腕のない合体ロボットと100年前の約束③
「SLかっけぇ」
窓の外、しゅっぽしゅっぽと煙を吐いて力強く走るそれはオーバースチーム将軍の映像を見てからだと尚そう思えた。
本日あーし達は店を閉めて久遠のだんなが約束を取り決めした待ち合わせの場所にいた。駅に近いその喫茶店は、いつ来ても少し忙しない。蒸気タクシーの運ちゃんが仕事前の一杯を楽しんでいたり、学生がコーヒー一杯で数時間勉強を粘っていたり、客の出入りが絶えず、蒸気抽出器が低い音を立てて唸っている。
真鍮の管を伝って白い蒸気が上がり、コーヒーの香りが店内に満ちていた。
あーしはこのサイフォン式のコーヒーは一つの芸術作品のようだと思う。
「……いい匂い」
あーしは、正直な感想を漏らした。
「蒸気コーヒー、初めてか?」
久遠のだんなが、向かいの席であーしに問いかける。
「たまに給金で飲みにきてますよ。でも久遠のだんなはコーヒーってイメージないっすね」
「お前失礼だな」
そう言いつつ、だんなは否定しなかった。だんなはほうじ茶や緑茶を良く飲んでいるし実際そっちの方が好きなんでしょうね。
テーブルに運ばれてきたコーヒーは、表面に細かな泡を立てている。そして口にする前から上品な香りがあーしを裏切らない事を約束してくれる。それにしても最初にこの真っ黒な液体を飲もうとした人は偉いですね。
湯気の向こう、窓の先で駅の大きな蒸気時計が見えた。
そろそろ待ち人来る頃ですかね?
あーしは一口飲んで、目を細めた。
「……美味しい」
苦味が先に来て、あとから酸味そしてほのかな甘さが残る。梅酒とは真逆だが、これはこれで悪くない。
一緒に出てきた口汚しのビスケットを割ると、ピシッと軽い音がした。
「お待たせしました」
声をかけられて顔を上げる。だんなの方は立ち上がって頭を下げる。
立っていたのは、四十代前半くらいの男性だった。日に焼けた肌、落ち着いた服装。
人に話しかけるのに慣れていて押しつけがましくない。
「
差し出された名刺を、だんなが受け取る。
「古物を扱う“蒸気屋“の久遠です」
あーしは、会釈だけした。だんなが軽蔑した目をあーしに向けるのであーしも立つべきだったんでしょうね。
多分ね。
「こちらは従業員の久桔姫です」
「はは、よろしくおねがいします」
「……っす」
あーしの人見知り全開の反応にも優しく微笑んで幸雄さんは、席に着く前に一度、店内を見回した。
「この店、昔からありますよね?」
「ええ」
「父が、よくここで休憩してました」
「幸雄さんもコーヒーかなにか」
「では、クリームソーダを、ははっ。父によく内緒だぞってクリームソーダとスパゲッティをご馳走してもらったものです」
「では、パス……いやスパゲッティでも」
「いえいえ、朝は食べてきましたので、あまりこういう物を食べると妻に血糖値の事で叱られましてね」
そう言ってわざとらしく小声でウィンク、ここには奥さんはいないのに聞かれないようにという冗談があーしを笑顔にさせる。久遠のだんなは無表情だ。
メニューにはパスタと書かれているが、だんなが空気を呼んでスパゲッティと言ったんだろう。コーヒーも美味いけどあのクリームソーダってのも美味そうですね。今度あーしも頼んでみよう。
だんなと幸雄さんがこの店の事で盛り上がり、幸雄さんのクリームソーダも運ばれてきた。昔ながらの友人のような幸雄さんにあーしも段々なれていく。
それだけで、少し距離が縮まった気がした。幸雄さんは、クリームソーダのバニラアイスを一口食べてから話し始めた。
「あの古い玩具のロボットの件ですよね……」
ようやく本題に入った。
「あれは、私の祖母が大事に持っていた物でした。小等部くらいの年齢で若くして亡くなった、兄の形見だと聞いています」
兄。
言葉にしなくても、空気が少し重くなる。澪の祖父の友人の事なんだろう。思ったよりも早くに亡くなっていたんだな。確か名前は光雄だったか?
