第11話 中山道⑥ 大湫から今須

1月3日、大湫宿〜細久手宿

 朝、遅めの9時に宿屋を出発すると雪が降り出したが、すぐに晴れ、地質地形を観察しながら旅を続けた。谷には花崗岩の風化したものが堆積し、その上には美しい植物が生えていた。「見たこともないシダの葉があったので、こすってみるとそれは美しい星のように輝いた」。キャンベルは「植物学者に憧れたが、運の悪いことに私には(その才能に)欠けていた」ことを思い出し、拓本を取るだけに止めた(図49)。昼食のために茶屋に立ち寄ると、周囲の子供たちが珍しい西洋人の姿を見ようと集まってきた(図50)。キャンベルは、一人の可愛い女の子にイギリスにこないかと冗談で誘ってみたところ、すぐにその子の父親がやってきて馬のように笑いとばれてされてしまった。

 しばらく歩くと、社寺の脇に花崗岩の塊に彫られた三十三体のコシリKoshiriを見つけ、それらは中世ローマ時代の聖人のように、ある者は頭巾をかぶり、あるものは法衣をまとっており、由来について知りたかったが、マサナオも何の知識も持ち合わせていなかった。午後1時半、朝から8マイル半(13.6キロメートル)歩いたところで昼食にした。細久手の宿町だったらしく、ここでもまた、老若男女がキャンベルの間回りに集まってきて、彼らと一緒に街を楽しく練り歩いた。食事を終えると、二人の日本人商人が珍品を持ってやってきたので、その中から大きな美しい水晶玉を何個か買った。夕食は街で購入した肉類を焼いて食べたかったが、宿屋の主人から正月早々に不浄な鹿肉の料理は禁止されたため、鶏肉だけにした。


1月4日、細久手宿〜御嶽宿〜太田宿

 早朝室内華氏37度(摂氏-16 度)、屋外華氏29.5度(摂氏-19 度)、標高2200フィート(約660メートル)。9時25分に宿を出発し、曲がりくねった渓谷沿いの道沿いには「輝くタイルや鱗のように」田畑が敷き詰められ、キャンベルはまるで渓谷に水龍が横たわっているように思えた。道は整備され、空気は新鮮で、キャンベルたちは陽気に歩いたが、マサナオはヨーロッパ製の靴を履きつぶしてしまい、当地で手に入れた下駄を履くことになった。昼食のために飯屋に立ち寄ると、回りに人々が集まってきて、彼らはキャンベルの年期の入った大きな薔薇根パイプbriar-root pipeにいたく興味を示した。「大男は大きなパイプを使うのだ」と答えると、彼らは笑った。

 キャンベルらは、朝から10マイル(約16キロメートル)を歩き次の宿場に到着したので、およそ時速3マイル半(約時速5.8キロメートル)という早足で歩いたことになる。そこから渡し船で川を渡り、川沿いをしばらく歩くと大きな町に着いた。伏見宿から今渡の渡しを利用して太田宿に達したことになる。河原では新しい船の進水を祝って人だかりができており、「子供たちはみんな餅をもらい、若い男たちはみんな酒を飲んで」いた。正月の最後の日だったこともあり、100人以上の人たちが大騒ぎをしていたが、キャンベルは「私はまだ人が酩酊しているのを見たこともないし、人々が口論するのを聞いたこともないし、野蛮な行為に出会ったこともない。奇妙な光景は見たが、嫌なものではなかった」と結んでいる。

 太田宿でも旅籠屋の女主人から台所に獣肉の持ち込みを禁止されてしまったので、庭に出て火をおこし、鹿肉、ジャガイモ、タマネギ、米、人参を「ごった煮」にし、その他に、宿から出された「新鮮な魚のフライ、オムレツ、浅間山の砂糖菓子、干し柿、オレンジ、紅茶、そしてカーリーから贈られたビスケットひとつ」を食した。そして、ここからは平原を歩くことになり、「日本の背骨」にあたる中山道の難所を厳冬期に歩き通したことに大きな達成感を味わった。この川の下流には「日本で3番目に大きな町があり、5階建ての石造りの城があり、東海道が通っているが、しかし、私は自分の道を歩く」ことを決め、名古屋に寄り道はしなかった。


