僕の推し活

 男性ファンが多い男性芸能人はいくらでもいる。

 では、彼ら男性ファンが対象の男性芸能人を応援するのは恋心からか? いや、少なくとも大半はなにかもっと違う感情で応援していると思う。彼らの理想のゴールが恋愛関係だとは思えない。

 僕の場合も、そういうことだ。触れることなくただ見ていたい、そういうことだ。


 自分の感情に名前を付けてからは少し楽になった。

 とはいえ、そんな自分の気持ちを碧都あおとはもちろん、周りの人間に知られるのは避けたかった。キモいオジサン認定されてしまう。

 教育係のうちは良かった。彼を見るのも仕事だ。堂々と見ていられる。

 だが、彼の場合覚えも早いから三ヶ月ほどですっかり一人前以上になってしまった。もはや僕の出る幕はない。


 それでも職場は同じ。デスクも近い。これは喜びでもあったし苦痛でもあった。目の端に彼の挙動は感じるのに直視することは出来ない。大抵の社内恋愛は視線でバレる。いや、僕の場合、恋愛ではないが。


 そんな喜びと苦痛に満ちた日々を送っていた僕だったが、ある日、給湯室の前で偶然聞こえて来た会話に再び心を乱される羽目になった。

「碧都君てさ、どんな人が好きなの? あ、セクハラになるといけないから返事したくなかったしなくていいのよ」

「あらあ、聞いただけでもセクハラになるんじゃなかった?」

「え? あら、そうなの? えっと、じゃあ今のは無しで……」

「良いですよ。大丈夫です。セクハラじゃなくてただのお喋りなんだし。ぼくね、女性だとか男性だとかよくわからないんです。素敵だなあって人がいたら、それがタイプっていうか。自分でもいつどんな人を好きになるのかよくわからなくて」

 女性たちの声に交じって聞こえて来たのは碧都の柔らかい声だった。そのあと一瞬女性たちの沈黙が戸惑いの気配を漂わせ、直ぐに和やかな会話に戻っていった。

「そうなんだぁ。ごめん、ちょっと驚いたけど、そういうの素敵ね」

「うん、うん。サラッと言える碧都君て、やっぱり碧都君だなあって感じだし」

 そこからまた楽しそうに美味しいスイーツの話になっていった。こういうときの女性はとても器用だ、と僕は思う。目の前で突然こんなカミングアウトされたら僕なら膝から崩れ落ちるかもしれない。そこまででなくても、トーンを変えずに話し続けるなんてとても無理だ。


 実際、この後トイレに逃げ込んだ僕は膝をがくがくさせながらデスクに戻った。そこからいかにも大変な仕事をしているふうを装って難しい顔でパソコンにかじりつく。誰からも話しかけられないように。そうしてなんとか終業時間までやり過ごし、定時退社。


 僕は再び、自分の気持ちと向き合わなければならなかった。

 この晩は寝られなかった。


 「彼の恋愛対象がどういったものであっても、自分の気持ちとは関係ないではないか。僕は推し活を続ける、それだけだ」

 一睡もできなかった夜が明け、僕は鏡の中の落ち窪んだ目の自分と対峙し、そう結論を出した。



 あれから数年。僕は今、祝辞を述べている。今日は碧都の結婚式だ。

 お相手の女性は、とあるアスリートの専属トレーナーとしてアスリートと共にアメリカへ行かなければならないそうだ。碧都は会社を辞めてついて行く事になった。

 僕は知らなかったが碧都は小学校を卒業するまではアメリカに住んでいて英語は堪能らしい。

 

 僕はきっと、この未来を知っていた。「推し活」だと自分に言い聞かせながら知っていた。この喪失感には覚えがある。

 祝いの席で作り笑いを浮かべる僕の心の景色。

 それは間違いなく失恋の景色だった。

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この未来は見えていたんだ、多分、あの時からずっと。 ゆかり @Biwanohotori

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