この未来は見えていたんだ、多分、あの時からずっと。
ゆかり
新入社員
配属前にもかかわらず女性社員たちがやたらと噂話をしていたのでちょっと面白くなかった。
僕だって自慢じゃないが、そんなにモテない方でもないし女性に好かれるような努力も人並みにはしているつもりだ。実際、彼女いない歴は成人してからはゼロだ。まあ今はそろそろ「おじさん」と言われる年齢に差し掛かってはいるけれど。
「じゃあ、野口くん、頼むよ」
彼が配属された日、部長から教育係を頼まれた僕は入社以来初めてと言って良いほど、女性社員たちから熱い注目を浴びた。
つまり、僕の彼に対する印象はマイナススタートだったのだ。
(何だかつかみどころのないフワフワした奴だな)
数日後の彼に対する印象はそんな感じだった。
この頃には、最初のマイナス印象は不思議なほどに消えていた。
教えた事はすぐに覚えるし、素直でくったくがない。おそらく頭も良い。それでいてどこか頼りなく、少し抜けている。そこがまた女性ウケするらしい。いや、女性のみならず、入社時研修で彼に関わった男性社員たちまで保護者のまなざしで彼を見る。
あまりの人たらしぶりに、僕の心にふと(実は計算高いクセモノか? 或いはサイコパス?)そんな疑いが浮かんだこともあった。というのも、普段の彼はとても優しい目をしているのに、時々、とんでもなく鋭い視線を向けることがあるのだ。女性たちに言わせるとその目がまた良いらしいのだが。
鋭い視線の秘密は後で知った。
「君、いつも優しいのに時々怖い目になるよね」
飲み会の席で彼の同僚の一人がそう言ったときに(彼のモテモテぶりを面白く思わないヤツもそりゃあ、いる)彼が照れくさそうに答えたのだ。
「なんか、真剣に考え事してるとそうなるみたいで」
後で詳しく訊いてみたら、考え事をしているときに宙に現れたもう一人の自分と議論する感じになるらしい。議論が白熱してくるとそんな目つきになってしまうのだそうだ。
この頃には僕も既に彼のファンになってしまっていたから、彼ならそれも有り得るとスッと腑に落ちてしまった。
ここで断じて言っておくが、僕は女性が好きだ。事実、今だって結婚を視野に入れて付き合っている女性がいる。それでも(大きな声で言えた事ではないが)たまにちょっと目移りするほど女性が好きなんだ。
何が言いたいかといえば、つまり、男性に恋愛感情を抱いたことは一度もないって事。友人はいるが女性に対する気持ちとは全く別の感情で付き合っている。
だが、彼、碧都を見ていると自分のそのアイデンティティが揺らぐような不安を覚えるのだ。
彼は間違いなく男性、のはずだ。いや、時々、彼にはそんな性別など要らないのではないかと感じてしまう。
もっと言えば……オジサンを自認する僕が言うと実に滑稽だとわかってる、そんなことはもう百も承知で言うけれど、彼は妖精かなにかじゃないかと思ってしまうんだ。
いや、つまり、彼に恋愛感情を抱いているというのではない。それは違う。ただ彼を目で追ってしまう、無意識に。どういう訳か彼を見ていると幸せな気持ちになる。しかし、彼との距離を縮めたい等とは思わない。むしろこのままの距離でいつまでも見ていたいのだ。
この感情に名前をつけるとしたら、そう、アレだ。ピッタリの言葉がある。
『推し活』まさに、それだ。
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