第6話 負ける正義

第6話 負ける正義

第1章 神崎精機

第1節 町工場は、世界を支えている

「神崎精機」は、たった十人の町工場だ。

でも、世界に誇れる精度を出す。

マシニングセンタ。複合加工機。

小さな工場の中で、刃物の音だけが正確に響く。

「ここが止まったら、うちのラインが止まる」

そう言って頭を下げに来る大手の購買担当を、透は何度も見た。

透は配達の途中、工場の門の前で足を止める。

曇り空。静かで助かる日だ。

そこへ、真弓がいた。

神崎社長の娘。透が昔から、眩しすぎて諦めていた幼馴染。

「透くん……」

真弓の声は、いつもより小さい。

透は言葉が短くなる。

感情が薄いわけじゃない。処理が追いつかないだけだ。

「……なに」

「……会社が、危ない」

第2節 金ではなく、数字の匂い

工場の中の空気は、いつもと違った。

機械の音が減っている。

人の背中が丸い。

社長が言った。

「悪徳金融にやられた……“資金繰り支援”って顔して、金利じゃなく“手数料”と“違約金”で膨らませる。返すほど増える」

透の頭の中で、数字が並ぶ。

手順ができる。落ち着く。

(利息・手数料・遅延・違約金。どこが上限を超えてる)

透は言った。

「……契約書、見せて」

「見せられない」

社長が唇を噛む。

「向こうが“原本は預かる”って……」

透の喉が詰まった。

この時点で、もう“罠”の匂いがする。

第3節 東大卒の金融担当

悪徳金融業者の応接室は、妙に綺麗だった。

受付嬢の笑顔は綺麗で、机の角も綺麗で、空気まで綺麗に整っている。

そして担当が出てくる。

東大卒。名刺が妙に重い。

「星野さん。弁護士ではないんですよね」

丁寧な敬語で、刃が立っている。

透は、勉強してきた知識を総動員した。

上限金利の話。手数料の実質。遅延損害金の理屈。

“それは無効の可能性が高い”という筋。

でも担当は、微笑んだまま言う。

「裁判所がそう判断するまでは、有効です」

「……」

「あなたの主張は、“意見”です。こちらは“契約”です」

透は言葉が消える。

「手順」が、途中で途切れる。

資格がない。立ち位置がない。武器がない。

その瞬間――

透のパンツは、むずむずしなかった。

(負けた。理屈で負けた。正義なのに負けた)

透は、悔しさを飲んだ。

飲み込みすぎて、息が浅くなる。

第4節 倒産寸前、そして“金は生まれない”

神崎精機は、倒産寸前まで追い込まれた。

給料が払えない。材料も買えない。リースも止まる。

社長は夜、工場に一人で残るようになった。

透はそれを知ってしまう。

「……死ぬ気だ」

透は短く言って、走った。飛べないから走った。

店やっさんが追いかけてくる。

五十歳。息を切らしながら怒鳴る。

「透! お前、変なことすんなって言ったろ!」

「……でも」

「でもじゃねぇ。死ぬのは誰だ。お前か。社長か。全部か」

透はその夜、社長の背中に声をかける。

「……死ぬな」

「給料が……」

「……まだ、やることある」

透は帰ってから、机の上に教材を積んだ。

司法試験(弁護士になるための試験)。

逃げじゃない。武器を取りに行く。

曇り空の下で、透は決めた。

(勝てる場所まで行く)

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