ボクたちの、愛だ恋だは品切れ中。

真白透夜@山羊座文学

世羅と充琉

 充琉みつるは学園の中でファンクラブができるほどモテ男だった。顔よし、頭よし、スタイルよしに加えて、資産家の息子だった。それだけの男子ゆえ、積極的な女子は当然当たってくだけろだし、興味ないと言っている女子も一度充琉から優しくされればイチコロだった。


 そこに、転校生がやってきた。名前は世羅せら。優しい充琉とは対照的にクールで、成績は充琉と一、二を争うほどだった。


「世羅くん、昨日の課題、僕には難しかったんだ。ちょっと教えてくれない?」


 と、充琉が訊くと、世羅は「ああ」と無愛想に返事をして簡単に説明をした。


「ありがと。すごいわかりやすかった。ねぇ、今度一緒にカラオケ行かない?」


「俺、歌下手だからいいや」


「そっか。じゃあスポーツランドは? 運動神経いいじゃん」


「……ごめん、妹の面倒みなくちゃいけないから」


「妹も一緒に来ていいよ」


「悪い。正直言うと皆でワイワイするの、好きじゃないんだ」


「え、じゃあ二人で行こうよ。カフェでおしゃべりも僕は大丈夫だよ」


「………………」


 世羅は険しい顔で目を逸らした。


「あ、ごめん。気が向いたらでいいから。ただ仲良くしたかっただけなんだ。学園にはやく慣れてくれらたらいいなとも思って」


「……うん……そんときはこっちから声かけるよ……」


 ウザかったかな……と、充琉は少し反省した。



 充琉には男女問わず取り巻きがいて、いつも一緒にお昼を食べていた。


「世羅くんが部活入んないのって、コンビニでバイトしてるかららしいよ」


 と、女子の一人が言った。


「え、どこの?」


 と、充琉は聞いて、場所を確認した。


「うちの学園、学費高いもんね。でもバイトしたってたかがしれてるっていうか……なんか可哀想」


 と、他の女子が言うと、「お前らでクラファンやってあげたら?」と他の男子がからかった。



 充琉は、世羅が勤めているコンビニに足を運んだ。確かにレジに世羅はいたが、こちらを見ずにイラッシャイマセと言ったので、気付いていない。充琉は商品をいくつか手に取り、レジに持っていった。


「……充琉くん?」


「ここで働いてるって聞いて、来ちゃった。いつまで経っても遊びに誘ってくれないから」


「ごめん、忙しくて」


「悪いと思うなら、今度うちに遊びに来て。いつなら空いてる?」


 世羅は渋々といった様子で、レジを打ちながら次の日曜日ならと答えた。


「送り迎えするから、ここの駐車場で待ち合わせね。あと、これは世羅くんへの差し入れ」


 充琉は、袋に入れられた野菜ジュースとパンとヨーグルトをそのまま世羅に差し出してコンビニを出た。



 日曜日、世羅がコンビニに着くと、充琉はすでに車の中で待っていて、世羅に声をかけた。二人は後部座席に乗った。車はゆっくりと発進する。運転は充琉の家の専属の運転手だ。


「この間断ったのって、もしかしてお金が心配だった?」


「……うん……」


「そっか。じゃあ僕と遊ぶ時は心配しないで。他の人も誘わないから。だから友達になってほしいんだ。本当の友達に」


「本当の友達?」


「うん。僕の周りの友達って、悪い奴らじゃないんだけど、なんか落ち着かないんだ。世羅くんって、クールじゃん。そういうの憧れてるんだ。どうしたらそうなれるの?」


「別に……。ただ喋るのが下手なだけだから」


「じゃあ、これから僕と喋っていけば、お喋りは上手くなるってこと?」


「……どうだろう」


「楽しみ」


 充琉は微笑み、世羅は少し困ったような顔をして充琉を見ていた。



 充琉の家に着くと、二人はゲームをすることになった。65インチの壁掛けのテレビに映るゲーム映像に二人は夢中になった。


「世羅くん、初めてなのに僕より上手いじゃん」


「意外と器用にできる方なんだ。あ、あと、俺のこと呼び捨てでいいよ」


「じゃあ、僕のことも」


 二人はゲームに飽きると、今度は動画を映して見た。流行りから学習動画まで。


「夏になったらプールもあるから」


「本当にお金持ちなんだね」


「そうなんだろう。周りもそうだからよくわからないけど。世羅はなんでこの学園に来たの?」


「おじいちゃんが学長と仲が良くて。おじいちゃんは本当はこの学園に入れたかったんだけど、父さんが事業に失敗したから無理になったんだ。つい最近、おじいちゃんが亡くなって、それを知った学長が奨学金を出すからって声をかけてくれたんだ」


「すごいじゃん! 期待されてる!」


「……うん、頑張んなきゃとは思ってる」


「バイト、体力的に大変じゃない?」


「大丈夫だよ、少しくらい」


「勉強に集中して出世した方がいいよ。特別優遇ならなおさら」


「……やらないわけにはいかないから」


 それを聞いて、充琉はフッと笑った。


「じゃあさ、僕の家庭教師やってよ。妹連れてきていいし。バイトもできて一石二鳥」


「え……同級生に家庭教師のバイトって、そんな……」


「商売の基本はボロ儲けだよ。自分の得意を活かして、妹との時間も取れて、自分も勉強できちゃう。それくらい大胆に発想しないと」


 世羅は、呆気にとられた表情で充琉を見ていた。



 それから毎日、世羅は充琉の家にバイトをしに来た。小四の妹は週三回来て、一緒に宿題をし、出されたお菓子を食べ、バイトが終わるまではゲームや動画を見て待った。


「ありがとう、妹のことまで……」


「だから、いいんだよ、謝らなくて。僕は世羅の教え方が分かりやすいから頼んでるんだし」


 事実、世羅が教えた学習の仕方は充琉の成績をさらに上げていた。



 二人の仲の良さは学園でも噂になった。


「充琉くん、いつの間に世羅くんと仲良くなったの?」


「世羅は優しいから、頼めば勉強教えてくれるんだよ」


「えー、あたしたちも教えてほしい」


「じゃあ、時給五千円ね」


「たっか! 弁護士並みじゃん」


「だって、世羅の時間は有限だから。君たちに時間とられたら、僕の学習機会損失が出るだろ? その分も上乗せで」


 そんな冗談で誤魔化していた。



 あれから一年。妹も高学年ともなれば、友達と遊ぶようになり、充琉の家には来なくなった。二人はいつものように勉強をしていたが、充琉は急にテーブルへ突っ伏した。


「どうしたの? 具合悪い?」


「……うん、ちょっと」


「横になる?」


 世羅は心配そうに声をかけた。勉強部屋は独立していて、図書室のように本に囲まれていた。


「そうしようかな……」


「じゃあ、俺は帰るよ」


「えー……具合悪い僕を置いて帰っちゃうの?」


「そういうもん? 普通、具合が悪いときは一人になりたくない?」


「僕は誰かにそばにいてほしいタイプ……」


「そ、そう。俺はどうすれば……?」


「僕の部屋で勉強してよ。帰りたくなったら、帰っていいから」


 二人は勉強道具を持って、充琉の部屋に移動した。


「その勉強机使って」


「あ、ああ」


 言われた通り、充琉の机に座った。充琉はベッドにもそもそと入る。


「どんな風に具合が悪いの?」


「……なんかモヤモヤする」


「メンタル?」


「なのかな」


「俺でよければ話聞こうか?」


「本当に?」


「うん」


 昔の話なんだけどね、と、充琉は話し出した。


「小学生のときにさ、転校生が来たんだ。あんま馴染めてなさそうだったから、話しかけて……。うちはほら、大概のものは買えたり貰ったりするから、おもちゃには困らないでしょ。彼をよく誘って遊んでたんだ。楽しそうだったから、僕はてっきり友達になれたと思ったんだ。でもね、裏で僕のこと”金蔓”だとか”金持ちだからって見下されてる”とか言ってたんだ。そっか、って思って……」


「……俺のことも、疑ってる?」


「ううん。世羅はそんな人じゃないって思ってた。僕にとってはお金は手段だから。だから彼についても、裏切られたっていうよりお金の力の方が怖かったんだよ。お金が絡むと歪んじゃうんだなって」


「じゃあなんで今回もお金を使ったの? 俺も変わっちゃうかもしれないじゃん」


「世羅は、うちが何の会社か知ってる?」


「ごめん、名前しか知らない」


「投資会社。株買って、経営チェックして、企業を売ったり買ったりする」


「へぇ、知らなかった」


「投資をするときは、財務諸表を調べたり現場も実際見たりする。でもね、最後の決め手は社長面談なんだって」


「やっぱり人なんだね」


「そういうこと。儲けるにはね、他の皆がその良さに気づく前に買わないと、利益出ないじゃん。だから僕は、世羅に投資してるの。世羅は凄い男になるよ」


「……本当かな。ならなかったら返金?」


「投資はお金を出す側がリスクを持つの。だから返金不要」


「要らなくなったら売られちゃう?」


「友達は、売らないよ」


 充琉はフフと笑った。


「投資的に見てるのに、トモダチ?」


「僕の友達はみんなそう。親の駒。人脈、情報交換のための。わかってるよ、そういうの大事だって。嫌じゃないし。でもね、たまには世羅みたいな友達と遊びたいの」


「まるで王様みたいだね」


「そうかも。経済という戦争に勝って、お金という剣と人間を盾にしてる」


 充琉は目を閉じた。


「帰っていいよ、ごめんね、無理に引き留めて」


 充琉は薄ら涙が出そうなのを、瞼の裏で誤魔化した。


「もしかして、寂しいの?」


「……そうだね。僕、一人っ子だし、世羅みたいに兄弟がいたらいいなとか、思うよ」


 特に、兄が欲しかった。


 気配がして目を開けると、世羅がそばに立っていた。


「帰る?」


 と、充琉が声をかけると、世羅は急に布団を剥ぎ取った。


「わ! ちょっと!」


 世羅が充琉の脇や腹をこちょがす。


「や! やめてっ! やめてよ!」


 充琉は笑い悶えた。耐えかねた充琉は世羅もこちょがそうとするが、世羅はけろりとしている。


「なんでっ! 僕だけ!」


 充琉は世羅の手が届かないように、世羅にしがみついた。


「これが兄弟ってもんだけど?」


「……本当に……? 超過酷じゃん……」


 笑いすぎた充琉は息を切らせて言った。世羅はプッと笑うと、充琉の服の中に手を入れ、背中を撫でた。


「やぁっ! ダメだってばっ!」


「逆に聞くけど、なんでそんなに敏感なの?」


 またも悶える充琉を押し倒し、世羅は腹から胸へと手を伸ばした。


「さ、流石に! 兄弟でこのムードはないでしょ……!」


「じゃあ、何? トモダチ?」


「えと……」


 充琉が考えている間に、世羅は充琉にのしかかった。


「せ、世羅……」


 世羅が充琉の耳元でささやいた。


「恋でも愛でも友情でもなくて、これは”癖”だよ」


 世羅の吐息が充琉の耳をくすぐる。充琉は世羅の背中に手を伸ばして抱きついた。



「充琉くん、最近全然あたしらと遊んでくんない。ようやく彼女できた?」


「彼女はいないんじゃないかな。世羅とつるんでる」


「あの二人、付き合ってんの? めっちゃ仲いいじゃん」


「この間、充琉の首筋にキスマークついてたらしいよ」


「オトナー!」


 という噂をほんのり耳にしつつ、二人はファミレスでポテトをつまんでいた。


「もう……だからやめろって言ったのに……」


「だって、充琉がしてほしそうだったから」


「ヤメロっ意味わかる?」


「充琉は天邪鬼だから、言ってることと逆をしたら喜ぶじゃん」


 世羅はポテトをつまんで充琉の口元に差し出した。


「……世羅がそんな男子だとは思わなかった」


「はいはい。人を見る目を養う、いい経験になったね」


 世羅がポテトを咥えた充琉の頬を、つんつんとつついた。


 山盛りポテト税込450円、ドリンクバーつきで僕たちは楽しい一日を過ごしている。




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