第2話
2m前後の高さに茂っている灌木を二つに分ける舗装されていない道を歩く。高い雑草や木にさえぎられて月の光は誠一郎の足元までは届かない。足元をライトで照らしながら歩いて茂みを抜けると開けた場所に出て遠くに月明かりにきらめく海が見えた。
そこは遠浅の入り江になっていて今は干潮なので海は遠い。左右は小さな山に挟まれていてともに切り立ったきつい斜面になっている。木々がしがみつくように生えていて山の地肌は見えない。茂みを出てすぐは砂浜でさらに海へ近づくと今度は高低差のない緩やかな磯になっている。
誠一郎は夜にこの場所を散歩するのが好きだった。
見上げると夜空に薄く雲がかかっていて星はあまり見えずぼんやりとした月明かりが周囲を照らす。手近な磯だまりまで歩こうとして足を止めた。右手奥の2,30m先に人影が見えたのだ。誠一郎は夜ここに人がいることに驚いて次に残念に思った。一人でこの場所を独占したかったからだ。人の気配を知ってすぐに帰るのも不自然だと思った誠一郎は足元に気をつけながら人影とは離れた方の海に歩いていく。
先客が一瞬動きを止めたことで自分に気が付いたことを誠一郎は知る。誠一郎が子供であると分かって安心したのか先客は元の姿勢に戻った。あまり自分を気にする様子はないことに誠一郎は安心した。夜の冒険の最中に大人にあれこれ質問されても困るのだ。少しかがんで潮だまりに光を当て生き物を探すふりをして目の端に人影を入れた。
その人が短い竿を使って潮だまりに竿を出しているように見えたので誠一郎は再び驚く。潮だまりには貝やイソギンチャク、数センチの稚魚ならいるかもしれないが針に掛かるような魚はいない。釣り糸を垂らすひとなどいない。その人が立っている様子は少なくとも中学生に見えた。あるいは小学生の誠一郎が知らない釣り方があるのかもしれない。何を釣っているか見てみたい。誠一郎の心が高鳴った。
短い釣り竿を上げて糸を取る動きがあった。糸の先に一瞬小さなきらめきが見えた。誠一郎は辛抱できなくなって潮だまりの間を歩いてその人に近づいた。細い体格にゆったりしたパンツとプルオーバー、野球帽というシルエットが見えた。長い髪の毛を下に降ろして後ろでしばっているのを見て初めて女の人かもしれないと思う。夜に女性が一人で釣りをすることなどほぼあり得ないことを10才の誠一郎は知らないので違和感は覚えない。何より見知らぬ釣り方への好奇心が勝っていた。
A Gem of the Sea 〜 月のかけら @mugimiso_komemiso
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