第2話
さて、時間が進んで翌日。
その日の昼休みも、コウは中庭にいた。
ただし、物陰ではなくベンチに座っている。ぱっと見昨日より不審者度は薄い。だけど、相変わらずコウはパンをかじりながら片肘をついて「推し」をガン見していた。
コウが座るベンチから、斜め横に数メートルほど離れたもう一つのベンチ。彼の推しカプは、今日も元気に2人だけの国を構築している。
オレはコウに声をかけると、遠慮なく隣に座った。
「監視お疲れさん。今日は物陰に隠れないの?」
「昨日はムギにストーカー扱いされたのが心外だったから、せめてもう少し堂々としていようと思った」
それはいい心がけ……なのだろうか?
「あの2人は、毎回昼休みはここにいるの? えっと、演劇部と風紀委員なのは知ってるけど名前が……」
「小柄で小動物みたいなタイプの子が、演劇部のヒロイン・
もぐもぐとソーセージパンを頬張りながら2人に見惚れるコウ。
背の小ささと柔らかそうな栗色のウェーブヘアーも相まって、まるでマスコットのような愛らしさを感じる胡桃坂さん。対して、長い黒髪を後ろで1つにまとめた、クールビューティーなイケメン女子を体現したような仙崎先輩。確かに正反対ながらも華があって、人を惹きつける組み合わせだと思う。
「姫と王子か、なるほどなー」
「ムギにもわかるか、この魅力?」
「わからない、と言ったら嘘になるし、普通にお似合いだと思う。あとオレのイメージだと、姫と王子っていうより町娘と姫騎士かな」
「ほぅ……?」
「ほら、ファンタジーものでもあるじゃん? 町娘が騎士様に惚れて、運命の出会いから格差の壁を乗り越えて結ばれる、っていうシンデレラストーリーなやつ」
「ムギ、お前天才か!」
なんかめっちゃ褒められた。
「それだと違った角度で見えて別の魅力があるな。会話もそのシチュエーションで聞くと、また一段と趣深いものが!」
「うん…………うん?」
会話?
「お前、なんで会話聞こえてんの?」
「え、あ、いや」
オレの指摘で明らかに動揺するコウ。数メートル離れた2人のやり取りなんて、オレには全然聞こえないのに。
さらに言うと、肘をついたままの片腕が、顔の横あたりから不自然に動いていない。
こいつ、あやしい。
「コウ、パン持ってない反対側の手、動かしてみ?」
「べ、ベツニナニモナイヨー」
その手をもにょもにょさせてから、パーにして何もないアピール。
「なんか変な動きしたな。それに、オレは『手を動かせ』と言っただけで、手の中に何を持っているのかまでは言及してないんだが?」
「あ」
あからさまに「やっちまった」の顔になるコウ。
「はーい、それじゃあ身体検査するよー」
観念したコウの、特にあやしかった片腕の袖あたりを探る。すると、そこからハリガネムシのようににょろっと出てきたのは、白い有線イヤホン。どうやら、胸ポケットから長袖の内側に繋がって手元に忍ばせていたらしい。露骨にコウの目が泳ぐ。
「コウくん、これで何を聞いてたのかな?」
「……2人の会話」
「どうやって?」
「ベンチの裏にボイスレコーダー貼り付けた」
「犯罪じゃねーか」
「いたいいたい手首ひねらないで」
昨日よりマシかと思ったが前言撤回。こいつ、むしろ変態ぶりが悪化している。
「とりあえずコウ、自首しようか。鬼の風紀委員長にしばかれて根性叩き直した方がいいよ」
「嫌じゃ! 竹刀でぶっ叩かれたく……いや、それはそれでご褒美かもしれない」
「うーん、木刀だな」
「さすがに死ぬて!」
しょうもない会話をしながら、ひとまずこの盗聴機材をどうするか考える。ふと、ターゲットの2人が目に入った。
こちらのわちゃわちゃなんて、全く気づかない様子の胡桃坂さんと仙崎先輩。
2人でお弁当を食べながら、何か楽しげに話している。表情豊かで、身振り手振りもどこか大げさな胡桃坂さん。それを聞く仙崎先輩はクールな印象から一転、柔和な笑顔を浮かべている。
当然、オレに会話の内容は聞き取れない。しかし、2人はそこにいるだけで周囲がぱっと明るく、暖かくなるような。
不覚にも、オレは実感した。
ああ、これはコウが箱推しになるのも……わかるかもしれない。
「ムギ、聞きたくなったろ?」
「えっ」
そんなオレの心理を見透かしたかのように、コウが問いかけた。
「2人が今どんな話をしてるのか、興味あるだろ?」
「だからそりゃマズイって!」
「いいかムギ、もう一つ大事なことを教えてやる……バレなきゃいいんだ!」
「いや、いいわけ……」
ちらり、と再びオレは彼女らを見る。
鬼の風紀委員長が、めっちゃ満面の笑顔になっていた。
え、マジで? 鬼の風紀委員長がそんなかわいい女の子な笑顔見せちゃうの?
そんな感情を引き出しちゃう胡桃坂さん、何者なの?
そして、一体どんな話してんの!?
感情を揺さぶられるオレに、コウはもう一度問いかけた。
「ムギ、聞きたくなったろ?」
知らずのうちに、形勢は逆転していた。
◻︎◻︎◻︎
『もー! なんでそんなに笑うんですか千鶴センパイ! あたしは大マジメに話してるんですよ!?』
『ごめんごめん、でも美桜が必死に伝えようとする様子がかわいくて仕方ないんだ』
『またそんなこと言ってごまかさないでくださいよー!』
『ああ、プリプリ怒ってる美桜も最高だな』
『だーかーらー!』
片耳のイヤホン越しに聞こえてくる会話を聞いて、オレは悶絶した。
「ムギ、どうよ?」
「ああ、めっちゃ尊い……耳が幸せ……」
陥落。
コウの手によりあっけなく、オレは百合カプ箱推しの沼へと引きずり込まれた。
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