チビちゃん

沙華やや子

チビちゃん

 美夜日みやび、35才の女性は只今無職。華奢なスタイル。腰まである黒髪。切れ長の大きな瞳で絵筆・パレットを見つめ、今日もまっさらな場所で遊ぶことに胸躍らせる。


 彼女は海外の某有名画家のように、夢で見た風景や人物などを水彩絵の具で画用紙に描くという趣味を持つ。

 それはとても楽しく心躍る。美夜日の部屋は絵の具の香りが漂っている。

 大きなテーブルの上で微細に、思い出す夢をえがく。


 今のところ一番気に入っているのは『桜とお寺』と称した、高台にあるお寺のすぐそばから下界へと向かい咲き乱れる満開の桜の風景を描いた絵だ。

 この絵の夢にて美夜日は、お寺の中から出て、土間のような場所で真っ赤なスニーカーを履き出て行ったところ、咲き誇る花々の風景を見て感動したのであった。

 朝起き(神秘的な夢だったわ……)と、朝食を摂るとすぐに描き始めた。見下ろす満開の桜の見事なこと! あの夢は素敵な心地がしたわ。


 美夜日は、亡くなった人にも夢でよく会う。一番登場するのは早くにして亡くなってしまったアニキだ。アニキと夢で再会すると生きていた時のようにいつも笑ってる。美夜日はとても優しい気分になる。

 犬猿の仲だったおばあちゃんもよく現れる。夢の中でおばあちゃんも微笑んでいる。幸せな気分になる美夜日。


 でも……とっても……怖がりの美夜日。大好きな人であったとしても、亡くなった人が夢に出てきたのを絵画として残すことが出来ない。

(動き出したらどうしよう? しゃべりだしたら?)とんでもない妄想に取り憑かれるのだ。

「美夜日の描く絵はとても生き生きとしている」と学生時代に美術の先生に褒められたことがある。コンクールでよく賞を取っていたほどで、美夜日は自分の描く絵が好きだ。我ながら魂が宿っていると感じる。だからこそ、アニキやおばあちゃんを書く訳には行かない。

(あたしチョーこわがりだもん!)


 せっせと絵を描き充実した日々を送る美夜日。(前の会社の失業手当が続く限り絵に没頭するわ!)


 ある朝、目覚めて美夜日はハッとした!(ああ! あの子のことを忘れていた!)


 美夜日の実家は昔、猫屋敷だった。にゃんずがいつでも10匹は居た。

(チビちゃんだ!)(チビちゃんは……エムちゃんから生まれたんだっけ? 忘れちゃった、ごめんなさい、チビちゃん)


 夢でチビと何をするでもなく、グレーと白のサバトラ柄のぼく、チビちゃんのお顔が出てきただけだ。でも、はっきりと!(チビちゃん!)と感じた。


 猫なら怖くないのか? 自分でもよく分かんない、が、美夜日はその日細やかにチビちゃんを描き上げた。


 うれしい! 嬉しい! あたしが忘れていたのに、きっと……チビのほうがあたしを忘れていないから、会いに来てくれたんだ! 自然とそう感じた。


 空だった額縁があったので、美夜日はそっと入れ、壁にかけてみた。なんにも怖くない。不思議と安堵する。

「チビちゃん、ありがとう」と声に出した。


 今日も美夜日はパレット片手に、ベレー帽こそかぶっていないが先生気取り。


 夢を見ない日はあんまりない。でも稀に見ない日もある。そんな日は何も描かない美夜日。


 天へと旅立った大切な存在に、夢の中で再会できるのは凄く嬉しい。

 でも……おそらく、いつでも彼らは美夜日を見守っている。寄りそってくれている。

 だからそれは再会とは呼べないかもしれないね。



 

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チビちゃん 沙華やや子 @shaka_yayako

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