第7話:逃れられない朱(あか)
放課後の校舎は、いつもなら部活動の活気で溢れているはずだった。 けれど、今の私にはすべてが色褪せて見える。いや、正確には、世界が薄暗い「赤色」のフィルターを通したように変色して見えていた。
「ゆみ、しっかりしろ。……校門を出るぞ」 健太が私の手を引く。その手はひどく熱く、そして小刻みに震えていた。 隣には、声と笑顔を奪われた梓。彼女はタブレットを胸に抱きしめ、何度も後ろを振り返っては、怯えたように視線を泳がせている。
私たちは逃げるように校門を飛び出した。 一刻も早く、あの「赤い影」から、そしてあの呪われた交差点から遠ざかりたかった。
だが、街の様子がおかしい。 いつも通る通学路。見慣れた商店街の看板。そのすべてが、不自然なほど「赤」を主張していた。 赤いポスト、赤い自販機、赤い服を着た通行人。 まるで、街全体が私たちを監視する「信号機」に成り果てたかのように。
「……ねえ、健太。変だよ。誰もいない」 私が呟くと、健太も足を止めた。 夕暮れ時。本来なら買い物客や帰宅中のサラリーマンで賑わうはずの駅前通りに、人っ子一人いなかった。 ただ、遠くで**ブロロロ……**という、低く響くエンジン音だけが聞こえてくる。
「……バイク?」 健太が眉をひそめた。 音は次第に大きくなる。地響きのような、腹の底を揺さぶる重低音。 かつてこの街を騒がせていたという、暴走族の爆音だ。
「逃げるぞ」 健太が私の手を引き、走り出した。梓も必死についてくる。 背後を振り返ると、陽炎のように揺れるアスファルトの向こうから、一台の赤いバイクがゆっくりと姿を現した。
跨っているのは、あの窓の外にいた「顔のないヘルメット男」。 彼は加速するわけでもなく、ただ一定の距離を保ちながら、執拗に私たちを追ってくる。 パラリラ、パラリラ……。 けたたましいホーンの音が、静まり返った街に鳴り響く。
「ハァ、ハァ……健太、あいつ、ついてくる……!」 「路地に入れ! 広い道は危ない!」
私たちは大通りを外れ、住宅街の細い路地へと逃げ込んだ。 入り組んだ道なら、大型のバイクは追ってこれないはずだ。 だが、曲がり角を抜けるたびに、そこには必ず「赤」が待ち構えていた。
行き止まりの壁。そこに、真っ赤なスプレーで殴り書きされた文字。
【 ツ ギ ハ コ イ ツ ダ 】
文字の先には、大きな矢印。 その先にあるのは――私の前を走る、健太の背中だった。
「健太、危ない!!」
私が叫んだ瞬間、路地の先にある住宅のガレージから、一台の赤い車が猛スピードでバックしてきた。 ドライバーはいない。無人の車が、まるで明確な意志を持って、健太の身体を跳ね飛ばそうと突進してくる。
「――っ!?」 健太が目を見開く。
死ぬ。 そう確信した瞬間、私の身体は勝手に動いていた。 私は健太の制服の裾を全力で掴み、後ろへと引き倒した。
ドガシャァァァァン!!
赤い車は、健太がいた場所のすぐ横にある電柱に激突し、凄まじい火花を散らして止まった。 ひしゃげたボンネットから、黒い煙が立ち昇る。
「……ゆみ、助かった……」 健太が地面に這いつくばったまま、荒い息を吐く。 だが、安堵の時間は一瞬だった。
激突した車のフロントガラス。 粉々に砕けたその破片が、スローモーションのように空中に舞い上がり、逆再生されるように一つに集まっていく。
修復されたガラスの向こう側に、またしても「あの影」が座っていた。 顔のないヘルメット。 男はゆっくりと手を上げ、親指を立てた。 そして、そのまま親指をゆっくりと、真下へと向けた。
「……ダメだ。どこへ逃げても、あいつがいる……」 梓がタブレットを叩く。そこには、一文字だけ。
『 罰 』
私たちは思い知らされた。 信号を無視したあの場所から、一歩も外には出ていなかったのだ。 この街のすべてが、私たちを裁くための巨大な「刑場」に変わってしまっていた。
――逃げ場所なんて、最初からなかった。 呪いの連鎖を止めるには、もう『代償』を差し出す以外に道はないのだ。
『赤ノロシ ~信号無視した少女に降りかかる連鎖する不幸と呪いのバトン~』 トモさん @tomos456
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