ぬくもりの交渉【1000文字】

にわ冬莉

エロイムエッサイム……だっけ?

 ねぇ、悪魔。

 私と取引をしようよ。


 もちろん、私はこの命を差し出すんだ。だから、私の命のぶんだけ、きっちりと私の願いを叶えてよね!

 安く見積もったりはしないよ。私は私の命の尊さを、きちんと理解してるからね。だからこそ、価値ある取引だって言ってるんだ。わかるでしょ?


 私の命、ぴかぴかしてるの、あんたにも見えるでしょ?

 しかもこの輝きは、私が輝かせてるんじゃない。周りのみんなが、私に光を当ててくれてる、その輝きなんだ。つまり、そういうこと。私の命の価値はとても高いんだって証明になるでしょ?


 それじゃあ最初のお願い。

 世界平和。


 ……は?

 抽象的かつ、大きすぎるって?


 なに言ってんの。このくらいのこと、当たり前に叶えてよ。あんた悪魔でしょ? それともなに? 昨今の悪魔はこの程度の願いも叶えられないっての?

 あれ、よこしなさいよ、あれ。黒いノートよ。持ってんでしょ? 世界平和は私が作るから、ノートだけよこせっての。十冊くらいあったらなんとかなると思うからさ。


 ……ったく、うるさいな。わかったわよ。じゃ、次のお願いね。

 私の好きな人たちへの普遍の幸せ。


 なによ、これにも文句言うわけ?

 要求が多すぎるって? まさか! だって私の命と引き換えにするんだよ? このくらいのお願い十個だって二十個だって足りないくらいじゃない! なんというか、たかがこの程度のことができないとなると……あんたもしかして、悪魔界の中では相当下っ端ってことなのかな? 話にならないから、上のやつ呼んできてよ。いるんでしょ? 悪魔界の……大物っていうの? 大御所? よくわかんないけどさぁ。


 じゃ、最後に。

 一番重要かつ、大事なお願い、するね。


 うちの猫にさ、私の寿命、分けてくんないかな?


 私は、あと数年生きられればいいって思ってるわけ。その「数年」に、うちの猫がいないのは我慢出来そうもないんだよ。だけどうちの子、もう年でさ。数年も生きられるかわからないんだよね。だからさ……。

 あんたにあげる分の命はそれとして、ほんのちょっとでいいんだ。私の寿命、移動させてほしいんだよね。もちろん、健康な状態で、だよ?

 そしたらさ……その時間が終わったらさ、私の命、あげるよ。


 もう少しでいい。

 ほんの数年でいいよ。いや、本音を言えば、十年単位でお願いしたいけど。だけどそうすると、あんたにとってのメリットが減っちゃうかな、って思ったから。


 どう?


 私の命と引き換えに、あの子と過ごせる時間をください──。

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ぬくもりの交渉【1000文字】 にわ冬莉 @niwa-touri

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