第4話


 わたしは三毛さんと呼ばれた猫を見る。




「あの、もしかして、わたしを連れてきたのはあなた? 人間を連れて来ても良かったの?」




 三毛さんは目が見えないぐらい細めて笑う。




「何言っているんだ? あんた、人間じゃなくて猫だぞ」


「えっ!」




 驚いて自分の腕を見る。寝ていたときのグレーのスエットじゃない。白い毛の生えた腕になっていた。




「ね、猫になっている!」




 がむしゃらに丸い頭を両手で撫でたら、尖った耳があるのが分かる。よく見たら、三毛さんと同じくらいの身長のはずがない。神社に来る前は間違いなく人間だった。信じられないけれど、階段を上っているうちに猫になっていたんだ。




「人間に戻れるかな……」


「さあな。とにかく、ここに来た猫は必ず踊る決まりだ。行くぞ」


「え、あ。でも、わたし盆踊りくらいしか」


「なに、決まりなんてないさ。自由に盆踊りでもホップポップでも踊ればいいさ」




 三毛さんは軽いステップを踏んで、輪の中に入っていく。猫たちはみんな自由に動いて、軽い足取りで輪を回っているのにぶつかったりしない。まるで細かいガラス細工の組み合わせのように、お互いがお互いを引き立って合っているような動きだ。


 わたしが入ったら絶対に邪魔になる。でも、わたしの心を見透かしたように三毛さんが目を合わせて、アイコンタクトをしてきた。さらに振り付けの一部のように、クルッと回って手招きしてくる。




「よ、よーし。わたしは猫。だから、きっと踊れる!」




 思い切って輪に入った。まずは前の猫のステップを真似してみる。だけど、軽やかなステップがわたしはたたらを踏んだように、まるで様になっていない。手の動きもかくかくしてしまう。


 猫たちは踊れていないわたしを避けてステップを踏んでいる。猫になっても邪魔になっていることが悲しくなってきた。




「なんだ」




 いつの間にか横に三毛さんが来ていた。




「そんなに肩に力が入った猫がいるものか」




 輪から出ることも出来ない。よたよたとしながら、三毛さんを見る。




「でも、わたし。本当に踊りなんて初めてで」


「よく耳を澄ませて、鈴の音に合わせて足を運ぶだけでいいんだぞ」


「鈴の音に」




 わたしは輪の真ん中で、神楽鈴を鳴らしている猫に視線を向けた。シャンシャンという清らかな音は、不思議と胸の奥にまで響いてくる。


 子供の頃を思い出した。みんなと地面に丸を描いて遊んだケンケンパ。あのリズムが不思議と頭に浮かんだ。子供のときは踊りなんて知らなくても、自然とリズムに乗って飛んでいた。ただ、丸の中に足を運ぶだけで良かったんだ。


 鈴の音に合わせて、わたしは猫の足を伸ばす。


 右、右、左。左、左、右。


 鈴の音に合わせて、片足ずつ飛び跳ねる。すると、どうだろう。あれだけ重たかった身体が軽やかに伸びあがって、まるで踊っているみたいだ。




「いい調子だ」




 そばに三毛さんも来て、一緒にステップを踏む。ステップに合わせて、自然と身体も動く。わたしはいつの間にか猫たちと溶け合って踊っていた。




「三毛さん。今日はありがとう」




 どれぐらい踊っていただろう。鈴が止まると同時に、猫たちは踊りを終えた。笑いながら解散していく。




「なんだい。俺はただ、いつもの集まりに来ただけだ」




 どう考えてもわたしを案内してくれていたけれど、三毛さんは認めないみたいだ。




「……俺は昔、人間に世話になったことがあってな。怪我をしていたときに、手当をしてもらったことがあるんだ。いつか、恩を返したいと思っている。いつになるかは分からないけれどな」




 きっとわたしにしてくれたことでは、返したことにはならないのだろう。でも、予行練習ぐらいにはなったかもしれない。




「そっか。恩返し出来るといいね。今日はありがとう」


「ああ。気を付けて帰れよ」




 わたしは神社の階段を下りていく。なんだか眠い。でも、身体は軽くて雲の上を歩いているような気分だった。







 

 次の日。布団の中で目を覚ます。まだフワフワしている心地だ。


 でも、神社の階段を下りたところは覚えているけれど、いつの間に家に帰って布団に入ったのだろうか。




「それとも、夢だったのかな」




 猫になって猫たちと踊っただなんて、夢の出来事である方が現実的だ。とりあえず、トイレに行こうと立ち上がる。




「……あれ?」




 猫のときと一緒というわけではないけれど、やけに身体が軽い。もちろん、憂鬱な気持ちは一つもなかった。


 今日はお休み。洗濯をして、買い物に行って、美味しいものを作ろう。がんばった身体をちゃんと休めてあげるんだ。


 会社が無くなってから、一度にたくさんのことをし過ぎていた。


 もっと、一つ一つのことに向き合おう。まずはレストランのバイトをきちんと働けるようになる。就活をするのはそれからでも遅くない。やりたいことをじっくりと探した方が、きっと後悔はないはずだ。


 これから、いつだって、わたしは踏み出せる。だって、わたしは猫のステップを覚えていて、いつだって軽やかだからだ。



 了

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猫とステップを踏めば 白川ちさと @thisa-s

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