皆ここで、女神に
「罪人マリスティア。女神ダイアに、最後の祈りを」
私を連行して来た
白い神殿の最奥には、碧のツタに縁どられた麗しい泉が、常と変わらず豊かに湧き出ている。泉の中央には、女神ダイアと、その
私は女神ダイアを見上げ、膝をついた。女神の伸ばした右腕には、白蛇レヴィが巻き付いている。透明或いは青い水晶で形作られたこの神秘の像は、光受けて輝く水の揺らめきを永遠に留めているかのように美しい。
「女神様……なぜ、このような
3日前。処刑された二人は、ここで膝をついて祈りを捧げていたのだ。アルマンは私が彼らを手引きした、と
私は怒りと悔しさに、拳をぎゅっと握り、女神を見上げて言った。
「……サフィールの民は、我々と同じ人間です。聖地とサフィールを生きる人々に、一体何の違いがあるのでしょう! ここは、聖地などではありません……我々は、神でもなく、聖人でもないのです……そこに集うのが罪深い人間である以上、この地上に、聖地など存在しないのですわ!!」
答えはない。私は、陽光の中で静かに微笑む女神と、その女神を愛しく見つめる白蛇レヴィに訴えた。
「女神様。わたくしは、今まで、自分の全てを犠牲にして、女神様にこの身を捧げて来ました……けれど、それももう終わりです。わたくしは、全てを失い、たった一人この聖地を出て行きます。……どうか、もしも本当に、女神の加護というものがあるのなら。これまで女神様に尽くして来たわたくしに、哀れみを下さるなら! わたくしを、お守り下さい……わたくしは、生きて、生き延びて……新たなる人生を、精一杯、生きてみせる!」
刑吏人たちが「時間だ」と言って、私を神殿から連れ出し、罪人を運ぶラダの背に乗せた。ラダは四本足の、崖を棲み処とする
私は縄打たれたままラダの背に乗せられ、2人の刑吏人と共に、
(あの者達は、どんな思いでここを通って来たのだろう……それを、あんなやり方で処刑するなんて……。大司教ゴア……そして、アルマン、ニナ!! あなた達は、いつか必ず、その行いの報いを受けるわ!!)
洞窟を下りきると、そこはサフィール大陸だ。刑吏人二人が、洞窟の北側にある錆びた
「行け、罪人よ」
私はラダから下ろされ、刑吏人に背後から突き飛ばされる。両手を拘束されたままの私は、よろめいて膝をついた。背後で、再び金属のきしむ音と共に重い扉が閉まる。私は立った一人、
私は絶望的な気分で立ち上がる。ここは、光の原野。ゼトの罪人の追放地で、その名とは裏腹に、赤茶色の砂地に灌木が群生する、寒々しく暗い原野だ。
「光の原野……聞いたことはあっても、実際に来たのは初めてね……。噂に聞く通り、陰気な場所だわ」
ゼトの罪人は、全ての所持品を
「聖獣……どんな生物か想像もつかないけれど、私は丸腰なのだもの。それがどんな獣であったとしても、こちらが勝てる見込みなど無さそうね。とにかく、今すぐに逃げなければ」
聖地ゼトでは、光の原野に関して何か知ろうとすることは、女神ダイアへの
私は辺りに気を配って歩きつつ、身をよじる。私の両手は、体の前で拘束されたままだった。
「どうにか、この縄だけでも切りたいけれど……どこかに、尖った石か何か……」
そう呟いた時だった。背筋に悪寒が走り、私はぎくりと足を止める。視線を感じる。それも、一つではない……。
「あれは……!!」
黒い
「あれは……あれが、本当に聖獣?! なんて
頭が二股に分かれた巨大な獣が、灌木から何頭も姿を現わした。一つの頭に、三つの赤い目。岩をも砕きそうな大きな顎に、獲物の音を逃すまいとするピンと立った耳。体は針のような黒い剛毛に覆われ、太く短い足は、いかにも強健さを感じさせる。
彼らは長い牙の生えた口からよだれを垂らし、私を睨んでいた。獣達は、グルルと唸ると、私を目掛けて突進してきた!
「きゃああー!!」
逃げられるわけがないのに、私は本能的に踵を返して走っていた。だが、獰猛で巨大な獣の脚力になど、最初から敵うはずがないのだ。黒いドレスの裾が足に
食い殺される!!
そう思ってギュッと目をつぶった私は、けれど、暫くしても、体のどこにも異変が無いことに、おそるおそる目を開ける。もしかして、痛みを感じる間もなく死んでしまったの? その時だった、私の頭上から、よく通る深みのある声が降って来たのは。
「マルセル! こちらは済んだぞ。そっちは大丈夫か?」
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水晶宮の聖女と荒野の覇王 愛崎アリサ @arisa_aisaki
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