プロローグ レベル1 婚約者と幼馴染

 ユズとのケンカから一週間くらい経った。

 ユズとはあれから一度も話をしていない。

 こういうことは、この世界で生まれて初めてだ。


「もしかしたら、この世界でも俺達は結ばれないのかもしれないな。こんなに好きなのに」


 俺は独り言を言いながら、学校からの帰り道を一人で歩いていた。


「きゃっ」


 目の前を歩いていたお腹の大きな妊婦さんが、転びそうになっていた。

 俺は咄嗟に転ばないように妊婦さんを支えた。


「ありがとう」

「いいえ」

「ごめんね。さっきの独り言が聞こえてきたんだけど恋の悩み?」

「えっ」

「それなら私のお腹を触ってみて」

「えっ、でも」

「ほらっ」


 妊婦さんは俺の手首を持ち、お腹に当てた。


「ここに赤ちゃんがいるの。不思議だよね」

「はい」

「君はこの子と会えるかしら?」

「えっ」

「この子が生まれて、君とまたここで会う確率ってどのくらいだと思う?」

「あなたと会う約束をしなければ会わないでしょうね」

「そうね。私は道に迷ってこの道を通っただけだもの」

「えっ、迷子ですか?」

「迷子じゃないわよ。子供じゃないんだから」

「でも道に迷ったって言いましたよね?」

「迷ったけど自分でどうにかできるわよ。今はスマホっていう便利な物があるんだからね」


 この妊婦さんは、どうしても迷子だと認めたくはないみたいだ。


「私のことはいいの。君のことよ。君と彼女が出会う確率ってどのくらいだと思う?」

「俺と彼女は必ず出会う運命です」

「すごい自信ね。でも、出会って恋に落ちる確率はどのくらいだと思う?」

「それは、、、」

「いきなり自信喪失ね」

「だって彼女が婚約者になってくれないからです」

「君は自分のことばかりね」


 妊婦さんは呆れた顔をしながらユズと同じことを言った。


「彼女の気持ちを考えてるの?」

「考えてます。彼女が戸惑っていることは知っています」

「その戸惑っている彼女に君は何をしてあげてるの?」

「好きって言います」

「それなのに伝わらないのね?」

「そうですね。彼女には何度も好きだと伝えているのに、彼女は好きだと言ってはくれないんです」

「君は言葉にすれば伝わると思ってるの?」

「当たり前です。言葉にしなければ伝わらないですよね?」

「そうね。言葉は大切よ。でも私のお腹の中にいる赤ちゃんには言葉じゃ伝わらないわ」


 妊婦さんはお腹を撫でながら言う。


「そうですね。赤ちゃんはまだ言葉を理解していませんよね?」

「だから毎日、お腹を撫でて早く会いたいなって言った後に、心で言うの」

「心?」

「愛してるよってね」


 お腹を撫でている様子を見ている俺でも、妊婦さんが赤ちゃんを大事に思っていることは分かる。

 赤ちゃんには伝わっていると思う。


「心が大事なんですね」

「そうね。あなたの想いの全てを彼女にぶつけなさい」

「そうですね。全てを彼女に伝えます」


 そして妊婦さんは旦那さんに電話をして、迎えに来てもらっていた。

 旦那さんは走って迎えにきた。

 心配していたんだと思う。


「君はいつも迷子になるんだから、勝手に一人で出掛けるのはダメだって言ってるよね?」

「いつも迷子になんてなっていないわよ。それにあなたは仕事で忙しそうで、あなたの為に美味しいコーヒー屋さんでコーヒーを買いたかったの」

「そのコーヒー屋は僕たちの家の隣の隣にあるよ」

「そんな近くにあったの?」

「そうだよ。それなら今から行こうか。一緒に」

「うん」


 旦那さんはやっとホッとした顔をして、妊婦さんと手を繋いだ。

 妊婦さんは嬉しそうに笑って、心配してくれてありがとうと言っていた。


 二人を見ていると俺の心が温かくなった。

 こんな二人になりたい。

 お互いを想い合う二人に。


 ユズに会いたくなった。

 ユズに想いを伝えたくなった。

 

 俺はユズに伝える為にユズの家へ向かう。

 ユズに全ての想いを伝える為に。

 ユズに早く会いたい。


 そして今まで俺が経験した、ユズとの出会いと別れを伝えるんだ。

 その時の俺の気持ちを知ってもらう為に。

 全てを知ってもらう為に。


 ユズの部屋へ勝手に入り、勉強机の前に座り読書をしているユズを後ろから抱き締めた。

 ユズは少し驚いていたが、嫌がらない。


「ユズが好きだ」

「うん」


 ユズはただ頷いて、後ろから抱き締めている俺の頭を撫でてくれた。

 ユズは俺が落ち込んでいる時や、元気がない時はこうやって俺の頭を撫でてくれる。

 何も訊かずに。

 

 そんな優しいユズが好きなんだ。

 それもユズに伝えたい。

 全ての想いをユズに伝えたい。


 そして俺が経験した、いくつもの世界での二人の話をユズに伝えるんだ。

 俺がどれだけユズを愛しいと思っているのかを。


 今は幼馴染でも、いつか必ず婚約者になってもらうよ。

 いつか必ず、今まで叶わなかった俺達の願いを、二人で叶えよう。

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俺と彼女の輪廻転生~何度も繰り返すのに、結果はいつもハッピーエンドにはならない。それでも俺は君だけを愛し続ける~ 来留美 @kurumi0

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