イクリプス・オンライン ~二周目はデスゲーム~

ティエル

第一話 逃げる極悪プレイヤー(極悪人とは言っていない)

 画面上を文字列チャットが流れる。

 膨大な量の文字列チャットが、見たこともない勢いで流れていく。


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 [ゾン]:『イクリプス・オンライン、今までありがとう!!』

 [エビフライ老師]:『開発さん&運営さん、お疲れさま~』

 [†ぢゃぎ†]:『みんなと冒険した四年間のこと、忘れないよ!』

 [レンカ]:『ヨシヤ殺す』

 [にいな]:『白十字騎士団最高!!』

 [ヤギヌマ]:『全チャ流れんの速すぎんだろwww』

 [NC]:『プレイヤーはいいやつ多かったけどゲームとしてはクソだった。田神は反省しろ』

 [絶対領域]:『ああああああああああああああああ!!!』

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 20XX年12月31日。

 大規模多人数同時参加型オンラインRPG――いわゆるMMORPGの一つであるイクリプス・オンラインは終焉の時を迎えていた。

 サービス開始当初は十万を数えたプレイヤーも、常軌を逸したゲーム難度とGMゲームマスターの独特なノリ、ありとあらゆる悪事を許容するゲームメルト社の運営方針によってふるいに掛けられ、最後までプレイを継続したのは僅か数百名。

 だがゲームの命がえる今日この時、引退した冒険者たちは帰ってきていた。かつて愛した世界の最後の瞬間をかつての仲間たちと見届けるために。


 焼き煉瓦れんが造りの美しい建物が立ち並ぶ“始まりの街”アランダシル。その中心に位置する大広場には数えきれぬほどのプレイヤーがひしめきあっており、過ぎ去りし最盛期を彷彿ほうふつとさせていた。

 その様相を俺こと[ヨシヤ]は彼方かなたにあるパールスロート遺跡の空中庭園から、たった一人で眺めていた。


 大きな破裂音と共にアランダシルの空に光の花が咲く。誰かがゲーム内アイテムである精霊花火を使ったのだ。

 沸きおこる歓声。直後、派手な攻撃魔術があちこちで炸裂して今度は怒号と悲鳴が沸きおこる。

 必然のように街の至るところで戦闘が始まった。


 このおよんで、なおPKプレイヤーキルを続けるバカがいる。

 こんな時になってもPKプレイヤーキルとがめるアホもいる。


 だが何でもアリをうたったイクリプス・オンラインの終焉にはこんな渾沌こそがふさわしい。

 俺は哀愁と共に確かな満足感を覚えていた。この四年間は限りなく生産性のない時間だったが後悔はしていない。もし四年前に戻れたとしても、きっと俺は再びこのゲームを始めるだろう。

 愛したゲームの最後の時間を俺は贅沢に、孤独に過ごした。


 そしてサービス終了予定時刻である二十四時の僅か一分前。

 全体チャット欄にその文章が表示された。


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 [GM田神]:『そう遠くない未来に、また会おう』

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 ドクンと心臓が跳ねる。


 全体チャットの流れが止まった。アランダシルの各所で行われていた戦闘もピタリと止まった。GMゲームマスターからの最後のサプライズに、誰もが思考停止するほど動揺していた。

 だがそれもほんの一瞬。すぐさま、それまで以上の速さで全体チャットが流れ始めた。


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 [キリヤ]:『うおおおおおおお!!! マジかマジかマジか!!!!?』

 [souffle]:『イクリプス・オンライン2キター!!』

 [NC]:『またやるやる詐欺じゃねえだろうな田神ィ!!』

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 ゲーム内は歓喜の渦に飲み込まれた。いたるところで《大火球チャネルボール》が爆発し、《アイス・波風トラブル・ゲキ》が吹き乱れる。先ほどまで殺しあっていたPKプレイヤーキラーPプレイヤKキラーKキラーも一緒になって大喜びしている。

 まるでアランダシルの街全体が鳴動しているかのようだ。


 これには俺も興奮を隠せなかった。このまま静かにサービス終了を迎えるつもりだったが、柄にもなくキーボードを叩く。


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 [ヨシヤ]:『またな』

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 俺の一言を境にピタリと全体チャットが止んだ。サーバー切断前の最後の一言を取ってしまったらしい。

