山の見える部屋

真白透夜@山羊座文学

海堂

 なんの思い入れもない高校の同窓会に出たのは、海堂に会えるかと思っていたからだ。だが、彼は来なかった。来る予定だったが、急遽。


 二十名程度の座敷で適当に話を合わせ、イメージ通りの奴もそうでない奴も来ない奴の話も、とにかくもう時は戻らないものだということを実感した。


 二次会どうする、という会話をすり抜けて、早々に輪から抜けた。タバコを取り出す。電子タバコに切り替えるかどうか、考えているうちに今日まで来た。


「タバコ、吸うようになったんだ」


 と、後ろから急に声をかけられた。


 海堂――


「なんで……?」


「断れない別の飲み会が入ってさ」


 と言って、海堂は隣に並んだ。


「合流できないか来てみたんだけど、解散モードだったからいいやと思ったらお前を見かけて追っかけてきた」


 人懐こい笑顔。


「飲み直さない?」


 と言われて、バーへ行った。



 カウンターに横並びで座る。大して酒が強くないくせに面白くない同窓会だったから、酒と飯をやたら腹に詰めてしまった。すでに胸焼けで吐き気がしていた。


「よく来たよな。あんまりクラスのこと、好きじゃなかったろ?」


「ああ……。馴染めてはなかった」


 俺の話はつまらないみたいだったし、彼らの話は意味がわからなかった。俺の言葉に相手がまず差し出すのは疑問符か罵倒だった。話すのが怖い。何が正解なのかわからない。


「今、何やってるの?」


 しがないエンジニア。小さな職場で人に恵まれてそこそこにやっていけている。海堂は? と聞いた。


「シジン」


「……詩人? 詩を書く人?」


 そう、とグラスを傾けて言う。海堂が詩を書くようには見えなかった。


「ちょっと聞いてくれよ」


 と言って、海堂は銀の丸縁メガネを取り出し、手帳を広げ、詩を読み上げ始めた。


「――って感じ。どう?」


「……いいと思う……けど、ごめん。俺、そういうのわかんないから」


「わかんなくていいよ、詩なんてそうそう生活に必要なものじゃないからさ」


 海堂は爽やかに言った。


「俺がなんで詩人になったか、気になる?」


 海堂はこちらに肩を寄せて言った。ああ、そうだね、なんで詩人に……


 海堂の波瀾万丈な人生の話が始まった。



――海堂が、どうしてそんな人生を歩めたのかはつまり、彼は自信と能力があったのだ。俺のような、日常生活すらつまずいている奴とは違う。詩人というのも別に、田舎や軽井沢の空気が無いと書けないというものではないらしい。一つのブランドのようなもので。


 海堂の話に感激したわけではない。それこそ高校生なら違ったが。それなりに自力で生きていれば、自分にはあり得ない生き方だとはわかる。


 バーを出て、ふらふらと路地裏を歩く。若いカップルとすれ違い、何人かの若者がたむろして笑っている。サラリーマンのおじさんも笑顔で話しながら通り過ぎて行った。


「コンビニ、寄っていい」


 ああ、と答えて、さらに細い道に入り、近道をしようとした。


 海堂の腕が肩に回り、建物の方へ押された。よろけて壁にもたれると、目の前に海堂の姿があった。唇が押し当てられる。逃れようとしたが顎を押さえられた。酒の臭い。髭の痛み。


「……やっぱり、そうだったんだね」


 海堂に見つめられ、ため息まじりに頷いた。


 あいつ、ホモじゃね? と、噂されていたのを知っていた。そこで海堂が、「あいつなら俺はアリだね」と言ったのも聞こえていた。


 もう一度、海堂の唇に掬い上げられた。



――翌朝、海堂のマンションからは、綺麗に山が見えた。


「この景色が気に入って、無理しちゃったんだ」


 窓辺に置かれたソファから、海堂を虜にした山を見る。ガウン姿の海堂はテーブルにコーヒーを置き、隣に座った。


「ポンペイ遺跡って知ってる? 火山の噴火で一晩で滅んだ街。きっとあそこも、毎日眺めた山に信仰を抱いていたと思うよ。それに裏切られるなんで、怖い話だ」


 海堂の視線に気付いて目を伏せた。白いタオルケットに包まれていた。拾われた犬が震えるように怖かった。


 海堂に頬を撫でられる。夜の魔法が解けて正気に戻って、愛とか恋ではないことを青空が照らし出している。


「今度、本を出すんだ。でも詩なんてそうそう売れない。だからクラファンをやってるんだ。力になってくれないかな?」


 海堂は、なんの悪気も悪意もない顔で言った。


 たかだかの金額を断る理由はないが、海堂に不信感があるならもうこれきり最後にすればいい。


 今度は頭を撫でられた。


 気まぐれに助けた犬を見かけたから拾いあげた。そういうことだろう。


 海堂は、詩人なんかじゃない。


 海堂を咥えた口で言った。


「いいよ、いくらなの」




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

山の見える部屋 真白透夜@山羊座文学 @katokaikou

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説