一族の恨みを果たすために、鬼の子を宿せと命ぜられたが、鬼が予想外にイケメンで子煩悩だったので、そのまま結婚してしまいました

独立国家の作り方

第1話 旅立ち

 東北の雪深い地方に、庵治掛あじかけと言う村落があった。

 この村は、古くから潜在的な問題を抱えている。

 隣村との争いである。

 それは、もはや村の誰もが記憶にないほどに、昔から延々と続く係争である。

 この日、隣村との争いは、未知の脅威によってその深刻さを増していた。

 村長むらおさは、自身の屋敷に一人の女性を呼んでいた。この争いに一つの決着をつけるために。


村長むらおさ様、参りました、弥生やよいです」


 今年19歳を迎えた弥生は、この村にあって最も手練れと恐れられた存在。弥生自身も、隣村との戦いに備え、呼び出しがかかるその時を今や遅しと待ちわびていた。

 村長の屋敷には、既にが何本も炊かれ、静まり返った村落に、燃える薪の音だけが不気味に聞こえていた。


「おお、来たか弥生。まずはこちらへ来るがよい」


「はい ・・して、今宵はどのようなご用向きで?」


「まあそう急かすな。とは言うものの、少し急を要する話ではあるがな」


 村長の表情からは、事の深刻さが読み取れる。

 屋敷の大広間には、既に村の重鎮たちが揃いつつも、誰一人言葉を発しない。

 弥生は思う。いよいよ命が下る。この日のために、自分は腕を磨いてきたのだと。そう思うと武者震いさえしてくる。

 そして、村長は重い口を開いてこう述べた。


「隣村は、いよいよ最後の手段に出たようじゃ。従って我ら庵治掛あじかけ村も、その禁断の法を用いてこれに対抗する」


「はい。して、その禁断の法とは?」


「うむ・・・・弥生よ、一族の昔年の恨み、其方が晴らしてはくれまいか」


「もちろんに御座います! 私は今日までその為に鍛錬してきたのでございます故・・・・で、その禁断の法・・とは」


「ならば申し付ける。弥生、ここより遥か南の地、都の深部に住まうという鬼、その鬼の子を宿すのじゃ。その鬼の子を隣村に差し向け、ことごとく根絶やしにし、我が一族の恨みを果たしてもらいたい」


「・・・・は?」


「いや、だから、我が一族の昔年せきねんの恨み」


「はい? 「昔年の恨み」の所はもういいんで、はい? 子を? 宿せ? つまりはらめと?」


「うん・・・・だから、さっきからそう言ってんじゃん」


「いやいやいやいや! ちょっと待ってくださいよ、ね! そういう事、簡単に言わない! ってか、そんな話? 喧嘩上等って話じゃないわけ? これから隣村に殴り込みって話は?」


「いや、わし、そんな事、一言も言ってない」


「だからって、十代の娘にどこの誰だかも解らない鬼の子を孕めと? ・・村長、コンプライアンスって言葉知ってます? 今、令和ですよ」


「それくらい知っとる。なあ、皆の衆?」


 村長は、弥生があまりに機関銃の如く言葉を発するので、思わず周囲に同意を求めてしまった。

 村人も、なんともバツの悪い表情で目を泳がせていた。

 そして思うのである「せっかくまで炊いて雰囲気作ったのに台無し」とか、「そもそも、キレられるに決まっている、あーあ、どうすんだこれ」と。

 

「大体、何で私なんですか? もっと適任者が沢山いるでしょうに!」


「いや、弥生、お主はよく鬼の刺繍の入ったジャージを着とるではないか」


「コラっ! あれは般若はんにゃ! 鬼じゃない!」


「似たようなもんじゃろ」


「全然違いますー! そういう雑な所がダメなんだよ、この耄碌親父もうろくおやじ!」


 まったく、口の汚い娘に育ったものだと一同は深いため息をつく。

 どうして弥生を選んだか? そんなの決まっている、そのガサツさ故だ、と誰もが思う。

 鬼の相手なんてこの娘レベルにしか出来っこない。

 なにしろ、弥生は去年まで地元で有名なレディースの総長をやっていた、村一番の。般若が一番似合う女なのだから。


「だいたい、鬼なんて本当に居るっスか? 聞いた事ないんですけど」


「それならば心配には及ばぬ、ちゃんとアプリで」


「アプリ?」


「ああ、えっと・・・・これ」


「・・・・出会い系じゃねえかよ! うわ、これ絶対ヤンキーですって! なんだよこの最後の『夜露死苦』って! この鬼、本当に令和の鬼か? 昭和? ったく、勝手に変なアプリに登録しないでくださいよ」


