山の見える部屋
真白透夜@山羊座文学
海堂
なんの思い入れもない高校の同窓会に出たのは、海堂に会えるかと思っていたからだ。だが、彼は来なかった。来る予定だったが、急遽。
二十名程度の座敷で適当に話を合わせ、イメージ通りの奴もそうでない奴も来ない奴の話も、とにかくもう時は戻らないものだということを実感した。
二次会どうする、という会話をすり抜けて、早々に輪から抜けた。タバコを取り出す。電子タバコに切り替えるかどうか、考えているうちに今日まで来た。
「タバコ、吸うようになったんだ」
と、後ろから急に声をかけられた。
海堂――
「なんで……?」
「断れない別の飲み会が入ってさ」
と言って、海堂は隣に並んだ。
「合流できないか来てみたんだけど、解散モードだったからいいやと思ったらお前を見かけて追っかけてきた」
人懐こい笑顔。
「飲み直さない?」
と言われて、バーへ行った。
♢
カウンターに横並びで座る。大して酒が強くないくせに面白くない同窓会だったから、酒と飯をやたら腹に詰めてしまった。すでに胸焼けで吐き気がしていた。
「よく来たよな。あんまりクラスのこと、好きじゃなかったろ?」
「ああ……。馴染めてはなかった」
俺の話はつまらないみたいだったし、彼らの話は意味がわからなかった。俺の言葉に相手がまず差し出すのは疑問符か罵倒だった。話すのが怖い。何が正解なのかわからない。
「今、何やってるの?」
しがないエンジニア。小さな職場で人に恵まれてそこそこにやっていけている。海堂は? と聞いた。
「シジン」
「……詩人? 詩を書く人?」
そう、とグラスを傾けて言う。海堂が詩を書くようには見えなかった。
「ちょっと聞いてくれよ」
と言って、海堂は銀の丸縁メガネを取り出し、手帳を広げ、詩を読み上げ始めた。
「――って感じ。どう?」
「……いいと思う……けど、ごめん。俺、そういうのわかんないから」
「わかんなくていいよ、詩なんてそうそう生活に必要なものじゃないからさ」
海堂は爽やかに言った。
「俺がなんで詩人になったか、気になる?」
海堂はこちらに肩を寄せて言った。ああ、そうだね、なんで詩人に……
海堂の波瀾万丈な人生の話が始まった。
♢
――海堂が、どうしてそんな人生を歩めたのかはつまり、彼は自信と能力があったのだ。俺のような、日常生活すらつまずいている奴とは違う。詩人というのも別に、田舎や軽井沢の空気が無いと書けないというものではないらしい。一つのブランドのようなもので。
海堂の話に感激したわけではない。それこそ高校生なら違ったが。それなりに自力で生きていれば、自分にはあり得ない生き方だとはわかる。
バーを出て、ふらふらと路地裏を歩く。若いカップルとすれ違い、何人かの若者がたむろして笑っている。サラリーマンのおじさんも笑顔で話しながら通り過ぎて行った。
「コンビニ、寄っていい」
ああ、と答えて、さらに細い道に入り、近道をしようとした。
海堂の腕が肩に回り、建物の方へ押された。よろけて壁にもたれると、目の前に海堂の姿があった。唇が押し当てられる。逃れようとしたが顎を押さえられた。酒の臭い。髭の痛み。
「……やっぱり、そうだったんだね」
海堂に見つめられ、ため息まじりに頷いた。
あいつ、ホモじゃね? と、噂されていたのを知っていた。そこで海堂が、「あいつなら俺はアリだね」と言ったのも聞こえていた。
もう一度、海堂の唇に掬い上げられた。
♢
――翌朝、海堂のマンションからは、綺麗に山が見えた。
「この景色が気に入って、無理しちゃったんだ」
窓辺に置かれたソファから、海堂を虜にした山を見る。ガウン姿の海堂はテーブルにコーヒーを置き、隣に座った。
「ポンペイ遺跡って知ってる? 火山の噴火で一晩で滅んだ街。きっとあそこも、毎日眺めた山に信仰を抱いていたと思うよ。それに裏切られるなんで、怖い話だ」
海堂の視線に気付いて目を伏せた。白いタオルケットに包まれていた。拾われた犬が震えるように怖かった。
海堂に頬を撫でられる。夜の魔法が解けて正気に戻って、愛とか恋ではないことを青空が照らし出している。
「今度、本を出すんだ。でも詩なんてそうそう売れない。だからクラファンをやってるんだ。力になってくれないかな?」
海堂は、なんの悪気も悪意もない顔で言った。
たかだかの金額を断る理由はないが、海堂に不信感があるならもうこれきり最後にすればいい。
今度は頭を撫でられた。
気まぐれに助けた犬を見かけたから拾いあげた。そういうことだろう。
海堂は、詩人なんかじゃない。
海堂を咥えた口で言った。
「いいよ、いくらなの」
了
山の見える部屋 真白透夜@山羊座文学 @katokaikou
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