第4話 告白未遂
12月24日。
午後11時。
私は部屋で一人、ストロングゼロ(ダブルレモン)を飲んでいた。
テレビでは明石家サンタが流れている。
不幸な話を聞いて笑う番組だけど、今の私にとっては笑えない。
自分が電話して鐘を鳴らしてもらいたいくらいだ。
「クリスマスイブにドタキャンされて、一人でストロングゼロ飲んでます」
……弱い。
エピソードとして弱い。
ただのありふれた不幸だ。
合格の鐘どころか、参加賞すらもらえないレベル。
『ピロリロリン!』
スマホが鳴った。
心臓が跳ねる。
ユウトからだ。
『今から会えん?』
『近くの公園いるんだけど』
は?
今?
深夜11時だぞ?
ゼミの飲み会はどうした?
終わったのか?
それとも、他の女との予定が崩れたから、スペアの私に連絡してきたのか?
思考がぐるぐる回るけど、指は勝手に『いいよ』って打とうとしている。
バカな私。
プライドのない私。
でも、会いたいと思ってしまう自分がいる。
『すぐ行く』
送信してしまった。
バカだ。本当にバカだ。
スウェットの上にコートを羽織って、コンビニへ走る。
公園に着くと、ユウトがブランコに座っていた。
「よう」
「……何してんの、こんな時間に」
「いやー、飲み会終わってさ。なんかお前の顔見たくなって」
酔っ払ってる。
顔が赤いし、息が酒臭い。
「……ふーん」
隣のブランコに座る。
鉄の冷たさが尻に響く。
「悪かったな、今日ドタキャンして」
「別に。気にしてないし」
嘘つけ。
死ぬほど気にしたわ。
「お詫びにこれやるよ」
ユウトがポケットから何かを取り出した。
缶コーヒーだ。
しかも微糖。
「……ありがと」
温かい。
カイロ代わりになる。
これだけで許してしまう自分がチョロすぎて泣けてくる。
「……なぁ、俺たちさ」
ユウトがブランコを揺らしながら言った。
「付き合っちゃう?」
また出た。
その軽いノリ。
酔った勢いでの発言。
でも、前回より距離が近い気がする。
声のトーンが少し真剣な気がする。
私は息を止めた。
これが本番?
ここが決め時?
「……本気で言ってんの?」
聞き返す。
「んー、まあ、お前となら楽だし?」
楽。
その言葉が引っかかった。
好きとか可愛いとかじゃなくて、楽。
一緒にいて疲れない。
それは最高の褒め言葉かもしれないけど、恋人に求める第一条件がそれってどうなの?
「……それだけ?」
「あと、あれだ。お前、料理うまいじゃん? 弁当とか」
……は?
弁当?
サークルの合宿で作った時のことか?
家政婦扱い?
胃袋要因?
なんか、スーッと冷めていく音がした。
百年の恋も冷めるとはこのことだ。
ユウトにとって私は、都合のいい「楽な女」であり、「飯食わせてくれる女」でしかないんだ。
「……私、家政婦じゃないんだけど」
「え、違うの? じゃあお母さん?」
ユウトがヘラヘラ笑った。
冗談のつもりだろう。
でも、私の中の何かがプツッと切れた。
「……帰る」
立ち上がる。
「え、待てよ。冗談だって」
「寒いわ」
「ちょ、マジごめんて!」
ユウトが腕を掴んできた。
その手が、タバコの匂いがした。
アイコスじゃなくて、紙タバコのきつい匂い。
生理的に無理だと思った。
「離して」
甩き払う。
「……付き合わない。あんたとは無理」
はっきり言った。
ユウトがポカンとしてる。
「え、なんで?」
「楽な女が欲しいなら、ソファーでも買えば?」
捨て台詞を吐いて、私は走り出した。
缶コーヒーはブランコの上に置いてきた。
涙が出た。
寒さのせいか、悔しさのせいか分からないけど、視界が滲んだ。
もっとロマンチックな告白を期待してた。
「お前が好きだ」って言われるのを待ってた。
でも、現実は「楽だし」「お母さん」だった。
私の恋は、深夜の公園の冷たいブランコの上で、あっけなく終わった。
未遂のまま。
始まってもいないまま。
(つづく)
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