第2話 元勇者のような客

 翌日が来たのかどうかは、はっきりしなかった。眠った記憶はあるが、眠りが時間の経過を保証するわけではない。目覚めたとき、天井は同じ白さだった。僕は階段を下り、カウンターの内側に立った。昨日と同じように豆を挽いた。手が手順を覚えていた。


 ベルが鳴り、客が来た。今度の客は女だった。鎧のようなものを着ていたが、どこかで見たことのある古着みたいにも見えた。肩には傷があり、彼女はそれを気にしていなかった。目は鋭く、疲れていた。


「ここは喫茶店?」

「そういう感じ」

「ふうん。じゃあ、甘いのある?」

「砂糖ならある」


 彼女は砂糖を多めに入れた。飲みながら、外の曖昧な向こうを見た。見ているようで見ていない表情だった。僕は何か聞くべきかと思ったが、質問はしないことになっていた。僕が守っているのは紙の命令なのか、自分の性格なのか、どちらでもよかった。


「私、昔は勇者だった」

 彼女は突然そう言った。

「そうなんだ」

「驚かないの?」

「驚くタイミングがわからない」


 彼女は笑った。笑い方は若いが、笑いの成分は少なかった。彼女はカップを置き、ポケットから小さな布切れを取り出してテーブルに置いた。古いリボンみたいだった。色は褪せていた。


「これ、置いていく」

「どうして」

「質問しないんじゃなかった?」


 僕は黙ってリボンを受け取った。彼女は立ち上がり、扉のほうへ向かった。途中で振り返り、僕を見た。


「ここ、居心地は悪くない」

「そう」

「でも、長くいる場所じゃない」


 彼女はそう言って出ていった。ベルが鳴った。僕はリボンを引き出しに入れた。金属片の隣に置くと、妙に収まりが良かった。鍵とリボン。どちらも役割はわからないが、並べると意味がありそうに見えた。意味がありそうに見えること自体は、意味とは別だった。


 その日、もう一人客が来た。老人だった。老人は席に座ると、何も言わずにコーヒーを飲んだ。飲み終えると、小さな紙片を置いていった。紙片には数字が書かれていた。**「17」**。それだけだった。


 僕は紙片も引き出しに入れた。引き出しの中には、少しずつ物が増えていった。物が増えることが、ここでの仕事の一部なのかもしれないと思ったが、結論は出さなかった。


 夜、僕は部屋に戻り、ベッドに横になった。窓の曖昧さは変わらなかった。外に何があるのか、ここがどこなのか、僕がどうしてここにいるのか。そういう問いは、問いとして浮かぶだけで、解く必要を感じなかった。感じないことが正しいのかどうかも、判断しなかった。

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