お題でポン【カクヨムコン11お題フェス】

志乃亜サク

第1話 未知

 好奇心とは、未知なる大海に浮かべた船である。


 まあ、それはいいのだけれど。

 どうも最近の世の中の風潮として好奇心旺盛なことを良しとする向きが強いように感じている。

 しかし本来、好奇心という言葉には善も悪もないはずだ。

 にも関わらず、いつの間にか好奇心が少ないということは向上心が足りない、意欲が足りないというニュアンスを暗に含むようになっていた。

 そしてこの現状に、ぼくは少し辟易としている。


 好奇心が少ないのって、そんなに悪いことですか?

 未知を恐れるのって、そんなに悪いことですか?


 未知の先に何が待っているのか、それは誰にもわからない。

 目も眩むような黄金の山かもしれないし、あるいは想像を絶する身の破滅かもしれない。未知の大海を揺蕩たゆたう好奇心の船はあまりに頼りなく、行先はほとんど風次第。ぼくらができるのはその風に向かって上手に帆を立てるくらいのものである。それでもすべての責を負うのは船主である自分自身となれば、安易に未知への挑戦を煽り立てる昨今の風潮は少々乱暴に過ぎるのではないかと思うのだけど、いかがだろうか。

 

 とはいえ。

 ここでぼくが賢しげに警鐘じみたことを書くまでもなく、世の中の多くの人は挑戦と無謀をそれぞれの基準で明確に区別しているし、ある程度の枷のなかで自分の好奇心とうまく付き合っている。

 自分の世界を広げるため勇気を持って未知へと踏み出すことは素晴らしいことだし、危険を感じた時には好奇心を引っ込めて理性で動くこともまた、人が社会の中で生きて行くためには必要な能力だ。


 ところが、世の中には好奇心をコントロールする機構を備えていない危険な人種も存在する。その最たるものが小学生男子である。あやつらは、パッションで生きている。



 少し話は逸れるけれども。


 ぼくらが小学生の頃、筆記具といえば鉛筆だった。シャープペンは禁止である。子供たちに聞くと、いまもそうらしい。


 ずっと謎だったんだ。どうして便利なシャープペンを使ってはいけないのか。

 先生の説明は、筆圧がどうのとか持ち方がどうのとか、どうにも要領を得ないものばかりだった。


 そしてようやく最近になって納得のいく答えを聞くことができたのだ。


 『男子小学生がシャープペンの芯をコンセントに突っ込むから』


 ああ……それですべてを納得してしまった。先生たちが言葉を濁していたことも。

 突っ込むわ、男子小学生。

 それならそうと説明してくれれば良いのに……というのは男子小学生を理解していない意見である。危険性を説明されるとやってみたくなるのが彼らなのだ。あやつらは、パッションで生きている。


 この話を聞いて、ぼくの意識は遠い過去の記憶――自分が小学生だった頃の日常風景へと飛んだ。




 

 ある日の昼休みのこと。ぼくらは途方に暮れていた。

 

 ぼくらの目の前には、家庭科で使うリッパー(先端が長短二股に分かれた糸切りに使う道具)がコンセントに突き刺さっていた。

 どうしてこんなことに。

 

 どうしてもこうしてもない。誰かがやってみたくなっちゃったのだろう。あの頃、ぼくらはパッションで生きていた。


 ひとりが勇気を出してリッパーに触ってみた。


 ピリッ


 「痛った!」


 周囲もビクッとする。どうやらちゃんと感電するらしい。それと同時に、どうやら死ぬほどじゃないらしい……ということもぼくらは理解した。


 そこからは実験の時間である。ハンカチ越しに触ってみたり、何人かで手を繋いでひとりが触ってみたり。その都度「ビリッ」となってはキャッキャと盛り上がる。

 たぶん、人類が初めて火を見つけた時とかこんな感じだったのだと思う。

 もしくは映画『ミラクル・ワールド・ブッシュマン』をご存じであれば初めて見るコーラの空き瓶で戯れる彼らの様子を思い浮かべて頂ければよりイメージできるだろう。


 で、そうこうしているうちに、リッパーのプラスチックの柄が取れた。遊びを終わりにしようとリッパーをコンセントから引き抜いたら、柄だけが取れたのだ。金属部分だけがコンセントに刺さったまま残った。


 えっ?


 虚を突かれた思いがした。どうやって引き抜くの、これ?

 

 一瞬触ってピリッとするくらいならまだ耐えられるが、しっかり握ったらしっかり感電する。どうしよう。

 実際どうすれば良かったのか今でもわからないが、とりあえず素手で握るのが悪手だということは当時のぼくらでも理解していた。

 じゃあどうする? 先生呼んでくる? 確実に怒られるけど。


 そこで登場したのがヤマシタ。クラス一、無鉄砲な男。

 この無鉄砲な男が、この難局をどう乗り切るのか。


 ヤマシタは、躊躇なく握った。

 まさかの無策。

 それは自らの身体能力への絶対的な信頼だったのかもしれない。


 「エレッ!」


 変な声を上げて後ろにひっくり返るヤマシタ。

 そらそうなるだろ。無鉄砲が過ぎるぞヤマシタ。

 無事か? ヤマシタ!


 「ちょっと……オシッコ漏れた」


 無事じゃなかった。


 結局リッパーは抜けなかったので全員先生にビンタされた。



 好奇心とはかくも危険なものである。

 チャレンジ、冒険、トライ……ポジティブな言い回しに惑わされてはならない。

 未知との遭遇には、それなりの代償を払わねばならないことを、ゆめゆめ忘れてはならないのである。

 

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