第6話:歪んだ守護者

「……っ……、……」 梓は必死に喉を鳴らそうとしているが、空気の抜けるような音しか出ない。 彼女は絶望に満ちた目で、自分の喉を何度も何度も掻きむしっている。爪が食い込み、首筋に赤い筋が走る。


「やめろ、梓! 傷になる!」 健太が慌ててその手を押さえた。 声が出ない。それは、常に冷静な分析で私たちを導いてくれた梓にとって、手足を縛られるよりも残酷な仕打ちだった。


私は、手の中で震えるスマホを見つめた。 『次は、お前の『一番大切なもの』を差し押さえる』 このメッセージが、頭の中で何度もリフレイドされる。


一番大切なもの。 家族、友達、自分自身の未来。 呪いは、私が大切にしているものを順番にリストアップして、一つずつ、丁寧に破壊していくつもりなのだ。


「……健太。私、行くよ」 「どこにだよ」


健太が鋭い声で聞き返した。 「決まってる。あの交差点だよ」 「バカ言え! 行ってどうするんだよ。また信号無視でもして、今度は本当に死ぬつもりか?」


「それしかないなら、そうする! このままじゃ、お兄ちゃんも梓も、健太だって……」 「勝手に俺を殺すな!」


健太の怒鳴り声に、私は肩を震わせた。 彼は激しい呼吸を繰り返しながら、私の両肩を強く、痛いくらいに掴んだ。


「いいか、ゆみ。お前が死んで、それで全部解決しました、なんて結末を俺たちが喜ぶと思うか? 梓が、声と引き換えにお前を助けようとしてるのは、お前が一人で勝手に死ぬためじゃないんだぞ!」


健太の目には、涙が溜まっていた。 理性的で、いつだって一歩引いて私たちを見ていた彼が、これほど感情を剥き出しにするのを初めて見た。


その時だ。 保健室の窓の外で、ガタン、ガタンと、規則的な音が響き始めた。


見ると、校門の横にある古い百葉箱の扉が、風もないのに激しく開閉を繰り返している。 ガタン、ガタン、ガタン。


その音は次第に速くなり、まるで誰かが指を鳴らしているような、あるいは――死への秒読みをしているようなリズムに変わっていった。


不意に、梓が健太の袖を強く引いた。 彼女は震える手で、タブレットに新しく文字を打ち込んでいた。


『 後ろ。 窓。 』


私たちは同時に振り返った。 夕暮れに染まり始めた窓ガラス。 そこに、私たちの他に「誰か」が映っていた。


それは、ボロボロの赤いヘルメットを被った、顔のない人影。 その影は、窓の外側の縁に指をかけ、じっとこちらを覗き込んでいた。 いや、窓の外に足場なんてない。ここは校舎の三階だ。


影が、ゆっくりと窓ガラスを指でなぞる。 キィィィィィ……と、鼓膜を削るような音が響き、ガラスに真っ赤な文字が浮かび上がった。


【 タ リ ナ イ 】


「……なっ!?」 健太が椅子を蹴って立ち上がった。


その影は、ニチャァ……と笑ったような気がした。 そして、そのまま重力に逆らうように、スゥッと上へ消えていった。


「『足りない』……? まだ、不幸が足りないってこと?」 私の声はガタガタと震えていた。


お兄ちゃんの火傷も、梓の声も、健太のスマホも。 全部、あの夜の「数秒」を埋めるには足りないと言っているのだ。


窓に残った赤い文字は、血液のような粘り気を持って、ゆっくりと下へ垂れていく。 それを見た瞬間、私は確信した。


呪いは、私の決意を待ってなどいない。 私が「代償」を差し出すその瞬間まで、私の一番近くにある「光」を、根こそぎ奪い去るつもりだ。


  ――「静寂」の次は、何が奪われる? 私は、健太の震える手を見つめ、最悪の想像を振り払うことができなかった。

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