腕のない合体ロボットと100年前の約束④

 店のシャッターは半分だけ下ろされていた。全開で空いててもそんなに顧客がやってくる店でもないんですけどね。

 茜色の空の下で外の蒸気時計が労働者を労うように夕ドン(17時)の空砲音を鳴らす、今日はもう客を迎えるつもりはない。

 本日最初にして最終のお客さんである澪さんは、少し緊張した様子で帳場の前に立っていた。

 バッグを両手で抱え、視線を落としたまま、何度か深呼吸をしている。


「色々お調べいただき、ありがとうございます」

「いえ、お出向きいただきこちらこそ御足労ありがとうございます」


 久遠のだんなは、いつも通りの低い声で答えた。


「早速ですが調べた結果を、お伝えします」


 それだけで、澪さんの肩がわずかに強張った。これは澪さんとしては聞かずともよい話だ。それでも聞きに来た。祖父の為ではなく自分の為、自分が納得して歩き出す為なんだろう。


「ロボットを売りに来られた方は、すでに亡くなっていました。ただし、その息子さん――ロボットの持ち主の妹、そのお孫さんとはお話ができました」


 久遠のだんなは、淡々と事実を並べる。

 現在、その方は現在蒸気農場を経営している方である。そのお孫さんの祖母がオーバースチーム将軍を大事にしていたこと。

 その方のお兄さんの形見であったこと。お兄さんの光雄さんは小等部時代に病で早くに亡くなれていた事。そんな光雄さんの妹の遺言の通り処分。しかし捨てられず、誰か必要な人の手に渡るように“蒸気屋“に譲るという形を選んだこと。


「少なくとも――」


 久遠のだんなは、そこで一度言葉を切った。


「結果澪さんのお祖父様が、盗んだという可能性は、極めて低いでしょう」


 澪さんは、すぐには反応できなかった。安堵でも、悲しみでもない。祖父への自責の念は祖父が盗んでくれていた方が遺族への謝罪という形である意味かなったのかもしれない。

 反面、祖父の悩みが悪行でなかったという長く胸に刺さっていた棘が抜けたことに気づくまでの、猶予といったところっすか。


「……そう、ですか」


 声が、少しだけ震えている。

 あーしは、その様子を横目で見ながら、映写機のスイッチを入れた。もう、見てもらうほうがいいでしょう。


 ガタリ、と低い音。


 壁に、白黒の映像が映し出される。


『蒸気戦隊コールファイブ! 最終回 さらばコールファイブ』


「……これ」


 澪さんが、戸惑ったように言う。


「そのロボット、オーバースチーム将軍が出てくる作品の最終回っす」


 答えたのは、あーしだった。

 画面の中で、ボロボロのオーバースチーム将軍が現れる。そう、今ここにあるあのロボットだ。

 敵の首魁を前に、手も足も出ずに最強無敵だったハズの将軍は動かなくなる。


 警告音。

 悪を倒す為、最終最後の判断として自爆機構を使い悪の首魁を道連れにする。


 ――悲劇だ。


 正義とはこうもして悪を屠らねばならないのか? 平和の為の犠牲。

 澪さんの表情が、そう語っている。


 次の瞬間。


 五人の戦士たちが、オーバースチーム将軍の右腕に乗り込む。


「……え?」


 蒸気噴射パンチ。

 本来攻撃として使われる腕が脱出機構として切り離され、空へ。


 腕が排出されていく様を見てオーバスチーム将軍本体は、爆発した。


 光と虹色の煙。

 残ったのは、空を飛ぶ右腕だけ。


 “こうして悪は滅び、コールファイブの長い戦いは終わった。だが、人々の心に邪悪な意思が生まれた時第二第三の悪が現れるかもしれない。その時は君が次のコールファイブになるんだ!”


 映像が終わる。

 カシャンカシャン、シューと映写機の音が、静かに止まった。

 しばらく、誰も何も言わなかった。あーしは、棚から梅酒の瓶を取り出す。貼ってあるテープを見るに10年物らしい。


 猫の湯呑に注いで、一気に飲んだ。


 甘い。

 喉が、熱い。

 それから、澪さんを見た。


「……澪さん」

「はい?」

「ちょっとだけ」


 赤い瞳で、まっすぐに。


「あーしの目、見て」


 澪さんは、戸惑いながらも、視線を上げた。――世界が、変わる。


 これは過去にあった事じゃねーです。あーしがロボットの玩具から感じ、幸雄さんと話して感じ、蒸気戦隊コールファイブの最終回を見て感じた物から作り出したこうであったかもしれない情景。

