第3話プロローグ3 先輩の背中
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7月――夏の陽射しがまぶしい午後。
T県東部地区の中体連大会が開催される基城体育館へ、大樹たち西中学校一年生は揃って足を運んでいた。今日は先輩たちの応援の日。彼らにとっては、初めて本格的な公式戦を間近で体感する貴重な機会でもあった。
「丸夫、今日の見所はどこだと思う?」
入場口から体育館の中へと続く階段を上りながら、大樹が隣の山田 丸夫に問いかける。
「そりゃあ……優勝っしょ! うちらが優勝する瞬間。これに勝る見所はない!!」
お調子者の山田丸夫は胸を張って答える。その声は観客席のざわめきに負けないほど大きかった。
「たしかにな。でも俺は……今の自分と先輩、そして他校との力の差を見てみたい。どれくらい通じるのか。もちろん全力で応援するけどな!」
大樹は握った拳を軽く振りながら笑う。
二人が観覧席の扉を押し開けると――
「おおおぉぉぉぉっ!」
同時に声が漏れた。
「ひ、広い……!」
目に飛び込んできたのは、これまで小中学校で慣れ親しんできた体育館とはまるで別世界の光景だった。天井は高く、空気は熱気で揺れ、並べられた卓球台はどれも眩しくライトに照らされている。観客席はざわめきと応援の声で波打ち、どの台でも激しいラリーが繰り広げられていた。
大樹の胸が高鳴る。――これが公式戦の舞台か。
試合が始まると、1年生たちは自然と声を合わせていた。
「先輩ー! 一本!!」
「ナイスサーブ! その調子っ!」
「ドンマイ! 切り替えていこう!」
丸夫が誰よりも大きな声で叫ぶ。
「決めろー! エース!!」
その声に周りも負けじと続く。
「ファイト! まだまだいける!」
「押せ押せーっ!!」
応援の声が波のように広がり、試合の熱気と一つに重なっていく。ラケットが弾く乾いた音、靴底が床をこする音、歓声とどよめき。すべてが体育館を震わせていた。
西中の先輩たちは堂々とした試合運びで勝ち上がり、個人戦では1位と2位を独占。さらに団体戦でも全勝し、見事に優勝を決めた。
「やっぱ……強すぎるな」
大樹は観客席で拳を握りしめながら呟く。憧れと焦りが入り混じったその表情を、丸夫が横目で見てニヤリと笑った。
「でも、俺たちもいずれあそこに立つんだ!」
大樹は自分自身に言い聞かせるように声を強める。
先輩が高速ラリーを制し、力強いスマッシュを決めるたびに会場全体が揺れるほどの歓声が巻き起こっていた。その舞台に立ち、賞状を掲げる先輩たちの姿は、憧れそのもの。
「絶対に超えてやる!」
心の奥から溢れ出した決意は、声にならず唇だけが動いた。だが胸の鼓動は誰よりも熱く響いていた。
仲間たちも同じだった。
「なぁ……俺らの番も必ず来るよな」
「当たり前だ! その時は今日以上に応援してもらうぜ!」
「よっしゃ、やってやろうじゃん!」
自然と拳が突き合わされる。熱気に包まれた体育館の一角で、まだまだ未熟な一年生たちの目は真剣に輝いていた。
3年生最後の夏――その背中はまさに青春の象徴だった。大きすぎるほどの存在感に押しつぶされそうになりながらも、「次は自分たちだ」と信じて疑わない。
歓声の渦の中で、大樹たちは未来を思い描いていた。悔しさも、焦りも、憧れも、全部ひっくるめて胸に刻みながら。
やがて表彰式が終わり、優勝旗を高々と掲げる先輩たちの姿がライトに照らされる。拍手の音に包まれながら、大樹は心の中で再び呟いた。
――俺も必ず、あの場所に立つ。
夏の始まりの眩しさと、体育館にこだまする応援の余韻。
その全てが、大樹と仲間たちの胸に永遠に残る初夏の記憶となった。
7月下旬。真夏の陽射しが容赦なく降り注ぐ午後。
T県体育館のメインアリーナは、熱気とざわめきに包まれていた。
地区大会を制した西中卓球部が、ついに県大会の舞台に立つ日がやってきたのだ。
「うわ……すげえ人の数」
「なんか、空気がピリッとしてるな」
会場に足を踏み入れた瞬間、1年生たちは圧倒された。
東部地区大会とは比べ物にならない広さ。高い天井から降り注ぐライトの光、コートを埋め尽くす観客の熱気、そして歓声の波――すべてが肌に刺さるようだった。
それでも彼らは互いの肩を叩き合い、気持ちを奮い立たせながら応援席に陣取った。
「先輩ー! 行けーっ!!」
「粘れ粘れ! まだ一本!」
「ナイスサーブ!!」
必死の声援に応えるように、3年生たちは懸命に戦った。
ラリーが続くたび、観客席の空気は張り詰め、決まった瞬間には大きなどよめきが起こる。西中の選手が得点を奪うと、1年生たちの声は会場の片隅でひときわ大きく響いた。
だが――県の壁は高かった。
相手校の戦術は巧みで、球の回転もスピードも、地区大会で他を圧倒してきた彼らをさらに上回っていた。サーブからの展開、鋭いカウンター、粘り強いラリー。わずかな隙を突かれ、ポイントがじわじわと奪われていく。
「……っ、くそ!」
先輩の一人が歯を食いしばりながらラケットを握り直す。
団体戦は必死の粘りを見せたが、県ベスト16で惜敗。個人戦でも善戦こそあれ、上位進出はならなかった。
試合後。
額から汗を滴らせた3年生が、コート脇で悔しそうに拳を握りしめる姿があった。
「くっ……ここまでか」
その背中を見つめながら、1年生たちの胸は熱くなっていた。勝って笑う姿も、負けて涙する姿も――すべてが輝いて見えた。
「……やっぱり県はすげえな」
誰かがぽつりと漏らす。
丸夫がうなずき、真剣な目で前を見据えた。
「でも、俺らだって、あそこに立てるはずだ」
大樹も拳を握りしめ、力強く言葉を重ねた。
「必ず超えてみせる。次は俺たちの番だ」
1年生たちの胸に灯ったのは、憧れと同時に確かな決意だった。
敗北に涙を流す先輩たちの姿が、彼らの心に強烈な炎を燃え上がらせたのだ。
――彼らが去った後も、卓球部の未来は続いていく。
熱気の残るアリーナで、まだ見ぬ舞台を思い描きながら、大樹たちは静かに拳を重ねた。
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