第3話:英雄の帰還
三年の時を経て、王都アステリアは狂熱に包まれていた。 大通りを埋め尽くす民衆の視線の先には、純白の軍馬にまたがる一人の青年がいる。
黄金の髪は陽光を反射して輝き、白銀の甲冑は一点の曇りもない。彫刻のように整った貌(かお)に慈愛の微笑を湛えたその姿は、かつて王国を救った英雄アルヴィス、その人であった。
「アルヴィス様! 生きていらしたのですね!」 「我らが救世主の帰還だ!」
広場に集まった群衆は涙を流し、その名を叫ぶ。アルヴィスは馬を止め、静かに手を挙げた。それだけで、数千人の歓声が凪のように静まり返る。
「同胞たちよ、よく聞いてほしい。あの日、私は死の淵にいた。……だが、絶望の中で私を救い上げてくれたのは、あの大国『イヴ』の手であった。彼らもまた、この大陸の無益な争いを憂いていたのだ」
民衆はどよめき、そして更なる歓喜でそれに応えた。 三年前、多くの家族が失われた戦い。その元凶であったはずのイヴですら、アルヴィスの眩しすぎる輝きの前では「救い主」として浄化されていく。
――その光に沸く群衆の最後尾。 建物の影から、カイルは静かにその光景を見つめていた。
(……あんな顔で。よくも、あんな嘘を)
カイルの喉の奥が、熱い血の味を思い出す。 仲間を背後から斬り殺し、自分を崖から突き落とした時のアルヴィスも、今と同じ、神々しいほどに美しい微笑みを浮かべていた。
ふと、アルヴィスの視線が動いた。 数千人の群衆の中から、たった一点。影の中に立つカイルを、その瞳が捉える。 だが、そこには驚きも、忌々しさもなかった。アルヴィスはまるで、道端に転がる石ころでも見るかのような、圧倒的な無関心を湛えたまま、静かに視線を外した。
アルヴィスにとって、カイルは「生き残り」ですらなかった。名前を呼ぶ価値も、殺す手間をかける価値さえない、過去の残骸。 その視線こそが、カイルの心に積み上げられた三年の重みを、何よりも冷酷に否定した。
アルヴィスが城へ向けて馬を歩ませると、その背後に控えていた二人の黒装束の兵――イヴの魔薬強化兵が、主の無言の合図を汲み取り、影のように列を離れた。
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沈黙の守護者と裏切りの英雄 @natu13
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