 ほんの僅かな間があって、ゲームのエンディングムービーが流れ始める。といっても簡素なスタッフロールを兼ねた一分少々のものだ。


 そしてディスプレイは無機質なログイン画面へと戻された。


 悪あがきのように、ログイン用情報欄にキャラクター名とパスワードを打ち込む。しかし『サービスは終了しました』とにべもなく表示されるだけで何も起こらない。

 あの自由と無法の世界にはもう二度と入れないのだ。

 薄暗いワンルームマンションの一室で、デスクの上のディスプレイはいつまでもいつまでもログイン画面を表示し続けた。


 安物のデスクチェアに深々と背を預ける。

 ギィッとひずんだ音がする。


 天井を見上げ、肺の底から息を吐く。

 イクリプス・オンラインの終焉と共に[ヨシヤ]というキャラクターも死んだ。残っているのは俗世に疲れ果てたアラサーのフリーターだけ。


 俺はわずかの間目を閉じて、自分の分身であった男の死をいたんだ。


 GMゲームマスターの田神は最後に続編の開発を匂わせた。あの時は不覚にもテンションが上がってしまったが、冷静になってみればまったく信じられるものではない。

 田神と言えば実装詐欺や修正詐欺の常習犯である。ロードマップや公約を反故ほごにしたのも一度や二度ではない。そもそも運営会社の倒産が決まったからサービス終了したのだ。イクリプス・オンラインの続編がリリースされる確率はゼロに等しい。


 冷めきった缶コーヒーをすすり、苦い溜息をつく。


 これからは、そう。俺もこの世知辛い現実の中で生きていくしかない。

 夢から覚めるときが来たのだ。甘い夢から目覚める時が。




 そのときはそう思っていた。






    ☆






 それからきっかり一年後。大晦日おおみそかの深夜――。


 夢から目覚めたはずの俺は、また夢を見た。

 いや、夢を見ているとしか思えなかった。


 歴史を感じさせる焼き煉瓦レンガの建物に囲まれた大きな広場。

 気付いたとき、俺はそこに突っ立っていた。


 足元は石畳。魔術の光を宿す街灯に照らされた夜の街に、簡素なハーフパンツとあさのシャツを着用した無数の男女が同じように突っ立っている。

 自宅のベッドの上でジャージ姿で眠っていたはずの俺もまた同じ格好になっていた。


 どうやらその場にいる全員が同時に気が付いたらしい。

 それぞれが周囲を見渡して狼狽ろうばいの声を上げ始める。


「ん? な、なんだ、ここ? ……なんか見覚えあるような」


「え、なんなのこれ? 夢? 私、寝てなかった……?」


「痛い! 押さないで!」


「お、おいちょっと待て。ここ、アランダシルじゃねーか!?」


 そうだ、ここはあのイクリプス・オンラインの始まりの街そのものだ。

 そして俺たちの格好はあのゲームの初期装備そのもの。


 それだけではない。広場にれる人々の頭の上にはゲーム内のキャラクターと同じように名前が表示されていた。


 [ポチ]

 [セレイナ]

 [神無月 豪]

 [mrgu04]

 [クロコダイル男爵]

 [魔術師 やるお]


 俺は唖然と口を開けたまま、頭上に目を向けた。


 [ヨシヤ]


 一年前に死んだはずの男の名がそこにはあった。


 躊躇ためらいなく手を伸ばす。俺の指はネームプレートをすり抜けた。

 完全に浮いている。どこかから吊るされているわけでもなければ、不可視の何かで支えられているわけでもない。だというのに俺の動きに追随ついずいして頭上の名前も動く。


 夢だ。夢でなければ、なんだというのだ。


「ありえねぇ……」


 俺は自分のネームプレートの先に広がる夜空に“それ”を見つけて絶望的にうめいた。


 そこには煌々こうこうと輝く丸い月が浮かんでいた。

 一つではない。二つ、三つ、四つ――いくつもの月が東の地平から西の地平まで等間隔に並んでいる。


 南を向く。

 遥か彼方かなたに見えたのは物理法則を無視した逆円錐形の遺跡。一年前の今日、サービス終了の日に俺が一人でたたずんでいたあのパールスロート遺跡だった。


 間違いない。ここはイクリプス・オンラインの舞台である、あの世界。十二の月が巡る大地――オー・ダン・イリュアドだ。


 夢であると思いたい。だが匂いも音も感触も、すべてが限りなくリアルだった。


 この事態の異常さを理解してくるにつれて群衆の混乱は深まっていった。恐らく千か二千はいる人間が群れをなし、押し合いし合い、怒号と悲鳴を上げ始める。誰も彼もが今の状況をまったく理解できていない。ただ現実逃避と詰問きつもんいさかいを繰り返すだけ。

 その中で俺は一人、冷静に現実を直視していた。


 『MMORPGの世界に取り込まれた』。


 ラノベやアニメ、ゲームでいくらでも見る設定だ。あまりにも馬鹿げているが、目の前の事象を肯定するならばそれが現実に起きたと考えるほかない。

 そう仮定するとすぐに一つの懸念が頭に浮かんできた。この手の設定の創作物の多くに共通する一つのルールが、ここでも適用されるのではないかという懸念だ。


 つまり、これはもはやゲームではなく――ここでの死が現実での死に直結する――デスゲームなのではないか?


