第二話 ヤられる前にヤる(PKするとは言っていない)

-------------------------------------------------------------------------------

 20XX/01/07

 [システムメッセージ]:『224824/225109』

-------------------------------------------------------------------------------


 彼方かなたから届いた獣の遠吠えで、目が覚めた。

 眠っていたのは大きなオークの樹のうろの中。

 上半身を起こして伸びをする。寝ぼけまなこをこすって外へ出る。


 ここはダンジョン{人狼ウェアウルフの密林}の第一階層。鬱蒼うっそうしげる熱帯林の中に細い道が迷路のように張り巡らされた場所であり、その名の通り人狼じんろう型のモンスターが多数出没する。

 俺は頭の中で念じて、宙に浮かぶ半透明のスクリーンを目の前に出した。

 メニュー画面である。目をやるのはその右下にある現在時刻。


-------------------------------------------------------------------------------

 20XX/01/07 13:55

-------------------------------------------------------------------------------


 俺とその他大勢の人間がイクリプス・オンラインの世界{十二の月が巡る大地オー・ダン・イリュアド}とおぼしき場所に閉じ込められて、はや一週間。アランダシルを逃げるように去って以来俺はこのダンジョンから一歩も外に出ていないが、その間に分かったこともいくつかあった。このメニュー画面の開き方はその一つだ。


 寝床のそばを流れる小川へ移動して喉をうるおす。水面みなもに映るのはあのゲームで作成したキャラクター[ヨシヤ]の顔ではなく、それを操作していたプレイヤーである俺自身の顔。

 そう、ここはイクオンの世界によく似ているし俺の頭上には[ヨシヤ]というキャラクター名が表示されてるが、動かしているのはリアルでの俺の体だ。だから当然というべきか睡眠は必要になるし、眠れば夢を見たりもする。食事をとらなければ腹が減るし、水を飲まなければ喉の渇きを覚える。このようにゲームであった頃とは違う点がこの世界には多数ある。

 ただ攻略に関わる部分――モンスターの動きや思考ルーチン、ダンジョンの構造、宝箱の配置などはゲームだった頃と変わらないようだ。おかげで俺は多大なアドバンテージを得ていた。


 周囲を警戒しながら密林の中を歩いていく。


 用意された道のほかにも、木々の間には通ろうと思えば通れそうな隙間はある。しかしゲームで行けなかった場所に侵入しようとすると見えない障壁に阻まれるようになっている。


 やがて袋小路に突き当たる。


 そこにあるのは開けられたままのからの宝箱。少しばかしその場で待っていると宝箱のふたはひとりでにパタンと閉じた。俺が前回開けてからちょうど四時間が経過したからだ。ダンジョンの固定箇所に設置されているこの手の宝箱は一度あさられた後、時間経過でふたが閉じて中身が復活する仕様なのである。

 ここ一週間、俺は四時間置きにここへきて、この箱を開けていた。


 ということで再びパカリ。


-------------------------------------------------

 <(N)武器強化石(小)×2>

 <(N)ライフポーション×1>

 <(N)レザーグローブ×1>

 <(R)マジックワンド×1>

-------------------------------------------------


「お? 案外早かったな」


 思わず独り言を漏らし、顔をほころばせる。

 俺は嬉々として金属製の小ぶりな錫杖マジックワンドを手に取った。これが目当てだったのだ。


 常軌を逸した難易度が売り文句のイクリプス・オンラインはトレジャーハントの渋さも半端ではない。普通のゲームであった頃にこの宝箱を開け続けたときは、このレアアイテムを手に入れるまで二週間かかった。恐らく出現率は変わらないだろうから今回はだいぶ運がいい方である。

 ま、レアアイテムと言っても入手難度が高いだけで、普通に攻略する分にはたいして役に立たないアイテムなのだが。


 腰につけた冒険用鞄を開いて宝箱の中身をすべてしまう。全プレイヤーの初期装備品であるこれは小さなポーチなのだが、中が亜空間になっており相当な量の物品を収納できるのだ。


 さて、次は協力者探しである。こうしている間にも他の連中は正規の順番でダンジョンを攻略して順調にキャラを強化しているだろう。ここは最初にアランダシルから転移できる中では最高難度のダンジョンだが、人がやってくるのもそう遠い未来ではない。俺も早いうちにレベリングに移行せねばならない。


