5.王様の服を日干しにする朝

 転生1日目(初日除く)。

 ハルキの朝は日の出とともに始まった。

 大きな領地をもつ人口密集国には、唯一心を冠する宗教が広まっており朝はミサで始まるらしい。

 しかしここ「ファルメール領」はどちらかというとのどかな片田舎で、そこまで宗教は信仰していない。

 だから朝は長かった。

 朝食はなく軽食ということでワインとパンが出てきた。

 弟妹も多く子ども食堂もさほど当てにならなかったハルキからすると、十分すぎる朝食だった。

 昨晩も食事は療養食ということで軽く部屋で取っただけなのでさほどカルチャーショックはなかった。

 やはりワインとパンがメインで、肉やフルーツも少し出てきた。

 中身未成年のハルトにはワインなんてなじみのない味であったが水を求めると「危険なもの」と止められこの世界では「水が危ないからワインを飲む」のだということを知った。

 朝から渋い液体を飲み込むと、さほどおいしいとは言えないパンを口にする。


 食べられるだけマシだ。


 真の貧困は、まず食べることすらままならない。その心配がないというのはハルキにとって幸いだった。


「よし」


 主が食事をしている間、すでに使用人たちは働き始めている。

 電気がないので太陽のある時間が主に活動時間だ。

 その日も良く晴れていた。

 空気もどことなくからっとしていて洗濯、掃除にはとても最適な天気だった。


「ハルキウス様、お洋服、干し終わりましたよ~」


 外へ出ると広い中庭に簡素な柱を立て、渡したロープに服がひっかけてある。あるいは棚のようなものを出しておいてある光景が見られた。

 コレットが棚の前から大きく手を振って元気に挨拶してくる。


(コレットは一美みたいだな)


 一美とは年の離れたハルキの妹で、とてもハルキになついている。弟妹全員なついているがそれでも一番年が近いので話も合ったり合わなかったり。

 日の光に照らされて桜桃色の髪の色が明るい桜色のようにも見える。人懐こそうな性格と相まってかわいらしく見えた。


「すごい量だな。てかくさい!」

「そうですか? 記憶のないハルキウス様は鼻が良いんですね。それとも慣れた記憶も忘れているせいでしょうか?」


 慣れるとどうにかなるレベルなのかこれは。

 言われてみればたしかに「ほんのり」アンモニア臭かもしれないがそんなにおいが漂うことすら皆無に近い日本でそれが流れていれば誰でもすぐに気づくだろう。

 喫煙者が喫煙所で煙草くさいと思わないのと同じ程度の話なのだろうか。


 いずれ無理だ。においの質が違う。


 ハルキは気分が悪くなりそうになりながら、見渡す。

 今着ている服よりも豪奢なものがある。いわば今の服は普段着、あるいはルームウェアであろう。よく考えると貴族服より動きやすいのは助かる。

 本来の体の持ち主であるハルキウスがこういった服の方を好む、あるいは貧乏だから自粛しているだとかも考えられるが……


「前のハルキウスってどんな人だった?」


 ハンガーはない。

 それはガルデローブに入ったときに気づいたことでもある。大体棒や釘に引っ掛けてあるくらいで、重いものはたたんでしまわれていた。

 重量があって傷つくからだろうか?


「えっ、前の……ですか?」


 コレットは突然の問いにびっくりしていたが、口元にやった手をおろして応えた。


「前といっても昨日までのハル様ですから、なんだか不思議ですね?」

「あぁ……そっか。そうだね。でも別人だと思って、頼める?」

「はい」


 適応力があるのかにこっと笑うと教えてくれる。気が緩むとフレンドリーになるのかいつのまにか「ハル様」と愛称呼びになっているのがほほえましい。


「ハル様はお優しいです。だから使用人も騎士の方々もみんなハル様のこと、好きなんですよ!」


 だからか。

 昨日目を開けたときに見えた面々は、誰もかれも本気で心配していたし、意識が戻った後は本気でほっとして見えた。

 詰め寄られたときは一丸になって心配していた、というのがものすごく感じられたし、慕われていたんだろう。


「優しいってどういうふうに?」

「えっ、どういうというと……」

「いろいろあるだろ。王様っぽく優しいとか、一人の人間として優しいとか」

「どう、なんでしょう。でも威厳はない感じでしたね」

「……」


 そこまで言われるか。

 しかし表現は的確だ。それでハルキウスという人が権力を振りかざすタイプではなく、従者のひとりひとりと挨拶を交わすくらいの近さの関係だったのだろうと想像する。

 そうでなければこんな発言はたとえ見習いメイドであったとしても許されまい。


「申し訳ありません! つい……!」

「うん……ついで出るんだから本当のことなんだろうし、大丈夫」


 はっと自分で過ちに気づいて慌てて頭を弾丸のように下げたコレットに苦笑しながらそう返すと、コレットは呆けたような顔を上げ、そして微笑んだ。


「記憶がなくてもハルキウス様はお優しいです」


 ふふふ、と笑うと夏なのに春の空気に満たされた気分だった。朝が早いのでまださほど暑くもない。しかし夏の後には秋と冬が控えている。

 コレットの後ろにも、いつのまにか真冬の空気をまとったベアトリクスが現れていた。


「コレット……王様に何という……」

「ご、ごめんなさいーーー!!」

「ごめんなさいではなく申し訳ありません!」

「申し訳ありません!!」


 教育されて復唱している。王侯貴族と使用人の一般的な関係はわからないが、目の前にそびえているのは小さな城だ。

 城の大きさと主従関係が比例するならまぁこの人たちは家族のようなものなんだろう。


 ハルキは早く服からアンモニア臭が抜けてくれないかと思いながら、ハンガーも後で作ろう、などと思っている。

 作れるかどうかはわからないが、釘にかけてあるよりマシだ。


 この時点でまだ午前8時といったところか。

 貧乏で時計など持てなかったハルキは、太陽の位置や起床からの時刻でなんとなく時間はわかる。貧乏が役立っていることに自覚はない。


(よし、次は部屋の掃除だ)


 せめて己の部屋の居心地をよくすべく、ハルキはベアトリクスとコレットを連れて再び城の中へと向かった。

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貧乏転生~もったいないは世界を救う~ 梓馬みやこ @miyako_azuma

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