第10話 世界を越えるもの

裂け目の向こうは、白かった。


光ではない。

闇でもない。

ただ、“余白”のような空間。


境界が崩れる音が、背後で遠ざかっていく。

振り返れば、もう異界は見えなかった。


「……越えた、のか」


キースの声は、久しぶりに“音”として響いた。


足元には、確かな感触がある。

空気があり、重力があり、方向がある。


【世界定着:進行中】

【役割情報:未付与】


ミィが地面を踏みしめ、短く鳴いた。

黒猫は周囲を確認し、シャオは安堵したように息を吐く。


「探索者じゃない世界、か」


頭の奥に、スキルの反応はない。

〈まねきねこ〉は沈黙したままだ。


だが――

不安は、なかった。


「不思議だな」


キースは呟く。


「力も、肩書きも、帰る理由もないのに」


それでも、立っている。

歩ける。

隣には、猫たちがいる。


ミィが前に出る。

黒猫が横に並ぶ。

シャオが、その間を埋める。


配置は、自然だった。

誰も命じていない。

誰も導いていない。


「……ああ、そうか」


キースは、ようやく理解した。


世界を越えるものは、力じゃない。

役割でもない。

選択ですらない。


“関係”だ。


同じ世界に属さなくなっても、

同じ役割を持たなくなっても、

一緒に選んできた時間は、消えない。


それが、境界を越えた。


遠くに、風景が見え始める。

知らない大地。

知らない空。


だが、恐怖はない。


「行こう」


キースの言葉に、猫たちは当然のように応じた。


探索者ではなく、

英雄でもなく、

世界の管理者でもない。


ただ――

世界を越えても、並んで歩ける存在。


異界は崩れ、

境界は消え、

役割は失われた。


それでも残ったものがある。


それこそが、

どんな世界でも通じるもの。


キースと猫たちは、新しい世界へ歩き出す。

名もない旅人として。


そしてこの旅は、

終わりではない。


――ここから先は、

**第三部「時間経過編」** が待っている。


語られない伝説と、

名を残さない最終章へ。


(第二部・完)

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最底辺探索者キース  第二部:別世界編「招かれた異界」 塩塚 和人 @shiotsuka_kazuto123

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