最終章|継(けい)


令和の春。

桜は、昔よりも早く散るようになった気がする。


郊外の古い家で、二人の子どもが押し入れをひっくり返していた。


「ねえ、これ何?」


小学五年の優子と、埃をかぶった包みを引っ張り出す。

小学3年の爽太が覗き込み、顔をしかめた。


「何これ、クサッ‥」

カビ臭い匂いに鼻を摘む爽太

「古っ……本じゃない?」


姉ね優子が布をほどくと、そこには二冊の本があった。

表紙は色褪せ、角は丸く、紙はすっかり黄ばんでいる。


「お父さんのかな」

「お母さんのじゃない?」


そんな会話をしながら、適当に一冊を開く。


――今日もまた、廓の夜は更けていく。


「……なにこれ変な文、漢字も難しいし、ひらがな?カタカナかな?」


意味は分からない。

けれど、不思議と2人は頁を閉じる気にならなかった。


その様子を、廊下の向こうから総一と悠が見ていた。


「見つけたみたいね」

悠が小さく笑う。


「……ああ」

総一は、それだけ答えた。


二人は、あえて何も説明しなかった。

この本は、説明するものではないからだ。


待つこと。

失うこと。

それでも、誰かを思い続けること。


それらは、いつも後になって、

自分の中で言葉になる。


姉が、余白の文字を指でなぞる。


「ここ、名前書いてある」


弟が身を乗り出す。


「……総一?」


二人は顔を見合わせ、首を傾げた。


「お父さんと同じだね」


その言葉に、悠は思わず息を呑む。


総一は、静かに目を閉じた。


風が吹き、窓の外で桜の花びらが舞う。


――今日もまた、廓の夜は更けていく。


けれど。


この本は、夜のためだけに在るのではない。

生きる者が、次の頁を開くために在る。


「ねえ、これ持ってていい?」

姉が尋ねる。


総一は、少しだけ考え、うなずいた。


「……大事に、な」


二冊の本は、子どもたちの腕の中へ渡った。


そうして物語は、終わらないまま、続いていく。

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『余白に名前を書くまで』 seragi @seragi

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