彼女が着ぐるみを着る理由



「クリスさんって、ドイツ出身って本当なの?」


「はい。ドイツで生まれ育ちました」


「なんで日本の高校に転校してきたの?」


「日本の文化、好きだからです。こういう学校生活、憧れてました」


 やいのやいのと質問攻めを受けるクリスさん。

 どうやら、彼女の人気っぷりは相当なもののようだ。

 そりゃそうか。あんな見た目してたら注目浴びない訳がないだろうし。


 ちなみに質問会場は俺の隣の席だったりする。

 理由は簡単。彼女の座る席が俺の隣になったから。


 本当ならラブコメ的にはおいしいポジションなんだろうけども……相手は着ぐるみだしなぁ。

 しかも、ボディラインが出るような感じの着ぐるみじゃなくて、ずんぐりむっくりなスタイル。

 これじゃあ中の人がどんな体型をしているかも分からない。

 加えて、全身を覆うタイプの着ぐるみだから、どんな顔かも不明である。


 ただ、聞こえてくる声は凄く心地のよい綺麗な声だった。

 耳元でささやかれたら、きっとドキッとするんだろうなぁ……と思ったりするぐらいに。


「ところでさ、何で着ぐるみなんて着てるの?」


 と、俺が変なことを考えていると、そんな核心をつくようなことを尋ねる奴が現れた。

 このクラスにいる誰もが知りたいと思う疑問。というか、第一に解消しておきたい不思議。


 よっぽど俺たちに見せられない何かが、あの着ぐるみの中に眠っているのか。

 俺らは固唾を呑んでクリスさんの回答を待っていた。

 すると、クリスさんはゆっくりと口を開く。


「それは……私の家、クリューガー家に代々続くしきたり。家訓だからです」


 ……家訓?

 そんな奥ゆかしい家柄なのか、彼女の家は。


「私の遠い遠いご先祖様、とても偉い貴族でした。由緒正しき家柄です」


 貴族って……マジか。

 ということは、お嬢様か何かなんだろうか、クリスさんは。

 ただ、着ぐるみを着ているせいで、とてもそんな風には見えないのだけれども。


「それ故に、暗殺などの危険にさらされやすい立場であり、常に素顔を晒す訳にはいかないのです。だから、家訓として『身内だろうと無暗に素顔を晒してはいけない』というものが出来たのです」


 へぇー、と。クラスにいるほとんどの奴が感心した声をあげる。

 もちろん、俺もその内の一人である。

 そんな家訓なんてものがある家系、初めて聞くからだ。


 ……しかし、疑問に思うことがある。

 彼女が顔を隠さないといけない理由は分かった。

 だが、それがペンギンの着ぐるみを着ている理由にはならないだろ。

 家訓と着ぐるみの関係はイコールにはなりえないと思うが。


「じゃあ、仮面とかでも良くないか……?」


 だからこそ、そんな疑問がポロリと口からこぼれた。

 その瞬間、クリスさんの視線が、彼女を囲っていた奴らの視線が俺に飛んでくる。


「あ、えーっと……」


 いきなり注目を浴びてしまい、ギョッとする俺。

 ここからどう会話を繋げればいいのか、少し悩んでしまう。

 けれども、俺が何かを言う前に、クリスさんは俺を見ながらコクリと頷く仕草を取った。


「はい、あなたの言う通りです。だから先祖代々、私の家系はその家訓に従って、仮面で素顔を隠してきました。私のパパやママもみんな、常に仮面を付けて暮らしてます」


「え、そうなの……?」


Jaヤー


「や、やー……? それって、どういう意味……?」


「ドイツ語で肯定を示す言葉です」


「あっ、そうなんだ……」


 たどたどしくあるが、何とか会話を成立することが出来て、少しだけ安堵する俺。

 ……しかし、まだ肝心なことが聞けてなかったりする。


「てか、それなら……何でクリスさんは仮面を付けずに、着ぐるみを着ているんだ……? 着ぐるみよりも、仮面の方が動きやすくないか……?」


 と、改めて着ぐるみを着ている理由について尋ねてみる。

 すると、クリスさんは両手を上げたかと思えば、急に立ち上がってみせたのだった。

 ガタっと勢い良く立ったものだから、目の前にあった机に着ぐるみが当たり、前に倒れて大きな音を立てる。

 故に、自然と皆の注目がクリスさんに集まった。


 俺は立ち上がったクリスさんを見上げながら、彼女の返答を待った。

 そして彼女は……ピョンピョンとその場でジャンプして見せた。

 上げていた腕をパタパタを動かし、まるで飛んでいるかのようなポーズ。

 良く分からない動きを見せられ、俺は呆気にとられてしまった。


「カワイイからです」


「……へ?」


 そんな唖然としていた俺に返ってきたのは、淡々とした声で発せられたそんな言葉だった。


「同じ素顔を隠すなら、無機質な仮面を付けるよりも、カワイイ着ぐるみの方が、ずっと良いでしょう?」


「え、えっと……」


「カワイイは正義。これ、絶対の法則です」


 そう言って軽快なリズムに乗って踊り出すクリスさん。

 それを見た俺たちは全員ポカンと呆気に取られている。


 ……とりあえず、今回の話を聞いて分かったことはというと。

 クリスさんはカワイイを求める未知なる変人。それに尽きる。


 転校生イベントはラブコメの定番だと思っていたのに……こりゃないぜ、神様よ。

 こんなところから始まるラブストーリーがあるというのなら、俺に教えてくれよ、マジで。







続かない



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【お題フェス11未知】転校生は着ぐるみ少女!?~ドイツ出身のクリスさんの正体は未知数である~ 八木崎 @phoenix_yagisaki753

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