第2話 惑星トピアへようこそ

 数時間後、久我の宇宙船に乗ったエリスの目の前に茶色い小惑星が現れた。


「あれが惑星トピアだ。元々は理想郷ユートピアにちなんで名づけられた名前だったんだがな……見ての通り、いまだにほとんどが荒野のまま手つかずだ」


 久我の少し引っ掛かるような言葉にエリスはそこはかとなく不安を感じていた。教会にいた頃の記憶が脳裏を過り、思わず身を震わせる。


(まさか……大丈夫だよね?)


 不安がエリスの心に重くのしかかってくるが、振り払うようにぶんぶんと首を振った。その感情が伝わったのか、久我が肩にポンと手を乗せる。


「心配はいらない。どちらにしても悪いようにはならないさ」

「本当に?」

「ああ、もし何かあったとしても、俺が絶対に助け出すからな」


 肩に乗った手のひらの温かさと穏やかな言葉に、先ほどまで感じていた押し潰されそうな不安が少しだけ軽くなったような気がした。


「さて、そろそろ大気圏に突入するからな。しっかり掴まっていろよ!」


 気が付けば惑星トピアはずいぶんと大きく見えるようになっていた。久我が座席に座り操縦桿を握り締め、エリスは手近にあった手すりを強く握り締める。


 ――その直後、凄まじい力が宇宙船の後方に向かってかかり始めた。


「うわぁぁぁぁ!」

「大丈夫か?」

「な、なんと、かっ! あっ、やっぱりダメそう……」


 流石の聖女の力も手すりに摑まるということに関しては完全に無力だった。握力の限界に達したエリスの両手が手すりから離れ、体が宇宙船の壁に叩きつけられた。


「お、おい、大丈夫か?!」

「握力は持たなかったよ……」

「そっちじゃない! 壁に思いっきり叩きつけられただろ?!」

「ああ、そっちは問題ないですよ」


 掴んでいられなかったことに落ち込んでいたエリスだったが、壁の方は『聖女の加護』によって問題ない。何なら不敵に笑う余裕すらある。もっとも、久我の方は余裕がないらしく、うわ言のように「もう少しの辛抱だ!」と叫びながら、必死に操縦桿を握り締めていた。



 しばらくして速度が落ちてくると、エリスは壁から離れて床に降り立つ。久我も大きく息を吐いて席を立つとエリスの方へと向き直った。


「大丈夫だったか?」

「はい、むしろ手すりに掴まらない方が良かったんじゃないかなと……」

「そんなバカな。壁にぶつかったりして危険だぞ!」

「あはは、少しだけ頑丈なので……」


 真剣に心配する久我を安心させようとエリスは言葉を重ねる。しかし、何か言えば言うほど墓穴を掘っているだけに感じられた。現に久我の表情は少しずつ訝しむようなものに変わっている。


「まあいいか。ほら、こっちに来て外を覗いてみろ」

「えっ――おおおっ! すごい建物だ……」


 見渡す限りの荒野、その中にポツンと塔のような建物が建ち並んでいた。徐々に高度が下がると、少しずつ街の景色がはっきりと見えてくる。


 建物の間を網の目のように走っている道路には数えきれないほどの車が行き交い、空には荷物を抱えたドローンが飛び回っていた。


 建物の壁面には巨大なディスプレイが据え付けられて、ひっきりなしに映像が映し出されている。さらには、エリスが乗っているような宇宙船がいくつも蒼空へ向かって飛び立つ。


「あれが、この星で唯一の都市ネオトピアだ」

「唯一?」

「ああ、見渡す限り荒野になってるだろ? 小さい集落はあるが、都市と呼べるのはここだけだ」

『受け入れ準備が整いました』


 都市の景色を見下ろしながら話していると、通信機から声が流れてきた。


「おっと、それじゃあ着陸するから、手すりに掴まっていろよ」

「また?」

「今度は少し揺れるだけだから大丈夫だろう」


 久我は座席に座ると機体を器用に操縦してドックの中へと入っていく。停止位置まで低空飛行して、ゆっくりと着陸する。地面と接触した時に少しだけ揺れたが心配するほどのものでもない。


「よし着いたぞ。さあ、降りた降りた」


 急かされるようにエリスが、続いて久我が降りる。ドックの中には同じような宇宙船が何台も並んでいて、思わず圧倒されそうになった。


「こっちだ」


 久我に先導されて管制室と書かれた通用口から中に入ると、たくさんの機器に向かっていた女性が立ち上がって微笑みかけてきた。


「お疲れ様です。久我警部……後ろの子は?」

「こいつは……パトロール中に拾った」

「拾った……漂流していた宇宙船に乗っていたとかでしょうか?」

「いや……漂流物デブリの上にまたがってたんだが……」


 成瀬は眉間に皺を寄せ、目を吊り上げて久我をにらみつけた。


「冗談はやめてください!」

「ホントだって!」

「ホントです!」


 疑ってかかる成瀬に久我とエリスが弁明する。疑いの目がなくなったわけではないが、二人で説得したことで納得することにしたようだ。


「わかりました、そういう事にしておきましょう」

「それじゃあ、俺はこいつの事情聴取をするから」

「くれぐれも破廉恥なマネはしないでくださいよ!」

「するかよ!」


 エリスは久我の後についていき、取り調べ室へと入る。頑丈な金属製の壁を少し薄暗い照明が照らす。真ん中に少しだけ大きい机と、それを挟むように椅子が置かれた殺伐とした窮屈な部屋だった。


 久我はエリスを奥の椅子に座らせ、自身が手前の席に座るとペンを取って事情聴取を始める。


「まずは……名前を教えてもらえるか?」

「エリスですけど……」


 エリスが質問に答えると久我が訝しむような表情となった。平民であるエリスは苗字がないのだが、久我の常識では考えられないことらしい。それ以外にも相違点が多く、そのすり合わせに時間が必要だった。


「それじゃあ、ここに手を置いてくれるか? ――えっと、静脈登録もなしと」

「静脈登録?」

「指紋とかだと偽装が簡単だからな。手にある血管の形で本人確認をするんだ」

「へぇ……」


 エリスは久我の言葉がまったく理解できなかった。しかし、下手なことを言うと延々と説明をしそうな気がして、エリスは知っている振りをしてうなずいた。


「特に犯罪歴もないみたいだな。未成年みたいだし、本来なら俺たちで保護するんだが……」

「いいえ、余計なお世話です!」

「住むところや当座のお金は支援できるが……都市の外になるぞ?」

「大丈夫です! サバイバルは慣れてますから!」


 保護という言葉を聞いて、エリスは教会が思い浮かべて顔をしかめる。久我は眉間に皺を寄せながら何度も確認を取ってきたが、頑なな彼女の心を変えることはできなかった。


「そこまで言うならしかたないな。時々、大丈夫かどうか確認するからな」

「ご心配いりませんよ」

「……わかった、ちょうど都市に一番近い家が空き家になっているから、送ってやろう」


 エリスは久我の車で新しい拠点となる家へと向かった。

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2025年12月27日 18:56
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聖女がミサイルで飛んだ先は、SF世界でした ケロ王 @naonaox1126

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