第2話 忘年会
今年、新卒で入社してきた
社会人2年目の25歳のとき、女子大生と合コンをすると誘われ行った会で、知り合った。
一夜だけ体を交わし、翌朝また交わる。
チェックアウト間際まで、ただの男女としてお互いをぶつけ合って、それで精算された関係だった。
連絡先も交換することはなく、それ以降、会うこともなかった。
今年の新人は豊作だと社内に噂を流したのは、俺をその合コンに誘った同期の男だった。
新人歓迎会という名の、若者だけの社内忘年会で、來と再会した。
「浩二さん、ですよね?」
会が1時間ほど進み、盛り上がり始めたころ、梅酒のロックのグラスを持って、隣に座ってきた。
「來ちゃん?」
すぐに気づいた。
たぬき顔のおっとりとした表情、小柄で少し肉付きの良い体。あの頃よりは少し痩せただろうか。
でも、それが一夜を交わした橋本來だとすぐに気づいた。
「來でいいですよ。お久しぶりです」
「久しぶり」
あのときはどうも、と言いそうになりやめる。
変に意識していると思われるのも恥ずかしいと思った。
「あのときは、どうも」
來は、俺が口を閉ざした言葉を、さっらと口にした。
そう言われてしまうと、尚更意識をしてしまう。
服の上からも分かる乳房の膨らみと、タイトスカートから伸びた黒タイツの脚、その内側の白く張りのある肌を想像してしまう。
目線を外すついでに、グラスに残っていたビールを飲み干す。
「レモンサワーにします?」
來はそう聞いてきた。
頷くと、手際よくオーダーをしてくれた。
他の社員たちも各々盛り上がる中、この2席だけが、隔離されたような錯覚を覚える。
來の膝が、俺の膝に触れる。
しばらく経っても離れようとしなかったので、体勢を変えるふりをして、それを離した。
「浩二さんって、課長なんですよね。さっき、20代で課長になったの同期で浩二さんだけ、というのを聞いて、すごいなと」
あの浩二さんが、と言われているようで、耳が熱くなってくる。これは酔いと信じたいけれどおそらく違う。
一夜だけと思っていたからか、当時の性癖を全てぶつけていた。
言葉にするのは避けたいようなあれこれも、そのすべてを受け止めてくれた來は、みんなが知っている課長という俺ではなく、性癖が歪んだ男だという印象の方が強いだろう。
「まあ部下に恵まれたからかな」
苦笑いで返す。
ちょうど運ばれてきたレモンサワーに口をつける。いつもよりも、それは苦く感じた。
「來ちゃん飲んでるー?」
「あー、
來と同じ部署の松田芹那が会話に入ってきた。
ダル絡みともとれるようなテンションで割ってきた芹那に來も甘えたような声で返事をする。
2人の仲の良さが伺える。
ふたりは同じ場所の先輩後輩だった。
芹那からは、よくランチにいく後輩ができた。人懐こくて、妹ができたみたいと、嬉しそうに話していたのを思い出す。
まさかそれが、來とは思ってもいなかった。
「浩二課長! 新卒女子に手を出しちゃだめよ」
芹那は相当酔っているようだった。課長弄りをしてくるのは、社内でこいつだけだ。
一つ下で入社してきたが、歳が同じだったため、親しくなり、今年の夏から付き合い始めた彼女でもある。
「來ちゃんも、浩二逆ナンしたらだめー」
芹那は來にもそう言うと、ハイボールのどデカいグラスを片手に、また別のテーブルへ流れていった。
嵐のような出来事に、戸惑いつつも、來との会話に詰まっていた俺にとっては、ありがたかった。
2次会も終わり解散の流れになったとき、芹那と帰るものだと思ったが、芹那は來の片手を掴んだまま、こっちへやってきた。
「來ちゃーん、まだ飲むよねー?」
「芹那さんまだ飲むんですか? まともに歩けてないのにー」
「飲み直すよー、金曜日よー?」
來は困った顔で俺の顔を見た。
2次会は芹那や來とは別の席で盛り上がっていたので、芹那がこんなになっているとは思ってなかった。
お酒が得意というわけではない芹那だが、飲み会は好きで、よく酔っては帰ってくるが、ここまでダル絡みをしているのは初めて見た。
「芹那さんウイスキー結構飲んでてというか、飲まされてて」
來が心配そうに芹那を見ていた。