「弥生よ、要は子を宿せば良いのじゃ」


「・・・・」


「一回だけだからさ」


「回数を言うんじゃねえ! 生々しいな」


「わかんないよ? 案外、いいかもしれないじゃん」


「ちょっ なに言ってんの? 何がいいって? もうそれセクハラ」


「・・・・去年までさらし巻いてバイク乗ってた総長のクセに」


「おい、マジぶっ殺すぞ」


「ほら、弥生ちゃん、コンプライアンス、コンプライアンスー!」


「るっせい! それで、南の都って、要は東京に行けって事だろ? 何処で待ち合わせにしたんだよ」


「・・・・ここ」


 村長は、渋々地図アプリを開くと、待ち合わせ場所がプロットされた場所を弥生に見せた。


「ってか、ここ、池袋のラブホ街じゃねえかよ! 何考えてるんだ! いや、マジ勘弁してほしいんですけど」


「・・・・一回だけ」


「いや、だから生々しいのはやめろ!!」


 こうして(こうして?)、弥生は一人東京へ向かった、夜汽車に乗って。


「はー、何なんマジで? いっそ観光だけして『鬼、いませんでしたー』的な感じで帰るかな。どうせバレないし」


「ダメだよそんな事しちゃ! オイラ、叱られちまうよ」


「わー! びっくりした! ってか、あんた誰? どこの子?」


「オイラ、村長から言いつけられて、お姉ちゃんについてきたんだ」


 いやいや、せっかく一人でのんびり旅行気分だったところに、変な子供を押し付けられてしまった。

 ・・・・大体、令和のこの時代に、自分の事を「オイラ」とか言う子供なんて怪しい。・・・・大丈夫か? 落語に出てくる子供のような? 妖怪とかじゃないだろうな?


「ま、短い間だけど、仲良くやろうぜ、お姉ちゃん」


「お前、絶対に子供じゃないだろ! 本当は40歳くらいとかじゃないだろうな?」


「ちぇー、なんだよ疑い深い姉ちゃんだな、こっちがシラけちまうぜ」


「だから、そう言うところだよ! ってか、お目付け役って言っても、なんか微妙な幼児なんだよね、大丈夫? 私、子持ちに見えてない?」


「ないない、全然ない!」


「だから言い方! 澄んだ瞳で言わない! 本当マジおっさんが中に入っていない? 大丈夫?」


「大丈夫さ、オイラこう見えて5歳なんだぜ」


「一体、何のアピール? ってか、5歳? けてるなー、この微妙な年齢、私、子持ちのバツイチとかに見えちゃうよね?」


「そんな事ないさ、お姉ちゃんは生娘きむすめでも通用するって」


「待て待て待て! 生娘きむすめの意味知ってんのか? ああ? 未経験者って意味だぞ? あ? 5歳児君!」


「・・・・」


「いや、本当だって! 未経験! 私は生娘きむすめ! やめろ、そこで黙ると変な空気になるだろう・・・・ほらー・・・・夜汽車なんだから、響くんだよ会話がさー」


「わかった、生娘であるところはゆずるよ。その代わりオイラを子供として認知してくれ」


「だーかーらー、ややっこしくなるだろ! なんで生娘が子連れなんだよ、色々変だろ順番とか! それと認知とか、どこでそんな言葉覚えた? 5歳児だろあんた?」


「弥生姉ちゃんみたいに若くてさ、小綺麗でさ、それでいて子持ちとかって、グッと来ると思うぜ、鬼の兄ちゃんもさ」


「やめろ! あんたの「グッと来る」ポイントは古いんだよ! 昭和なんだよ! 来ねーよ子連れの訳あり元ヤンには! 高倉 健の映画かって? 脚本が倉本 聰かって?」


 静かな夜汽車に響き渡る二人の会話、ヒートアップした先に待っていたのは、別のお客さんからの「すいません、静かにしてもらえますか」の一言だった。


 こうして(こうして?)二人を乗せた夜汽車は、東京へ向けて進むのである。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月19日 17:10
2025年12月20日 17:10
2025年12月21日 17:10

一族の恨みを果たすために、鬼の子を宿せと命ぜられたが、鬼が予想外にイケメンで子煩悩だったので、そのまま結婚してしまいました 独立国家の作り方 @wasoo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画