後編

 誰しもがこの特異な状況をいったん受け止めようとしていて、それが輪をかけて異様だった。それはどこかマンネリ化して、冗漫化したこの賞と授賞式の流れに対するある種の揺り戻しような……。


 何かが起こるのを待っていたかのような……。


 代理人Bはひと呼吸置いた後で、背広の内ポケットから用意していたメモを取り出して、それを広げ、マイクスタンドを挟むように両手持って読み始めた。メモはもちろんA氏の言葉として書かれている。


「まず最初にこのような歴史ある素晴らしい賞をいただけて誠に光栄であり、深遠なる感謝を申し上げます。わたくしAからの申し入れは大きく2点です。一つ目といたしまして、今回受賞しました作品は主催者側は1作品として扱われておりますが、厳密かつ正確には当該作品は6174作品に分かれております。それについては出版社との契約書等を証拠として提出する用意があります。そして二つ目は、この作品の中にわたくしは極めて巧妙な手口で巧緻の限りを尽くして『芥川賞を終わらせる』という内容の毒薬条項ポイズンピルを盛り込んだ次第です。主催者側と交わした受賞書類を持ってこの条項が発動する仕組みになっております」


 続けて、法律の観点からの説明が追加でなされた。


 なんなんだいったい。静寂が長持ちせずに、またもや騒めきが起こる。カメラマン同士が小競り合いする声も聞こえる。それくらい重大な事態が今ここで起こりつつあった。


 それに6174という数字。有名な四桁のカプレカー数だ。


 適当に出したある数字にある操作をすると最後は必ず同じ数字になるというマジックナンバー……。


 代理人Bは咳払いで会場内を鎮めると、再び続き話し始めた。ここからは代理人の言葉としての話だ。


「ただし、A氏は文学愛好的な立場から“主催者側に選択の余地を残す”と申されております。選択とはこの二つです。これよりあとの6174回分のすべての芥川賞をA氏の受賞とする、か、もしくは、芥川賞を今回で終わりにする、か、です」


 これを聞いて今度は会場が荒れた。


 批判めいた声がいくつも投げられ、尋常じゃないフラッシュ音で空気が揺れた。


 日本の文学始まって以来の危機を急いで社に報告するために退席する記者もいた。


 “時宜を得た話かどうかは別として”と断った上で代理人BはA氏を今回の行動に駆り立てたものは、この文学賞の物憂く繰り返されていく長すぎた歴史なのだとの主張を代弁した。


『汝、作家とならば、命短きが如くに書くべし』というソローのことばを引き合いにして、来たるべき文学的ブレークスルーへの渇望をその弁に重ねた。


 A氏は芥川賞を終わらせるためにあの作品を書いたんだろうか……。なぜだろう? 読んだはずなのに思い出そうとしても思い出せない……。それはつまりは、1作品として読んでしまったからなんだろうか……。


 代理人Bは、会場からの「そんな権利があるのか、傲慢だ」との批判の声を受けながら、あくまでも代理人というスタイルのままマイクにさらに口を近づけてこう答えた。


「A氏の敬愛する作家レイチェルは言っています。『主題の方から作家を選んでくる』と。言うなればA氏はこの損な役割に選ばれたとも言えるのです」


そこで何人かの選考委員が所要を理由に席を立った。“およそ純文学的な出来事ではない”と、憤慨しながら。


 数は限られるが質問を受けるとのことで、そこからいくつかの質疑応答があった。代理人Bはその際、まるで報道官のような体の向け方をしていた。


Q.A氏は芥川賞に何か特別な因縁がある人物なのか


A.人物の特定につながる質問には答えられない


Q.A氏はそもそもなぜこの小説を書こうと思ったのか、また、芥川賞を終わらせるための手段としてなぜ小説を選んだのか


A.シェイクスピアのことばをいくつも諳んじる人があっても彼が何のために書いたか気にする人がそれほどいないのと一緒です。これは公理なのです。公理とは証明が不用なものなのです。


Q.ではA氏はシェイクスピアなのか


ここで少し笑いが起き、Bも適度に笑って答える。


A.シェイクスピアの受賞スピーチの代理なら私は喜んで引き受けるだろう


Q.受賞した作品に登場する主人公も何かを破壊し、何かを創造することに命を燃やす青年だが、A氏自身を投影したものなのか


A.“何かを投影した自分だ”と言っていた


Q.A氏は謎が多いが、彼が執筆しているのを見たことがあるか


A.一度だけ見たことがある。A氏は立ったまま書いていた。そして、書き始めたと同時に書き終わっていた。──すべてを。今思えば、あのときから芥川賞の最後と宿命づけられていたと感じざるをえない。 


 質問の受付はそこで終わった。


 代理人Bは最後に「主催者側の英断を期待する」と述べてからネクタイの結び目を滑らかに撫で、軽やかに壇上を後にすると、入ってきたのと同じ場所から出て行った。


 司会者が思い出したように進行を再開したあとも、興奮冷めやらないままの雰囲気がずっと残った。


 ここまでの全てはネットでライブ中継もされていた。

ネット上では『売名行為だ』という声や、芥川賞の対象が新進作家なのをもじった“シン•新作家”と揶揄するものなどのネガティヴな反応も多かったが、『眠気覚めた』や『小説より奇なりより奇なり』などの中立的な反応もそれなりにあった。


 この出来事の後からしばらくは文学界からのA氏に対する圧力は相当あったと推測される。


 授賞作品については揉めに揉めたあげくかなり遅れて出版されたが、話題が先行していたわりには売れなかった。


 その本を手に取った人たちは口々に言った。


「A氏の小説はどこからどう読んでも最後は必ず同じぎょうになってしまう」と。


 A氏が表舞台に姿を現すことはなかったし、二度と書かなかった。A氏は芥川賞を受賞してから一度も小説を書かなかった最初の人物になった。


 ちなみに、


 芥川賞を管轄する主催者側は、あの出来事のあとすぐから法律や歴史の専門家を招いた話し合いを続け、苦渋の決断の末、芥川賞の約100年に及んだ歴史に幕が下ろされることになった。

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芥川賞を終わらせた男 ブロッコリー展 @broccoli_boy

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