同期の男が遠くから声をかけてくる。
「浩二、芹那をちゃんと連れて帰れよー。明日休みだけど、今夜はほどほどにしとけよー」
楽しそうに笑っていた。
來の前で、やめてくれよと思ったが、來もそれに合わせて口を開いた。
「付き合ってるんですよね? 芹那さんと」
「うん、まあ一応」
「一応ってなんですか。女の子に対してひどいですよ」
來ちゃん、と名前を連呼する芹那の肩を抱き、そのままタクシー乗り場へと足を進めた。
その間も芹那は來の腕を離さなかった。
タクシーを捕まえ、芹那を先に乗せる。
「來ちゃんごめん、家までのタクシー代出すから、そのまま一緒に乗ってもらっていい?」
芹那が腕を離さないからと、來にもタクシーに乗ってもらう。私は構わないですよと、來は笑顔で応じてくれた。
2人を後部座席に乗せたとき、芹那が大きな声を出した。
「今日は來と女子会すんの、浩二は来ないでー」
呆れて声が出なかった。
ここまで酔うとなると、今後の飲み会はある程度制限させないとな、と思う。
「芹那さん、家で飲み直しましょ、ねえ?」
來が芹那の頭を撫でる。
嬉しそうに來の肩に頭を預ける芹那を見て、さらにため息が出る。
「6つも歳が離れた女の子に世話されて嬉しそうにしてるよ」
「浩二さんもほら、助手席乗ってください」
助手席に乗り込み、芹那のアパートの近くを運転手に伝えた。
タクシーの中では、來がずっと芹那の相手をしていた。時折、大きな声を出す芹那に対して、ヤンチャな子どもを相手にするように、上手く間を取り持ってくれた。
3人でタクシーを降りて、芹那の部屋に向かう。相変わらず、來の腕は掴まれたままだった。
芹那をソファに座らせると、ようやく來は解放された。
芹那はスイッチが切れた様に、眠りに落ちた。
着替えさせてもよかったが、來の前ですることではないなと思いそのままベッドに移動させる。
布団を被せると、こちらに背を向ける様に寝返りを打ち、深い寝息をつき始めた。
「あっさり寝ちゃいましたね、芹那さん」
「どうせ2時間もすればトイレ行きたくなって起きるだろう」
ため息を付きながら、芹那のスマホに充電ケーブルを刺してやる。
待ち受け画面には、浴衣姿で芹那と2人で写った写真が表示された。この夏に旅行で徳島の阿波踊りに行ったときのものだ。
「素敵」
來が覗き込むようにそれを見ていた。
恥ずかしくなって、画面を暗く落とす。
「家の近くまで送るよ。來ちゃんありがとう」
「だから、職場以外では來でいいですよ」
はいはいと返事をして、玄関へ向かう。
玄関で靴を履いたとき、來がそっと体を寄せてきた。
「芹那さんとも、ああいうこと、してるんですか?」
ああいうこと、というのが何を指しているのかは直ぐに察した。
昔、來と交わったときのことを一つ一つ思い返す。
バツが悪くなり、濁すような言葉を返すと。
「我慢してるんですか?」
「來ちゃんも酔いすぎ」
ドアノブに伸ばした手を制止される。
腕を掴まれたまま、來がもう一歩、体を寄せてくる。
「來ちゃん?」
「來でいいですって、何言わせるんですか?」
いけない距離だと頭では思うが、体が動かない。
「また私が、全部受け止めてあげましょうか?」
唾を飲み込む音が聞こえる。
鼓動が早くなり、耳や頬が熱くなっていくのが分かる。
來は悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「ここでは流石にあれなので、場所変えましょうか」
「どういうこと?」
どういうことか分かっているが、それを口に出す。それが、今できる唯一の抵抗のようだった。
ネクタイを引っ張られ、引き寄せられた先で唇が重なる。
「OKのサイン、いただきました」
來はそう言って、俺の腕を掴んだまま
芹那の部屋を後にした。
(完結)
この世の片隅で 片桐いろは @93-king
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。この世の片隅での最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます