ボクたちの、愛だ恋だは品切れ中。
真白透夜@山羊座文学
世羅と充琉
そこに、転校生がやってきた。名前は
「世羅くん、昨日の課題、僕には難しかったんだ。ちょっと教えてくれない?」
と、充琉が訊くと、世羅は「ああ」と無愛想に返事をして簡単に説明をした。
「ありがと。すごいわかりやすかった。ねぇ、今度一緒にカラオケ行かない?」
「俺、歌下手だからいいや」
「そっか。じゃあスポーツランドは? 運動神経いいじゃん」
「……ごめん、妹の面倒みなくちゃいけないから」
「妹も一緒に来ていいよ」
「悪い。正直言うと皆でワイワイするの、好きじゃないんだ」
「え、じゃあ二人で行こうよ。カフェでおしゃべりも僕は大丈夫だよ」
「………………」
世羅は険しい顔で目を逸らした。
「あ、ごめん。気が向いたらでいいから。ただ仲良くしたかっただけなんだ。学園にはやく慣れてくれらたらいいなとも思って」
「……うん……そんときはこっちから声かけるよ……」
ウザかったかな……と、充琉は少し反省した。
♢
充琉には男女問わず取り巻きがいて、いつも一緒にお昼を食べていた。
「世羅くんが部活入んないのって、コンビニでバイトしてるかららしいよ」
と、女子の一人が言った。
「え、どこの?」
と、充琉は聞いて、場所を確認した。
「うちの学園、学費高いもんね。でもバイトしたってたかがしれてるっていうか……なんか可哀想」
と、他の女子が言うと、「お前らでクラファンやってあげたら?」と他の男子がからかった。
♢
充琉は、世羅が勤めているコンビニに足を運んだ。確かにレジに世羅はいたが、こちらを見ずにイラッシャイマセと言ったので、気付いていない。充琉は商品をいくつか手に取り、レジに持っていった。
「……充琉くん?」
「ここで働いてるって聞いて、来ちゃった。いつまで経っても遊びに誘ってくれないから」
「ごめん、忙しくて」
「悪いと思うなら、今度うちに遊びに来て。いつなら空いてる?」
世羅は渋々といった様子で、レジを打ちながら次の日曜日ならと答えた。
「送り迎えするから、ここの駐車場で待ち合わせね。あと、これは世羅くんへの差し入れ」
充琉は、袋に入れられた野菜ジュースとパンとヨーグルトをそのまま世羅に差し出してコンビニを出た。
♢
日曜日、世羅がコンビニに着くと、充琉はすでに車の中で待っていて、世羅に声をかけた。二人は後部座席に乗った。車はゆっくりと発進する。運転は充琉の家の専属の運転手だ。
「この間断ったのって、もしかしてお金が心配だった?」
「……うん……」
「そっか。じゃあ僕と遊ぶ時は心配しないで。他の人も誘わないから。だから友達になってほしいんだ。本当の友達に」
「本当の友達?」
「うん。僕の周りの友達って、悪い奴らじゃないんだけど、なんか落ち着かないんだ。世羅くんって、クールじゃん。そういうの憧れてるんだ。どうしたらそうなれるの?」
「別に……。ただ喋るのが下手なだけだから」
「じゃあ、これから僕と喋っていけば、お喋りは上手くなるってこと?」
「……どうだろう」
「楽しみ」
充琉は微笑み、世羅は少し困ったような顔をして充琉を見ていた。
♢
充琉の家に着くと、二人はゲームをすることになった。65インチの壁掛けのテレビに映るゲーム映像に二人は夢中になった。
「世羅くん、初めてなのに僕より上手いじゃん」
「意外と器用にできる方なんだ。あ、あと、俺のこと呼び捨てでいいよ」
「じゃあ、僕のことも」
二人はゲームに飽きると、今度は動画を映して見た。流行りから学習動画まで。
「夏になったらプールもあるから」
「本当にお金持ちなんだね」
「そうなんだろう。周りもそうだからよくわからないけど。世羅はなんでこの学園に来たの?」
「おじいちゃんが学長と仲が良くて。おじいちゃんは本当はこの学園に入れたかったんだけど、父さんが事業に失敗したから無理になったんだ。つい最近、おじいちゃんが亡くなって、それを知った学長が奨学金を出すからって声をかけてくれたんだ」
「すごいじゃん! 期待されてる!」
「……うん、頑張んなきゃとは思ってる」
「バイト、体力的に大変じゃない?」
「大丈夫だよ、少しくらい」
「勉強に集中して出世した方がいいよ。特別優遇ならなおさら」
「……やらないわけにはいかないから」
それを聞いて、充琉はフッと笑った。
「じゃあさ、僕の家庭教師やってよ。妹連れてきていいし。バイトもできて一石二鳥」
「え……同級生に家庭教師のバイトって、そんな……」
「商売の基本はボロ儲けだよ。自分の得意を活かして、妹との時間も取れて、自分も勉強できちゃう。それくらい大胆に発想しないと」
世羅は、呆気にとられた表情で充琉を見ていた。
♢
それから毎日、世羅は充琉の家にバイトをしに来た。小四の妹は週三回来て、一緒に宿題をし、出されたお菓子を食べ、バイトが終わるまではゲームや動画を見て待った。
「ありがとう、妹のことまで……」
「だから、いいんだよ、謝らなくて。僕は世羅の教え方が分かりやすいから頼んでるんだし」
事実、世羅が教えた学習の仕方は充琉の成績をさらに上げていた。
♢
二人の仲の良さは学園でも噂になった。
「充琉くん、いつの間に世羅くんと仲良くなったの?」
「世羅は優しいから、頼めば勉強教えてくれるんだよ」
「えー、あたしたちも教えてほしい」
「じゃあ、時給五千円ね」
「たっか! 弁護士並みじゃん」
「だって、世羅の時間は有限だから。君たちに時間とられたら、僕の学習機会損失が出るだろ? その分も上乗せで」
そんな冗談で誤魔化していた。
♢
あれから一年。妹も高学年ともなれば、友達と遊ぶようになり、充琉の家には来なくなった。二人はいつものように勉強をしていたが、充琉は急にテーブルへ突っ伏した。
「どうしたの? 具合悪い?」
「……うん、ちょっと」
「横になる?」
世羅は心配そうに声をかけた。勉強部屋は独立していて、図書室のように本に囲まれていた。
「そうしようかな……」
「じゃあ、俺は帰るよ」
「えー……具合悪い僕を置いて帰っちゃうの?」
「そういうもん? 普通、具合が悪いときは一人になりたくない?」
「僕は誰かにそばにいてほしいタイプ……」
「そ、そう。俺はどうすれば……?」
「僕の部屋で勉強してよ。帰りたくなったら、帰っていいから」
二人は勉強道具を持って、充琉の部屋に移動した。
「その勉強机使って」
「あ、ああ」
言われた通り、充琉の机に座った。充琉はベッドにもそもそと入る。
「どんな風に具合が悪いの?」
「……なんかモヤモヤする」
「メンタル?」
「なのかな」
「俺でよければ話聞こうか?」
「本当に?」
「うん」
昔の話なんだけどね、と、充琉は話し出した。
「小学生のときにさ、転校生が来たんだ。あんま馴染めてなさそうだったから、話しかけて……。うちはほら、大概のものは買えたり貰ったりするから、おもちゃには困らないでしょ。彼をよく誘って遊んでたんだ。楽しそうだったから、僕はてっきり友達になれたと思ったんだ。でもね、裏で僕のこと”金蔓”だとか”金持ちだからって見下されてる”とか言ってたんだ。そっか、って思って……」
「……俺のことも、疑ってる?」
「ううん。世羅はそんな人じゃないって思ってた。僕にとってはお金は手段だから。だから彼についても、裏切られたっていうよりお金の力の方が怖かったんだよ。お金が絡むと歪んじゃうんだなって」
「じゃあなんで今回もお金を使ったの? 俺も変わっちゃうかもしれないじゃん」
「世羅は、うちが何の会社か知ってる?」
「ごめん、名前しか知らない」
「投資会社。株買って、経営チェックして、企業を売ったり買ったりする」
「へぇ、知らなかった」
「投資をするときは、財務諸表を調べたり現場も実際見たりする。でもね、最後の決め手は社長面談なんだって」
「やっぱり人なんだね」
「そういうこと。儲けるにはね、他の皆がその良さに気づく前に買わないと、利益出ないじゃん。だから僕は、世羅に投資してるの。世羅は凄い男になるよ」
「……本当かな。ならなかったら返金?」
「投資はお金を出す側がリスクを持つの。だから返金不要」
「要らなくなったら売られちゃう?」
「友達は、売らないよ」
充琉はフフと笑った。
「投資的に見てるのに、トモダチ?」
「僕の友達はみんなそう。親の駒。人脈、情報交換のための。わかってるよ、そういうの大事だって。嫌じゃないし。でもね、たまには世羅みたいな友達と遊びたいの」
「まるで王様みたいだね」
「そうかも。経済という戦争に勝って、お金という剣と人間を盾にしてる」
充琉は目を閉じた。
「帰っていいよ、ごめんね、無理に引き留めて」
充琉は薄ら涙が出そうなのを、瞼の裏で誤魔化した。
「もしかして、寂しいの?」
「……そうだね。僕、一人っ子だし、世羅みたいに兄弟がいたらいいなとか、思うよ」
特に、兄が欲しかった。
気配がして目を開けると、世羅がそばに立っていた。
「帰る?」
と、充琉が声をかけると、世羅は急に布団を剥ぎ取った。
「わ! ちょっと!」
世羅が充琉の脇や腹をこちょがす。
「や! やめてっ! やめてよ!」
充琉は笑い悶えた。耐えかねた充琉は世羅もこちょがそうとするが、世羅はけろりとしている。
「なんでっ! 僕だけ!」
充琉は世羅の手が届かないように、世羅にしがみついた。
「これが兄弟ってもんだけど?」
「……本当に……? 超過酷じゃん……」
笑いすぎた充琉は息を切らせて言った。世羅はプッと笑うと、充琉の服の中に手を入れ、背中を撫でた。
「やぁっ! ダメだってばっ!」
「逆に聞くけど、なんでそんなに敏感なの?」
またも悶える充琉を押し倒し、世羅は腹から胸へと手を伸ばした。
「さ、流石に! 兄弟でこのムードはないでしょ……!」
「じゃあ、何? トモダチ?」
「えと……」
充琉が考えている間に、世羅は充琉にのしかかった。
「せ、世羅……」
世羅が充琉の耳元でささやいた。
「恋でも愛でも友情でもなくて、これは”癖”だよ」
世羅の吐息が充琉の耳をくすぐる。充琉は世羅の背中に手を伸ばして抱きついた。
♢
「充琉くん、最近全然あたしらと遊んでくんない。ようやく彼女できた?」
「彼女はいないんじゃないかな。世羅とつるんでる」
「あの二人、付き合ってんの? めっちゃ仲いいじゃん」
「この間、充琉の首筋にキスマークついてたらしいよ」
「オトナー!」
という噂をほんのり耳にしつつ、二人はファミレスでポテトをつまんでいた。
「もう……だからやめろって言ったのに……」
「だって、充琉がしてほしそうだったから」
「ヤメロっ意味わかる?」
「充琉は天邪鬼だから、言ってることと逆をしたら喜ぶじゃん」
世羅はポテトをつまんで充琉の口元に差し出した。
「……世羅がそんな男子だとは思わなかった」
「はいはい。人を見る目を養う、いい経験になったね」
世羅がポテトを咥えた充琉の頬を、つんつんとつついた。
山盛りポテト税込450円、ドリンクバーつきで僕たちは楽しい一日を過ごしている。
了
ボクたちの、愛だ恋だは品切れ中。 真白透夜@山羊座文学 @katokaikou
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