 と思案していたところで、背後から足音が近づいてくるのに気づいた。

 恐らく三人。鎧が二人、軽装の者が一人だろう。


 まったくタイミングが悪い。袋小路なので逃げ場もない。


 冒険用鞄から武器を取り出して背中に隠す。ついでに頭上のネームプレートを近くの樹の枝に重ねて読みにくくして、足音の主たちを待った。

 これがゲームの頃であれば高確率で戦闘になった。だが、ここではどうだろう。

 恐らく他の連中もこれがデスゲームであると推測している。命がけで俺に襲い掛かってくるか、それとも命は惜しいと逃げ出すか。命が惜しいからこそ襲ってくるというケースも当然あるだろう。

 ヤられる前にヤる。それは俺の信条モットーでもあった。


 待つことわずか。


 道の奥から姿を現したのはレザーアーマーを着込んだ[戦士ファイター]らしき男が二人と、それにおどおどとついてくる迷彩カモフラ柄の修道服の少女が一人。

 前を歩く男二人はすでに開かれた宝箱と俺を見て目を丸くした。


「驚いたな! 俺たちが一番乗りだと思ってたのによ!」


「まさか一人か? 命知らずだな、おい」


 二人の台詞せりふと立ち居振る舞い。そこからこいつらがイクリプス・オンラインを多少はプレイした経験があると分かる。

 もっともその頭の上に浮かんでいる名前に見覚えはない。サービス終盤まで残っていたプレイヤーではないだろう。


 [ギル]

 [ルピー]


 二人の名前の文字色は白。それが意味するのはPKプレイヤーキル強奪ルートなどの犯罪行為に手を染めているプレイヤーではないということ。

 かといって善人である保証はないのがイクリプス・オンラインの怖いところだ。


 ろくな取りのない俺だが二つだけ自慢できる特技がある。その片方がコレ――顔を合わせた相手が“悪人”か否か直感で分かるというもの。

 ここで言う“悪人”とは他者を苦しめる行為そのものを好む人間のこと。上手く説明しづらい概念だが、ゲーム内で犯罪行為をする奴は全員“悪人”というわけではないし、犯罪行為をしないからと言って全員“善人”であるわけでもない。


 そして、こいつらはたぶん“悪人”だろう。

 俺の勘がそう告げている。


 男二人は下卑げびた笑みを顔に貼りつけると、警戒した様子もなく近づいてくる。


「なぁ、中身は山分けにしようぜ?」


「独り占めはよくねえよなぁ?」


 やっぱりな。


 ――殺すか。


 二人の名前の文字横に銀色のコインマークがついているのを確認して決意する。

 こういう奴らはゲームのときにも大勢いた。ただ一応、戦闘を回避するための努力はする。


「俺が来たときにはもう開いてたんだ」


「またまた。こんなところに来るやつがそうそういるわけないだろ」


「素直に従っておいたほうがいいと思うぜ。俺たちゃあの“ワールドファースト”のゾンやレンカにも顔がくんだ。不興を買うと、この先やりにくくなるぜ?」


 これは嘘だ。もし本当なら俺がこいつらの名前に見覚えがないはずがない。恐らく、この世界に取り込まれてからハッタリに使えそうな情報を仕入れたのだろう。


 男二人は俺の頭上にあるネームプレートへと目を向けた。先ほどの小細工が効いているため、はっきりとは読めないだろう。


「お前アレだろ? ここに目をつけるってことはプレイ組だろ? ゲームんときはどこまで攻略したんだ?」


「……ん? ちょっとまて、こいつの名前――」


 ギルとかいう方の男が俺の名前を見て眉根を寄せ、もう一人の肩を叩く。

 ルピーとかいう方の男も俺の名を見る。それから目を見開いた。


「ヨ、ヨシヤ!? あの・・ヨシヤか!?」


 二人の手が腰に帯びた直剣ロングソードに伸びた。その瞬間、俺は背中に隠しておいた武器――ひも状の投石器スリングを前に出し、装填しておいた石を躊躇ちゅうちょなく放った。