 そんな俺の推測はすぐさま裏付けられた。

 無機質な通知音が頭の中で響いたかと思うと、すべてのプレイヤーの目の前にメッセージが表示される。


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 [システムメッセージ]:『225109/225109』

 [システムメッセージ]:『賢者の試練を乗り越えし冒険者に望みの報酬を』

 [システムメッセージ]:『されどなんじ、なによりも死を恐れよ』

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 それを目にした瞬間、俺は駆け出していた。

 混乱の極致にある人の群れをかき分けて、とにかく走る。


「あ! お前、その名前!」


「ヨシヤだ! ヨシヤがいるぞ!」


 背後の群衆から声が上がる。

 俺を指さす者もいた。


 その一切を無視して大広場を脱出し、街の外れを目指す。


 ここがサービス終了したはずのイクリプス・オンラインの中で。

 これが何でもアリのデスゲームで。

 俺の頭上に[ヨシヤ]という名前が浮かんでいるのならば。


 これはもう常軌をいっした難易度と言うほかない。


 [ヨシヤ]はイクリプス・オンラインにおける最高額の賞金首だった。詐欺、殺人PK強奪ルート、ユーザーイベントの妨害――ありとあらゆる悪事に手を染めた極悪プレイヤー。そんな悪評がワールド中に流れており、PKKプレイヤーキラーキラーの最大の標的であった。普段は対人戦を行わないプレイヤーでさえ、その名を見ただけで攻撃を仕掛けてきた。


 実はその悪評のほとんどは流言デマや誤解や不可抗力によるものだ。悪意を持ってPKプレイヤーキルをしたことなど一度もない。

 だが、そんな事実は今の状況では関係がない。


 殺される心当たり・・・・・・・・がありすぎる。


 生き残るには誰よりも早く動き出し、誰よりも強く、誰よりも狡猾こうかつになるほかない。


 背後から追手の足音がせまってきている。

 だが追い付かれる前に、どうにか街外れにあるダンジョン探索受付所にたどり着けた。


 俺は迷わず、現在転移できる中で推奨レベルが最高のダンジョンへの移動をNPCノンプレイヤーキャラクターに希望した。

 正規の順番で攻略していたら確実に他のプレイヤーに遭遇する。怒りや自衛のために容赦を失くしたプレイヤーは高レベルのモンスターなどより遥かに危険な存在だ。


 ダンジョンへの転送が開始される。

 視界が歪み、アランダシルの街並みが消えていく。俺を追いかけてきたプレイヤーたちの怒りと殺意に満ちた顔と共に。


 ゲームであればローディングの時間。あたりは完全な闇に閉ざされ、目の前にゲームのTips助言が白文字で表示される。

 暗唱できるくらい目にしてきた文章だ。いまさら読み返す必要はない。


 静寂の中、誰にも聞かれていないだろうその場所で、俺は怒りに任せて声の限りに叫んだ。


「バカ野郎、死んでたまるか! 俺は生き残るぞ! 他の全員を踏み台にしてでもな!」




 こうして俺、[ヨシヤ]の第二の冒険は極限難度で幕を開けた。


 この異常な世界の謎とその奥に潜む巨大すぎる陰謀。

 自分がそれに挑むことになろうとは、この時の俺は知るよしもなかった。


 ましてや、他人を踏み台にしてでも生き残るという決意が揺らぐことになろうとは――。


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・Tips

十二の月が巡る大地オー・ダン・イリュアド

我々が住むこの世界の彼方かなたにある、もう一つの世界。

十二の月を持つ青い惑星。


過去に幾度かの文明の興亡をており、現在は第四文明期と呼ばれる時代。

様々な国家、勢力が入り乱れる渾沌とした時代であり、魔族や拡散魔王などいくつもの破滅の種を抱えたまま、危うい均衡きんこうを保っている。

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