再開?


人のいない街を歩き続けた。


「ここ……どこ…?」


どれだけ歩いても人どころか動物もいない。

看板は色褪せ、ショーウィンドウには埃が積もっている。

世界は本当に滅びたということを、まざまざと突きつけられたようだった。




持っていたなけなしの水分と食料は全て使い切ってしまった。


「……だれ、か…み、ず………。」


ふと、甘い香りが鼻腔をくすぐる。


人がいる…?もしかしたら、助けてもらえるかも…!


手放しそうになっていた意識を必死で繋ぎ止めて、匂いの元を必死に探した。


建物が見える。

視界が霞んでよく見えないけれど、甘い香りはここから出ているように思えた。


ガラス張りになった扉に手をかけた時、室内で人影が見えた。

私はそこで安堵してしまった。

緊張が切れたのか、身体に力が入らない。

限界を迎えた私の身体は、扉に激突する形で倒れ込む。


何日、歩いたんだっけ。それもそうだよなぁ…。


私、このまま死ぬのかなぁ…。


嫌だな、なんて考えても身体は動かない。


こんな苦しい死に方、嫌だなぁ………。みんな死んじゃう前に親孝行しとくんだった。


そこで私の意識は暗転する。


ʚɞ


幼い頃の夢を見た。きっと私が5歳くらいだった時の夢。

夢の中の私は、お母さんと手を繋いでお散歩していた。



何でもない、日常の夢。



「おかあさん!見て!ちょうちょ!!」


母に、指をさして教える。


「ほんとだ すっかり春になったね〜」


私が産まれた時にはもう既に世界は滅んでいたけれど、微かな季節の訪れを感じることが出来ていた。


そんな風にお母さんと、会話に花を咲かせながら歩いていると、小さな私のお腹がきゅるるると空腹を知らせてくる。


「えへへ、お腹すいちゃった! おかーさんおやつなぁに?」


「う〜ん、そうねぇ〜…パンケーキなんでどう?」


「パンケーキ!?やったあ!麗良、パンケーキ好き!」


「パンケーキだって!楽しみだね!!」


小さな私は、自分の右側へ話しかけていた。

お母さんがいるのは、左側なのに。


あぁ、違う。もう一人いたんだ。

どうして忘れていたんだろう。


私の左手を掴んで、右手では日傘を掴んでいる、私の片割れ。


私は、双子だった。

名前は和香。私の方が先に産まれたから、私の妹。

どうして忘れていたんだろう…


妹は、和香は五歳という歳の割にはしっかりしていた。

和香はアルビノだった。

私に楽しみだね、と話しかけられた和香は、綺麗な白い髪の毛を揺らしてこちらを向く。

その表情はとっても嬉しそうで、可愛かった。


和香が口を開く。しかし言葉を発することは叶わず、代わりに私の右手に衝撃が走る。


「いたっ!!」


咄嗟に目を瞑って、また開いた時には隣に和香はいなかった。その場には和香が持っていた日傘が落ちている。


「え…?」


顔を上げて、辺りを見渡すと、私たちの数メートル先に全身真っ黒の男がいた。


「和香…?」


「和香!!!」


困惑する私を他所に、お母さんの悲痛な叫びが頭上で響く。


……誘拐だ…。


お母さんが私を抱えて誘拐犯を追いかけるけれど、ドンドン引き離されてついには見えなくなってしまった。


荒廃したこの世界に警察なんてものは機能していない。

当然、人身売買なんかも横行していた。


そういえば、和香は私よりも断然綺麗な顔立ちだった。お人形さんみたいね、なんて言われる事もあったっけ。

アルビノであることも相まって、一目じゃ双子だって分からないくらいには。


無事、なのかな?


