朝焼けの化物たち
校舎が光り輝いた魔法のような夜は、残酷な朝陽によって終わりを告げた。
午前六時。校門前には教育委員会と警察の車両が停まっている。窓に貼られた数百枚の叫びは、出勤してきた教師たちの手によって、無慈悲に剥がされていく。
「夢の時間は終わりだ。……さあ、現実に戻ってもらおうか」
トオル、佐々木、一ノ瀬、ハルの四人は、校長室の前で泥のように眠っていた。
彼らを起こしたのは、拍手ではなく、重苦しい「査問」の始まりだった。
一ノ瀬は会長職を解任。佐々木は強制的に転校の手続きが進められ、トオルには自主退学の勧告。
昨夜、彼らを守るために立ち上がった生徒たちも、日常の同調圧力に飲み込まれ、教室で沈黙を守っていた。
「結局、何も変わらなかったな」
校門を出る際、佐々木が自嘲気味に笑った。
昨夜の輝きが嘘のように、校舎は元の無機質な、無色透明な箱に戻っている。
彼らが戦った「現実という名の化物」は、一晩の反乱で倒せるほど柔な相手ではなかった。
しかし、校門の影で待っていたのは、リョウだった。
「……おい、朝比奈。これ、あいつから預かった」
リョウが差し出したのは、あの日現れた「謎の男」からの、くしゃくしゃになったメモ書きだった。
『勝つことが目的じゃない。戦い続けることが、お前が生きている証拠だ。泥は、いつかお前の色になる』
トオルはメモを握りしめ、顔を上げた。
「部長、一ノ瀬さん。……僕らの絵、消されたわけじゃないですよ」
トオルが指差したのは、校門前の横断歩道や、駅へ続く道。
そこには、昨夜の光を見た下級生たちが、自分のカバンや筆箱に、小さく「×」の印を書き込んだり、好きな色で塗りつぶしたりしている姿があった。
大きな壁画はなくなった。けれど、彼らが撒き散らした「熱」は、何百人という生徒の心に、小さな、けれど消えない「違和感」として転移していた。
それは、いつかまた別の化物が現れた時に、戦うための火種になるはずだ。
「……僕は、通信制の学校へ行く。そこで、もう一度最初から絵を描くよ」
トオルが力強く宣言する。
「僕は……親に頭を下げて、もう一年だけ猶予をもらう。医学部じゃなく、美大を目指すために」
佐々木もまた、初めて自分の足で地面を踏みしめていた。
一ノ瀬は静かに眼鏡を拭き、「僕はここで、この『空っぽな学校』を中から変えてみるよ」と微笑んだ。
エピローグ
数年後。
とある街のギャラリー。そこには、泥と絵具を何層にも重ねた、凄絶なまでの生命力を放つ巨大な絵が飾られていた。
タイトルは、『現実という名の化物と戦う者たち』
その前で足を止める一人の青年。
「……格好いいことばかりじゃない、か」
青年は小さく口ずさみ、仕事帰りの疲れた足取りに、少しだけ力を込めた。
トオルは今も、真っ白なキャンバスの前に立っている。
目の前には相変わらず、不安や焦燥、正論という名の化物が牙を剥いている。
けれど、彼はもう逃げない。
パレットに真っ赤な絵具を出し、彼は最高の笑顔で、化物の喉元に筆を突き立てた。
end
青い衝動 南賀 赤井 @black0655
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