第7話 合法の金、最後の一束
第7話 合法の金、最後の一束
第1章 合格
第1節 曇りの朝
合格発表の日は、また曇りだった。
透は後になって知ることになる。人生の節目はだいたい曇りだ。
店やっさんが、透の顔を見て言った。
「……受かったのか」
透は頷くだけ。
嬉しさで言葉が壊れるタイプではない。
でも、店やっさんは分かる。
「お前、顔が少しだけ晴れてる」
透は一言だけ言った。
「……行く」
第2節 弁護士になると、扉が開く
同じ応接室。
同じ担当。
同じ受付嬢。
でも、名刺が変わった。
透は“弁護士”になった。
担当の笑顔が、ほんの一瞬だけ固まる。
「星野……先生」
その呼び方が、透には奇妙に聞こえた。
透は言葉を飾らない。
「契約書、原本の開示。取引履歴の開示。
応じないなら、手続きする」
“お願い”が、手続きに変わった。
それだけで、世界が動き出す。
第3節 読者の役に立つ、金利の話
神崎精機の机の上に、数字が並んだ。
透は社長に、噛み砕いて言う。
「法律の上限は、元本で変わる。10万円未満なら年20%、10万円以上100万円未満なら年18%、100万円以上なら年15%。遅れたときの“遅延損害金”は、その上限利率の1.46倍までが目安だ。だから、向こうが好き放題に上乗せしていい世界じゃない」
社長が震える声で聞く。
「……じゃあ、うちはどれだけ払えば……」
透は紙に書く。
たとえば、こうだ。
• 残っている元本:1,200万円
• 年15%の利息 → 1,200万 × 0.15 = 年180万円
• 月なら → 年180万円 ÷ 12 = 月15万円
「つまり、“合法な利息”は月15万くらいの世界だ。
なのに向こうは、手数料と違約金で月100万単位にしてる。そこは無効にできる」
社長の目に、ようやく光が戻る。
でも透は知っている。
(正しくしても、まだ足りない)
第4節 金が生まれる条件
担当が言う。
「では、合法部分だけは支払っていただきます。
それでも倒産するなら、経営責任ですね」
透は一呼吸置いて言った。
「合法部分は払う」
「……」
「不当部分は払わない」
その瞬間。
透のパンツが、むずむずした。
(ああ。そうか)
悪に払う金は生まれない。
でも、合法で正しい返済なら生まれる。
“人助け”でも、悪に渡す金は出ない。
透の世界は、そこが徹底している。
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第2章 真弓の危機(非性的)
第1節 「マカオに送る」――何年前だよ
真弓は、直接傷つけられてはいない。
でも“逃げられない空気”の中にいた。
地上げの三下が、古いテンプレみたいに吐き捨てる。
「送るぞ。海外だ。マカオなら――高く」
透が眉をひそめるより先に、仕切ってるアニキが言った。
「……何年前だよ」
声が低い。場が凍る。
「昭和の悪党みたいな台詞、いま言うな」
三下が黙る。
透は真弓を見て、最初に確認する。
「……怪我ない?」
「……ない」
「歩ける?」
「……うん」
透の確認は短い。
でも順番がある。
その順番が、透の必死さを露骨に見せる。
第2節 アニキが見抜いたもの
アニキが透を見る。
「お前さ。怖いだろ」
透は否定しない。否定できない。
怖い。手が少し震えている。
でも、透の言葉はブレない。
「……真弓さんは関係ない。
関係あるのは契約。数字。不当分」
アニキの目が、ほんの一瞬揺れる。
それは“理解”じゃなく、“思い出”の揺れだった。
「弟がな」
アニキが言う。
「お前みたいに、必死になると、言葉が短くなるやつだった」
透は一言だけ落とす。
「……お願い」
それが透に言える最大の柔らかさだった。
アニキは溜息みたいに笑った。
「返せ」
三下に言う。
「返すんだよ。いま」
真弓が立つ。
透は一歩だけ前に出て、短く言う。
「……行く」
その背中を、アニキが追いかけるように言った。
「透。ちゃんと勝て。勝てないなら、勝てる場所まで行け」
透は、もう行っている。
だから頷くだけだった。
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第3章 送金が間に合わない
第1節 取引先の“善意”は、間に合わない
神崎精機の取引先は動いた。
「倒産させちゃいけない」
「技術が消える」
「この会社が止まったら、業界が困る」
融資の申し出が集まる。
透は、その“きっかけ”を作った。
――うまく行く。
そのはずだった。
東大卒担当が、静かに笑う。
「送金は、間に合いませんよ」
「……」
「銀行の手続き。反社チェック。審査。時間がかかる。あなたは現場を知らない」
透は言い返せない。
悔しい。でも今回は、負けない。
第2節 合法の分、パンツが崩壊
透は金ぴかを着る。
太陽は出ていない。曇り。助かる。
でも、今回の羞恥は別方向だ。
(量が……多い)
合法部分だけに削っても、正規の返済は残る。
元本の一部。利息。遅延損害金の範囲。
全部足して、1,215万円。
(1万円札で1215枚……)
パンツが、物理的に終わる。
透は公衆トイレの裏で、向こうを向いてゴソゴソする。
チャリン、という音が混じる。小銭袋まで騒ぐ。
(やめろ。いまは札だけでいい)
札束が、溢れんばかりに出る。
透は呼吸を止める。
恥ずかしい。
恥ずかしいと清算される。
でも、渡した後は消えない――そのルールがある。
透は、札束を抱えて戻る。
走ると、はみ出る。
金ぴかが曇りでも目立つ。
受付嬢が目を丸くする。
専務が固まる。
社長が唇を噛む。
透は短く言う。
「……合法分。ここまで」
「星野先生……」
東大卒担当の声が、少しだけ揺れた。
透は言う。
「これは“悪に払う金”じゃない。
会社を生かす、正しい返済だ」
その瞬間、受付嬢がぽつりと言う。
「……透さん」
場の空気が、変わる。
専務が咳払いして続ける。
「……透さん。すみませんでした」
東大卒担当も、目を逸らして言った。
「……透さん。あなたのやり方は、正しい」
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第4章 めでたし(出来すぎでいい)
第1節 全員、反省して社会貢献
悪徳金融の社長は、被害者への弁済を始める。
専務は、企業再生の講座に通う。
受付嬢は、被害者相談窓口に回る。
地上げ側も、アニキの“手順”で引いていく。
「もうやめだ」
「透さんに恥かかせんな」
全員が、透を“透さん”と呼ぶようになる。
水戸黄門みたいで、透は少し困る。
第2節 社長は死なない
神崎社長は工場の床に座り込み、泣いた。
従業員の前で頭を下げる。
「……すまん」
透は短く返す。
「……生きろ」
「……ああ」
第3節 真弓からのメール
夜。透のスマホが震える。
透くん
助けてくれて、ありがとう。
でも、ありがとうじゃ足りない。
ちゃんと、いつか言うね。
透は画面を見たまま固まる。
返事の手順が、ない。
店やっさんが後ろから言う。
「返事、短くていい」
透は一言だけ打つ。
うん。
第4節 店やっさんの結婚へ、透の独り立ちへ
神崎精機は生き残った。
透も、次へ行ける。
店やっさんは、透を見て言う。
「透。お前、独り立ちしていいぞ」
透は頷く。
そして、曇り空を見上げる。
(次の街は、どこだ)
その時、店やっさんのスマホが鳴る。
榊原澄子からだ。
店やっさんが咳払いして出る。
「……ああ。うん。……分かった。今夜な」
透は、目を細める。
(店やっさんの人生も、次の手順に入った)
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