「ぐえっ!!」


 顔面にもろに喰らったギルがリアルな悲鳴を上げながら後ろに倒れる。その頭上には『Critical! 56Damage!』と表示されている。

 ルピーは倒れた相方を飛び越えると、剣を抜いて突撃してきた。


 悪くない動きだ。

 だが、そもそもこの条件で俺に勝とうというのが無茶だ。


 バックステップをして距離と時間を稼ぐ。その間に手早く石を再装填し、狙いをつけて最速ノーウェイトで放つ。

 これも見事に顔面にヒットした。ルピーは剣を取り落とし、その場に倒れ伏せる。


 二人とも血はほとんど流していない。数日前に自分でも試してみたので知ってたが、この世界では肉体が受ける損傷は現実と比べてだいぶ軽微になる。痛覚も最低限しか働かないので、こいつらもそこまで痛くはないはず。

 もっとも頭部に大ダメージを受ければゲームであった頃と同じように昏倒スタンするだろうし、ダメージの蓄積でHPが0になれば“死”を迎えるだろう。


 三人目、後方に控えていた[司祭プリースト]らしき少女は腰を抜かしたようにその場にへたり込んだ。武器であるメイスに手をかけてすらいない。最初から戦う気などなかったようだ。


「ぐ、お、覚えてやがれ!」


 顔の傷を押さえ、月並みな捨て台詞ぜりふを吐いて男二人が逃走していく。


 俺はそれを見届けると自分の頭上の名前を確認した。

 [ヨシヤ]という文字が白から薄い灰色に変化している。ゲーム内で犯罪行為を行うと徐々に黒に近づいていくのだ。


「やっちまったなー……」


 不可抗力ではある。だがこんな早い段階で罪人クリミナルになりたくはなかった。白字が白字を攻撃するのは犯罪行為だが、逆説的に言えば白字でいれば他の白字――例えば憎きPKKプレイヤーキラーキラーだとかの攻撃を抑制できたのだ。


 ま、やってしまったことを悔やんでも仕方がない。

 その場に座りこんだままの少女の元へ行く。歳は高校生くらいだろう。染めたてっぽい金髪のボブカットの少女で、一か所だけ三つ編みにしてあるのが特徴的と言えば特徴的だった。

 よく見ればかなり整った顔立ちをしている。学校ではさぞかしモテるだろうなという感想が浮かんでくる。俺には関係ないけど。


「アンタ、素人しろうとだろ?」


「え? え?」


「イクリプス・オンラインをろくにプレイしてないだろって言ってんだ。少なくともサービス開始から二月ふたつきもやってないはずだ」


「そ、そうですけど……どうしてわかるんです?」


 ぽかんと口を開ける少女。その頭上には[ミュー]と白い文字で表示されている。

 俺は自分の名前を指でさした。


「これを見て反応しなかったからな。そこそこやってた奴はさっきの男たちみたいに反応する」


「おじさん、有名人なんですか?」


「おじさんじゃねえ! ヨシヤだ! ……ま、有名だよ。悪名だけどな。PKプレイヤーキラーだったんだ」


「プ、プレイヤーキラー?」


 初耳のワードだったようだ。MMORPG自体未経験なのだろう。しかし意味するところは推測できたようである。ミューは頭を抱え、恐れをはらんだ瞳を向けてきた。


「さ、さっきの石ぶつけるやつ、あたしにもやります……?」


「やらねーよ! さっきのはやられそうになったから仕方なくやっただけだ! 正当防衛だっつーの!」


「え、そうでしたっけ……? どう見てもヨシヤさんがいきなり発狂して攻撃したっぽかったけど」


「あいつらが先に剣に手をかけたの! やらなきゃ俺がやられてたの!」


 なんで俺がこんな弁明をしなきゃならないんだとうんざりする。


 なんだろな。善人面したPKKプレイヤーキラーキラーやら、人に不快感与えるのが趣味みたいなガキみたいな奴やら、さっきみたいなまともに見せかけたクズやらの相手は慣れたものだが、こういうド素人の相手はどうにも苦手だった。

 それも女。しかもおそらく女子高生である。リアルではもちろん、ゲーム内でもこれくらいの年頃の女子と話した記憶はほとんどない。

 硬派な雰囲気、常軌を逸した難易度、なんでもアリの無法地帯と三拍子が揃ったイクオンは女子供に受けるタイトルではなく、年齢層や男女比は明らかにかたよっていた。女子高生ともなると言わずもがなである。