お母さんとお父さんは私の目の前で死んだ。よく覚えていないけど、化け物から守ってくれたような気がする。


正直もう死んでもいいななんて思ってたけど……和香を探したい。

変なところに売られてもう亡くなってるかもしれない。もう私の事なんて覚えてないかもしれない。

でも死んだという確証がないなら、生きている方に賭けたい。


やるだけやってみよう。


夢の中の私が叫んだ。


「和香!!!どこいっちゃったの!!?お返事してよ!」


ʚɞ 


「のどか!!!!」


私は自分の声で目が覚めた。


……?


知らない天井。室内を見回すとどうやらなにかのお店のようでテーブルと椅子が沢山置かれていた。

私はそのソファー席に寝かせられていた。


ふと口周りが濡れていることに気づいた。舐めてみると、すごく甘くて美味しかった。

もしかしてこれ経口補水液…?

たしか甘く感じるのってヤバかったよね…。


あの後倒れて、誰かが助けてくれた…?


「ここは……?」


そう発した時、カランカランという音とともに扉が開かれた。

扉の方を見るとそこには


――和香がいた。


間違えるはずもない。サラサラな白金色の髪に、紅と紫のオッドアイ。そんな特徴的な美少女、和香以外にいる?いないでしょ。


でもどういうこと?もしかしてまだ夢…?


あぁでもまだ和香って決まったわけじゃない。他人の空似かも。とりあえずはお礼を言わなきゃね。


「貴女が助けてくださったんですか!?ありがとうございます!!」


和香かもしれないという興奮が隠せず、かなりハイテンションでそう聞いてしまった。しかも日本語で。


「あっ!えっと……さ、サンキュー!ヘルプミー…?」


自分でもメチャクチャな英語だなと思った。焦ってるからってそれはない。しかもめっちゃ日本語英語だし。

言い直すべき…?



少女はため息を着いてから


「意識戻ったのはいいけど、ほぼ死にかけだったからまだ安静にしてなよ。ここで死なれたら迷惑。」


とぶっきらぼうに言い放つ。


あれ、日本語…。和香じゃないなら日本人じゃないって思ってたけど……もしかして本当に和香だったりする?

名前、聞いてみよう。


「日本語…!! てっきり外国の人かと…。あ!申し遅れました、朝日麗良と申します。助けていただきありがとうございました!貴女のお名前もお聞かせ願えますか?」


ちょっと他人行儀すぎるかな?でも別人だった時が怖いしね…。


「ウツタヒメ。呼びにくいからヒメでいいよ。」


……。違った。和香じゃないみたい。見た目は和香そっくりなのに。


「ウツタヒメさんですね。ではお言葉に甘えてヒメさんと。重ね重ね、本当にありがとうございました。」


ソファーの上で姿勢を正してヒメへ礼をする。


「このご恩、どう返したら…?」


「え〜?」


お礼がしたいと申し出ると、ヒメは腕を組んで悩み始める。


考えが纏まったのか、私の前の椅子に腰掛けながらこう問いかけられる。


「キミ、戦える?無理なら無理でいいんだけど。」


「は?…えっと、どういう…?自衛くらいなら多分できると思うけど…。」


質問の意味がわからず、思わず敬語が取れてしまった。そんな私の返答にヒメは難色を示す。


「自衛じゃ意味ないんだよね〜。まあじゃあ聞き方を変えようか。」


そこで言葉を一度切って、こう続けた。


「命を賭けて神話に抗う気はある?」


神話?抗う?何…?どういうこと?


「えっと…?」


私が理解できていないのを感じ取ったのか、ヒメが説明を始めてくれた。


「ルルイエの浮上で世界がこんなことになってるのは知ってるよね?こうなった原因とも言える神話生物…これに立ち向かおうとしてる馬鹿な団体があるの。対神話殲滅機関アルカナって言うんだけど。」


