ターキーの瓶

白川津 中々

 転がるウィスキーの空瓶が、どうしても目に付くのだった。


 その日、俺は酷く酔っぱらっていた。深夜11時。いや、0時を回っていたかもしれない。とにかく夜が更けた、静かな時間だった。連日の残業、たまには酒を入れて帰ってもいいかと思い強かに飲み下し、気が付けば終電。酔いが足りず、そういえば家にターキーがあったなと考えながら帰ってみると、妻がキッチンで待ち構えていたのだ。


「なんで連絡もよこさないの?」


 突然始まる尋問。なぜかと問われたら忘れていたからという以外に理由はないのだが、そのままストレートに伝えれば殺されてしまう。どうにか言い訳を考えなくてはいけない。


「ごめん、急に飲みに誘われちゃって」


「はぁ? それまで一回も連絡できないといかある? ないよね? だいたいまず飲みにいってきていいかどうか確認しない? するよね? なにやってんの? 連絡一つできないの? なんで? 頭終わってるんじゃない?」


「あ、ごめん、ちょっと楽しくなっちゃって」


「楽しい? そう、私と離れられるからだよね? だったら離婚しよっか!」


「あ、えっと、そういうわけではなく……」


 離婚したい。本音を述べれば今すぐ別れたい。そんな本音を口に出すわけにもいかず、俺は弱々しい声を出すしかなかった。彼女はそんな俺を見て、更に拍車をかける。


「いいよねぇ! お酒飲んで気持ちよくなってさぁ! こっちはご飯も準備して待ってたのよ! 家の事もして! それで、遅れる、飲んでくる、そんな連絡もなくて、当たり前みたいにただいまってさぁ! 人の気持ち考えた事ある?」


「……」


「毎日大変っていうけどこっちだって遊んでるわけじゃないんだよ? ご飯の準備に家の事もして、別に働いたっていいし、自分一人でも生きているんだよ。それをあんたが専業種になってくれって言うからやってるんじゃん! 私の人生台無しにしておいて、挙句に蔑ろにして、なんなの!? どうしたいの?」


「……」


「聞いてる? 話聞こえてる? いっつもそう! 都合が悪くなると黙ってやり過ごそうとする! そういう姑息なところ本当にダサいし気持ち悪い! なんで言わないの? 馬鹿じゃないの?」


「……」


「もういいです。離婚でいいですか? 用紙はあるんで、書いといてください。こっちで出しときます」


 目の前に投げられた離婚届。別に、彼女に対して特段深い愛情を持っているわけではない。流れのまま男女の関係となって、流れのまま籍を入れただけだ。ただ、それでも、どうしても炎が静まらない。彼女への殺意が、理性で抑えきれないのだった。


「あ」


 一字。

 漏れ出した一言にと同時に、机に置いていたターキーの瓶で彼女を殴った。

 何度も何度も殴り、血が出ても殴り、動かなくなっても殴り、そして、そのまま残っているターキーを飲み干した。


「ごめんね」


 動かない彼女にそう伝える。勿論返事はない。

 俺はきっと、取り返しのつかない事をしてしまったのだろう。ただ、それでも酒の力で脳がやられて、深く考えられない。俺はもう、どうしようもないのだった。


「好きは好きなんだよ」


 空になったターキーの便を放り投げ、俺は彼女にキスをした。冷たい唇が脳に電気を送り込み、眩暈。


 もう、どうなってもいい。


 そんな気持ちで、俺は彼女の死体を貪った。

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