 施設ではこう言われてたっす。あーしの特殊能力・可能過去の瞳パラレス・パスト


 白い病室。

 消毒液の匂い。

 古い映像出力機。

 そこに映っているのは、さっきと同じ最終回。

 ベッドの上に、少年がいる。痩せて、でも目は生きている。


「ようちゃん、俺は病気、すぐ治すけん」


 少年――光男が言う。


「退院したら、将軍の合体ばしよ! 約束じゃけんね。ようちゃん、それまでこれを預けとくっちゃ」

 

 ようちゃんこと、澪さんの祖父である陽一は、そう言って、右腕を受け取った。隣にいる少年が、強く頷く。


「うん。約束だ。光男」


 陽一。

 その後ろで、幼い少女が、二人を見て笑っている。映像出力気の中で、右腕が飛ぶ。


「かー、あぶなかったー。さすがは正義の味方じゃ」


 光男が、少し照れたように言う。


「次のコールファイブは俺達たい。寡黙に、小さき者、よわきものを守るばい。……ちょーっと今は身体がこれじゃけ、ようちゃんにしばらく任せっけど」

「あぁ任せろ」

 

 ――場面が、変わる。


 葬式。

 白い花。

 静かな雨。

 呆然とする陽一の手には、あの腕があった。


 葬式後、しばらくして、光男の家族は引っ越していく。

 預かったロボットの腕を渡せないまま、時間だけが過ぎる。

 それでも、陽一は生きた。

 寡黙に。

 曲がったことを許さず。

 家族を守り、子を孫を守り。

 約束を、胸にしまったまま。



 ――視界が、戻る。

 澪さんは、声を上げなかった。ただ、涙が止まらなかった。


「……祖父は」


 絞り出すように言う。


「友達との果たせなかった約束のかわりに、正しい人として生きる約束を守りつづけたんですね」

「あーしの見立てだけどね」

 

 そう、全てはあーしの見せた幻覚。この力を可能過去の瞳とか施設の連中は言ってた。特に人を死に至らせるわけでもない使い道の殆どない力。

 梅酒の余韻を感じながら言う。


「多分友達の分まで約束に生きる事を選ばされたんすよ」

 

 オーバースチーム将軍から右腕を取る。

 そっと、澪さんに差し出す。

 

「だからこれ、形見じゃないっすよ。証なんす」

「……証ですか?」

「はい。そして澪さんのお爺さんにとってお守りみたいなものだったんすよ。亡き友人を思って自分を律する為、家族に真っ直ぐ正しくあってもらう為に多くは語らず正しい人であろうとした証っす……と、久遠のだんなが」

 

 あーしの締まらない物言いでも澪さんは、両手で、それを受け取った。

 抱きしめるように。

 久遠のだんなは、何も言わなかった。代わりに香ばしいほうじ茶を入れて澪さんに差し出した。

 ただ、少しだけ目を伏せた。店の中に、蒸気と歯車の音が流れる。おそらくはこの街で生まれ育った人なら子守唄の代わりに聞いてきたこの音に耳を澄まし、澪さんは決意した顔で頷くと言った。

 

「このロボット買います。祖父と祖父の友人の約束は私が叶えます」

 

 久遠のだんなは、オーバースチーム将軍の販売価格を提示する。

 

「だんな……」

 

 いくらなんでも高すぎる。

 いや、そもそもの買取価格がとんでもなかったんだけど、売るつもりないじゃんね。

 だんなは続いてこう言った。

 

「最大1000回払いまで受け付けます。そしてここで保管、管理、劣化しないようにメンテナンス込みですがいかがでしょうか?」

 

 確かにここにあった方が風化しにくいだろうし、1000回って澪さんがお婆ちゃんになるじゃん。それでも1000回払いなら一日蒸気コーヒーを一杯我慢すればいいくらいか、澪さんはこのオーバースチーム将軍が手元にある事はどうでもいい、厳格な祖父の半世紀を超えた約束の為に、完全な形としたオーナースチーム将軍を残したいだけだからその気持ちを汲んだ久遠のだんなの申し出に快諾した。

 

「お願いします」

 

 あーしとだんなは声を合わせて澪さんにこう返した。

 

「「毎度、ありがとうございます」」


 こうして、腕のないロボットを巡る依頼は完了という形で幕を下ろした。

 

 今日も、明日も明後日も、何なら昨日も完全体となったオーバースチーム将軍は蒸気屋の守護神として閑古鳥の鳴く店内に聳えていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

歯車の街の久結姫、古物蒸気と梅酒に酔う アヌビス兄さん @sesyato

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画