ルルイエの浮上?ちょっとよく分からないけど、そうだったんだ…。


「なるほど…?」


「可哀想なことにボクもここに所属させられてるんだよねー。…つまり、アルカナは戦力が欲しいワケ。ここまで言えばわかるよね?キミはどうしたい?」


大体、言わんとすることは分かった。アルカナに入れってことだよね。

命を賭けてってとこが気になりはするけど……どうせ今特別やりたいことも無い。あるとすれば和香を探すことくらい。


とりあえず入って平凡に隊員しとけばいいもんね。


「……わかりました。やります。やらせてください!」


「だよねー、だと思っ…はぁ!?ちょっと待って、本気で言ってる?キミ自衛しか出来ないんだったよね?命の恩人とかそういうのどうでもいいから。今のあんたじゃ無駄死にしかできないと思うよ?」


私がやると言ったのが予想外だったのか、ヒメに止められた。


誘ったのは和香でしょ? あぁ、間違えた。ヒメさんだった。

それにもう私の家族はみんな天国行っちゃったから。和香はシュレディンガーだし。


「いいの。きっともうこの世には私の無事を祈る人はいないから。死ぬならせめて、誰かの役に立ちたい。実力が足りていないって言うなら、これから誰よりも頑張ればいいだけでしょ?」


私は天才でも非凡でもないけど、凡人は凡人らしくできることを積み重ねる。

モブはモブらしく物語の主人公を支えるのがお仕事。

ヒメさんはきっと、主人公側。私はそのサポート。

うん!それなら私にもできる。


少しの沈黙が流れる。

ヒメは視線を逸らし、小さく舌打ちを一つ。


「はぁ……じゃ、いいよ。ボクが手伝ってあげる。そうと決まれば武器決めなくちゃね♪入隊試験とかは特にないけど、強いに越したことはないから。今から得物決めて、一週間でモノにして。話はそれから。ほら行くよ。」


「はい!!」


元気よく返事をしながらヒメに連れられ、お店の奥へ案内される。



店奥の倉庫内には様々な武器が保管されており、倉庫というより武器庫という方が近そうであった。

日本刀や、鉄扇、彫刻刀など様々な武器類が丁寧に保管されている。


「ここから好きなの選んで?」


とだけ言い、入口の柱にもたれかかって選択を見守る構えであった。


…どうしよう?剣類なら使い方は簡単だけど、どう考えても筋力が足りない。

それに前に出て敵を倒す、なんていかにも主人公だ。そんなことが私にできるとは思えない。


てことで剣類はナシ。


次に目を向けたのは遠距離武器。弓とか、銃とかね。

銃は使ったことないけど、反動が凄いって言うよね。体格はそれなりだけど、力はそんなにないからナシ、かな。弓も同じようにナシ。

威力が高いから、味方に当たったらと考えると怖すぎる。フレンドリーファイアなんてしちゃったら目も当てられない。次!


そんな感じで、武器を一つ一つ見ていった。最終的に鉄扇か、丸い刃物…チャクラムでいいのかな?の二択にまで絞った。


多分、チャクラムは投げがメイン。味方に当たったらどうする…?

でも鉄扇ってなると、前衛になっちゃう…。

どっちがいいか…。


いっその事、両方試してから決める?


そう考えて、鉄扇に手を伸ばそうとした時気づいた。

一振の日本刀、彫刻刀、そして鉄扇…。この三種類だけ異様に丁寧に保管されていた。

いくつかの武器には埃を被っているものも多くあった。

でも、この三つだけは綺麗。


誰かの遺品、もしくはヒメさんの大切なもの?


……うん。鉄扇はやめとこう。


鉄扇に伸ばしかけた手で、そのままチャクラム2枚を握り、ヒメの方を振り返ってこう言った。


「これにしようかな」


「了解。教えるのは明日からね。今日はそのボロボロの身体何とかして。」


「はーい!」


衣食住の面倒も全部ヒメさんが見てくれるんだって。申し訳ないな…。

でも、だからこそ頑張らないと!


とりあえずはヒメさんの言う通り、体力の回復に努めなきゃね♪

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GODARCA @Strawberry_TRPG

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