A Gem of the Sea 〜 月のかけら
@mugimiso_komemiso
第1話
夕食の後で誠一郎は台所の母に向かって散歩に行ってくると言った。皿を片付けながら母は「危ないところには近づかないように」と声をかけた。この子が夜に散歩するのは珍しいことではない。多分海を見に行くのだろう。この辺りの海は穏やかで波消しブロックも高い防波堤もない。砂浜となだらかな磯が広がっているから海で溺れ死ぬなどの悲劇的な事態を想像できない。誠一郎は10才の男の子であり友だちの前では調子に乗って呆れるような行動をとることもあるが夜の海で一人危険を犯すほどバカではない。
7才の妹はテレビから目を離して兄を心配そうに見る。怖い夜道をわざわざ散歩に行くことが信じられないのだ。妹を安心させるように誠一郎は胸を張る。妹はやや疑わしげな顔で兄を見てからテレビに視線を戻す。録画したアニメ番組が流れている。妹は気に入った番組を繰り返し見て飽きることがない。
誠一郎は玄関に行ってスニーカーを履いた。外に出て玄関の脇に止めてある自転車のライトを外し頼もしく握りしめる。かすかに海の匂いが感じられるこの家は海から1kmも離れてはいない。門を出て県道を100mほど歩いて右に曲がって茶畑の農道に入ると遠くにちらほらと光る人家が惑星のようだ。県道を走る車のライトが夜の空気を照らしながら動くのが遠くに見えてすぐに周囲は静かになった。
300mほど歩いた街灯が途切れる辺りで舗装されていない脇道に入り彼は握りしめていたライトのスイッチを入れる。丸い光で足元を照らしながら歩くのは彼にとって大冒険だ。もちろん実際のところ危険はない。この辺りに危険生物も犯罪者もいないことを彼は知っている。おばけや妖怪もいないはずだ。それでもライトの届かない暗闇が誠一郎の想像力を刺激して恐怖を感じそうになることがある。そんなときは敢えてライトを消してその場に立ち止まる。月明かりに目が慣れて徐々にはっきりする光景は細部まで知り尽くした誠一郎の領土であり彼が怖がる理由は何もないのだ。
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