 いや、そもそも現在この年齢ということは――。


「アンタ、歳は?」


「じゅ、十六ですけど」


「じゃあサービス開始したときは十一歳か。それがなんでイクオンなんかにログインしたことあるんだ?」


「ロ、ログインなんてしてませんけど……昔、スマホで事前登録だけはしたような」


「はーん? なるほどねぇ」


 イクオンはサービス開始の半年前から事前登録キャンペーンを打っていた。SNSのアカウントだけで登録できるやつで、初期ジョブを選ぶだけの簡単なものだ。こいつはろくに考えもせずそれに釣られた口だろう。


 ともかくこんな小娘に構っている暇はない。

 シュタッと片手をあげ、そそくさとその場を立ち去ろうとする。


「じゃあな。もう会うこともないだろうけど」


「ま、待ってー!」


 背後から足を掴まれて思いっきり転倒し、顔をしたたかに地面に打ち付ける。

 口に入った土と雑草を吐き捨て、激怒して振り返る。


「なにしやがるこのガキ!」


「お、おじさん、このゲームに詳しい人なんですよね!? お願い! ここがどういうところなのか教えてください!」


「はああああ!? なんで俺がそんなことせにゃなんねーんだ!」


 立ち上がり、歩き去ろうとする……が、ミューが全身を使って右足にしがみついて離れない。その尋常ならざる力には絶対に逃がさないぞという強い意思を感じる。


「あたし、ほとんど宿屋で引きこもってたから何も分からないんです! ほかに頼れる人いないし! なんでもするから助けてー!」


「さっきの奴らがいるだろーが! それとなんでもするなんて軽々しく口にするんじゃねえ!」


「さっきの人たちは会ったばっかで仲良くもなんともないんですよー! 確かになんでもはできないけど、常識的な範囲でならなんでもするからお願いですよー!」


 ミューは目をきつくつむって叫ぶ。よく口の回る奴だ。女子高生というのはどいつもこいつもこんななのだろうか。

 しがみつかれたまま熟考し、それから手を差し伸べる。

 ミューはパッと顔を輝かせると俺の手を借りてよろよろと立ち上がった。


 勘が告げている。こいつは先ほどの奴らのような“悪人”ではない。ダンジョンにこもっていては手に入らない情報をこいつから引き出せるなら俺にも利はある。

 だが面倒ごとになるのはごめんだ。先に釘を刺しておく。


「ギブアンドテイクだ。情報交換をするだけ。いいな?」


「はい! ありがとうございます、おじさん!」


「おじさんじゃなくてヨシヤだって言ってんだろうが!! もう一回おじさんって呼んだら問答無用で帰るからな!!」


 怒鳴どなりつけるとミューは顔をしかめて両手で耳をふさぎ、分かった分かったと何度も頷いた。


 いかん。ガキ相手に何を熱くなってるんだ俺は。

 こういうときはいつもの儀式的所作ルーティーンだ。


 まず目の前に大きな作業台があるとイメージ。

 次にその上に乗った――乗っていると空想した小麦粉の生地のかたまりを手のひらで押してはひっくり返し、押してはひっくり返す。


「な、なにしてるんです? おじ……ヨシヤさん」


「エアうどんねだ。心が乱れた時は、俺はいつもこれで落ち着けている」


「ふ、ふーん、変わってますね。それが効くっていうなら別に止めないけど……」


 あわれみの眼差しを向けてくる女子高生。

 俺はそれを完全に無視して、一心不乱に空想上のうどん生地をね続けた。


-------------------------------------------------------------------------------

・Tips

罪人クリミナル

犯罪行為を行い、罪を背負ったプレイヤー。あるいはその状態のこと。

プレイヤーの頭上に浮かぶネームプレートは本来白色であるが、罪を重ねるほど黒に近づいていく。


教会への寄進等の贖罪行為で非罪人に戻ることができるが、重罪人から戻るためのコストは莫大である。

なおイクリプス・オンラインのマナーポリシーでは詐欺、恐喝、暴言、つきまとい、なりすまし、流言等は許容されており、ゲーム内での犯罪行為には当たらない。


※現実世界の個人情報に基づく暴言等は日本国の法律で裁かれる危険性があるため注意されたし。

-------------------------------------------------------------------------------

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

毎日 07:00 予定は変更される可能性があります

イクリプス・オンライン ~二周目はデスゲーム~ ティエル @n8r5g0q34g3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画