「祖母は、亡くなる前に父にこう言っていたそうです。『私が死んだら、これは処分してほしい』と」
幸雄は、バニラアイスを緑色のメロンソーダに溶かしながらそれをストローで吸って飲む。
「でも、父は……捨てられなかったんです。だから、あなたのお店に譲りに行ったんだと思います」
だんなは、静かに頷いた。
「売りに来られたのは、確かにお父上でした。いえ、そもそも最初は腕が手に入らないか? というご相談でした。古い物の為難しい事をお伝えすると当初の希望の通りにお売りいただける事になり、こちらで買取させていただきました」
買取表の金額はあーしも幸雄さんも驚きの金額。あーしの給金何年分だよって思ったね。
「こんな高額で、ありがとうございます。当時農場が天災でひどくやられていたので、その補填に使わせてもらったんでしょう」
「いえ、正式な取引ですので。それよりもう一度、お父上にお話を伺えないかと考えていたのですが……」
幸雄は、首を横に振った。
「一昨年、亡くなりました」
短い沈黙。
ガタン、ガタン、シュー!
蒸気抽出器の音が、やけに大きく聞こえる。
「……そうですか。お悔やみ申し上げます」
「いえいえ、みんなに看取られていい最期でしたよ。父も満足そうでした」
話好きな幸雄さんと違いだんなは、それ以上は聞かなかった。あーしは、割ったビスケットを一枚口に放り込んだ。
甘くて、ショートニングではなくしっかりバターを使ったそれに少しだけ安心する。
「実は」
だんなが、切り出す。
「あのロボットの腕が、見つかりました」
幸雄が、目を見開いた。
「腕……? 手に入らないんじゃなかったんですか?」
「はい。別の方が、大切に持っておられ、同型の物ではなく、おそらく正真正銘幸雄さんの家にあったロボットの失われた腕で間違いないと思います」
だんなは詳しい話は、まだしない。守秘義務ってやつで澪さんの名前も、出さないんでしょうね。でもだんなは一つの真実を語った。
「依頼主の方がもしかしたら、盗んだ物じゃないかと、そして盗んだ事で気に病んでいたのではないかと幸雄さんと同じくお孫の方から相談を受けました。是非、この腕と共にお返ししたいと申し出がありました」
ずずっ、ずずーっと幸雄さんはクリームソーダを飲み干し口についたクリームを拭き取る。あーしと目が合うと人懐っこく微笑んだ。この人、モテそうっすね。久遠のだんなみたいな美形というわけじゃねーっすけど、女性の何かをくすぐる才能をお持ちです。
そして幸雄さんは口を開いた。
「祖母がですね。その、なんというか」
幸雄は、少し考えてから言った。
「あのロボットを見ると、いつも嬉しそうでした。懐かしい、って顔で、もしかすると兄との思い出以外にも祖母の兄と遊んでいたその人の事を思い出したり、その人が初恋の人だったりあったのかもしれないですね。あのロボットを見つめている時はとても幸せそうな祖母でしたよ」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がほどけた。
「だから……」
幸雄は、照れたように笑った。
「盗まれたなんて、きっと絶対にありえません。孫の私が証明します」
「そうですか」
だんなの声は、いつも通り低い。
「ありがとうございました。良い話が聞けたと思います」
幸雄は、クリームソーダが無くなったグラスを少し名残惜しそうに、立ち上がった。
「ごちそうさまです。お役に立てたなら、よかった。これも何かの縁ですので是非、ウチの野菜買ってくださいね」
「もちろんです」
澪さんと幸雄さんを会わせる必要もないとだんなは確信したんでしょうね。この話は、あーしも孫の代まで必要以上に繋がらない方がいい気がした。
幸雄さんが店を出ていくと、コーヒを抽出する蒸気の音だけが残った。
「……だんな」
「なんだ」
「これ、だいたい分かっちゃいましたね?」
「そうだな」
あーしは、残ったコーヒーを一気に飲んだ。
ちょっと熱いし苦い。
でも、嫌じゃない。
「あとは澪さんの心残りでしょ? これに関してはあーしがなんとかしてみますよって」
「あぁ、期待してる」
ビスケットの残りを口に運ぶ。ガタン、ガタンとギアが回る心地よい音に耳を傾けてあーしはだんなにこう聞いた。
「久遠のだんな。くりーむそーだ。あーしも頼んでいいっすか?」
「給金から引いとく」
世知辛い世の中っすね。梅酒でも飲んでふて寝しよう。
空になったコーヒーカップから香りだけは、しばらく残っていた。
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