第3話
「ところで、さっきから気になってるんだけどさ」
「どした、ムギ?」
「なんでワイヤレスじゃなくて有線イヤホン? ワイヤレスの方が何かと便利じゃない?」
その有線イヤホンを片耳ずつでシェアしながら、オレは訊ねた。
かく言うオレは、ここ数年はすっかりワイヤレス派である。有線タイプなんて、使ったのはかなり久しぶりだ。
「僕が有線派の理由は2つ。1つはまず、音質がいい。2つ目は、エモい」
「エモい?」
「あれ、見てみ」
隣のベンチ。お弁当を食べ終えて、同じく有線イヤホンをシェアする胡桃坂さんと仙崎先輩。
『センパイ、またあのバンドの曲聴きたいです!』
『お、気に入ってくれたか、嬉しいね』
やり取りが、リアルタイムで流れてくる。
2人と2人をつなぐ、片耳ずつのイヤホン。
「なるほど。ああいうのに、コウは憧れていると」
「言われたらそうなるか。いいよなー、ああやって恋人同士でシェアするのって。まあ僕に恋人ってのは過ぎた願望だし、それを具現化してる胡桃坂さんと仙崎先輩を眺めてれば十分かな」
「そうか。じゃあ、今のこの状況は?」
「あー、確かに同じイヤホンの使い方してるけど、恋人とは違うし」
「でもオレ……一応女子なんだが?」
コウへの絡み方はもちろん、話し方やスラックスの制服を着ているせいで間違えられがちな事実。
自分、新見谷麦は華の女子高生である。
「…………」
「なんでそこでコウが固まるんだよ」
「な、なんだってー?」
「時間差で棒読みもやめろ。お前は知ってただろ」
今の話題に自分で脱線させといてアレだが、とても話しにくい。
だけど、せっかくの機会だ。
ここでうやむやにさせたくない。
「ぶっちゃけ、コウはオレのことどう思ってる?」
「どうって言われても……」
「この際言うけど、オレはお前と付き合いたい」
「は?」
とうとう言ってしまった。
だけど、この思いは今に始まったことじゃない。
オレはコウと、ずっと一緒にいたいのだ。
コウが胡桃坂さんと仙崎先輩を追っているのに気づいたのも、オレがコウをずっと気にかけていたから。
正直、あの2人にコウの矢印が向いた時はドキッとした。それでも、もし2人のどちらかにアタックしたいと言うなら、コウの意見を尊重しようと思った。だけど、実際は違ったわけで。
すると、その結果に安堵したと同時、危機感を募らせる自分に気がついた。
オレ達はずっと幼馴染のままじゃいられないことに、気づかされた。
じゃあどうするか?
その答えが、今のオレだ。
「えーと……ちょっと待って。急すぎてピンと来ない」
一方で、困惑した様子のコウ。
やっぱりそうだよな。そうなるよな。
だけど、オレは諦めない。
「別に、今ピンと来なくても構わない。でもコウは一応、付き合える人がいるなら彼女作りたいんだろ?」
「まあ、それはそう」
「ならばもし仮に、付き合うことになった彼女に『趣味は百合カップルの観察』なんて言えるか?」
「うっ」
「ましてや会話の内容を盗聴している」
「うぐっ!」
思った以上に効いている。こうかはばつぐんだ。
「それが、オレならどうだ? コウの趣味を理解しているどころか、すっかり沼に引きずり込まれて共犯者だよ! どうしてくれんだこれ!」
「うわあすまんすまん」
「謝って済むなら警察はいらねんだ! 責任取ってオレと付き合え! わかったな!」
「は、はいぃすんません……!」
「よし、交渉成立」
…………結局、最後は勢いと力づくでOKさせてしまった。我ながら、ロマンチックの欠片もない告白である。
でも、まあいいか。これでコウと一緒にいられるし。
ふと、気になって推しの2人に意識を向ける。
すると、彼女達はうららかな日差しの中でうたた寝していた。
イヤホンはつけたままで肩を寄せ合い、頭を軽く触れ合わせて。
「ちょっとコウ、あっち見て」
「おお、いつの間にか寝てるしよく見たら微妙に指先重ね合わせてる! 尊い……めっちゃ画になる……」
「撮るなよ? それ以上罪を重ねるなよ?」
「いやいや撮ってないから、まだ!」
「まだ?? 未遂もギルティーじゃ!」
わかってはいたけれど、自分たちは付き合うにしても、彼女らのようなキラキラした雰囲気にはならなそうだ。
でも、だからこそ推したくなる魅力があるのかもしれない。
オレたちの騒がしさにも気づく様子はなく、胡桃坂さんと仙崎先輩は穏やかな寝息を立てている。
ひたすら百合カプを観察し、愛でるだけな最小級の推し活ストーリーは、まだまだ始まったばかりだ。
fin.
男子、百合の邪魔するなかれ。 染島 @yusuke_rjur
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