1月5日、太田宿〜鵜沼宿〜加納宿

 室内華氏32°(摂氏約3°)、外気華氏30°(摂氏0°)、標高400フィート(約120メートル)。今朝、女主人に出会い、昨夜、彼女から「正月に鹿肉を料理するなんて、なんと野蛮な人たちなんでしょう」と言われたことを思い出し、苦笑した。遅れていた荷馬を川辺を散歩しながら待っていると、荷が到着したのでキャンベルらは再び渓谷沿いの道を歩き始めた。「岩には石英が多く含まれ、薄い層が大きく歪んでおり、鞍部を過ぎたあたりから赤い砂岩となったが、化石は見つからなかった」。この行軍で、キャンベルはオール、舵、パドル、ロープなどを携えた水運人夫の一団に出会い、彼らは上流から木材を筏に組んで急流を下り、海まで運び、今戻るところだった。

 キャンベルらは岩屋観音堂らしい小さな洞窟のある寺院のところで一休みした。そこに人がやってきて賽銭を投げ、膝をついて,手のひらをこすりながらお祈りするのを見た。キャンベルは日本人のお祈りする姿を初めて目にし、この人物とお茶を飲みながら歓談した。彼は、この地方には正統派の仏教徒が多く、鹿肉を食うのは不浄と見なされると言い、マサナオは「彼らは何も知らない、昔ながらの人たち」であると語った。この寺院の石段を下り、少し歩くと平原全体を見渡せる町に到着した。ここは鵜沼宿で、飯屋で煮魚とご飯の昼食をとった。ここで、キャンベルの喉に魚の骨が刺さってしまい、「同情した女主人は魚の頭を自分の頭の上にのせて治すよう」に言ってくれた。鵜沼には人力車が営業をしていて、「親方が大きな太鼓を3回叩いて、3人の車夫が集まるように知らせた」。松や竹が生い茂る湿原を、強風の中、10マイル(約16キロメートル)ほど走り、3時半に加納に到着した。キャンベルは次の町まで行きたがったが、縁日のため人力車の車夫が足りず、ここに一泊することにした。加納Kanoは長い大きな町で、大名の城は取り壊され、城門の前には骨董屋が店を開いていた。そこで何点か購入し宿に戻った。


「夕方になると、男たちがさらに品物を売りに来て、私たちは火鉢を囲んで楽しい夜を過ごした。私は大名の鞍にとても惹かれた。金と赤と漆でできていた。鐙(あぶみ)は鉄に銀をはめ込んだもので、まさに芸術品だった。商人たちは、私が待つならもっと品物を運んでくると約束した。特に急いで行く理由もないので、私は立ち止まることにした。」(70)


1月6日、加納宿

 キャンベルらが泊まったのは街道沿いの静かな小さな旅籠屋で、裏庭に面し、日光が当たる部屋を用意してくれた。街道側の正面部分は食堂のようで、器に入った料理が並べられていた。室内華氏40°(摂氏4.4°)、外気華氏30°(摂氏-1°)、標高250フィート(約75メートル)。その部屋で、午前中は買い物の荷造りをし、扉と窓を開けて書き物をしていると、昨夜の商人たちが再び現れ、キャンベルを1マイル(約1.6キロメートル)先の彼の屋敷に案内してくれた。聞けば、この商人は米の投機で大損をし、その精算のために財産をすべて売り払おうとしていた。お茶とお菓子をいただき、その後、屋敷内を見せてもらった。離れに通され、そこにもう一人の商人が入ってきた。

 

「横の扉から暗い通路に入ると、そこには下駄と長靴が置いてあった。友人の商人が入ってきた。朝から案内役をしてくれた他の2人は外にいた。私たちは普通の和室に入ったが、机と地球儀がいくつかあり、ヨーロッパの道具が置かれていた。私たちはペルシャ絨毯を敷いた畳の上に座った。この金持ちの商人は、仕えていた大名に倣ったのは明らかだったが、服装は普通の日本風だった。彼はもと侍であり礼儀正しい紳士のマナーを持っており、世間話もたくさんした。私は座って煙草を吸い、お茶を飲み、ときどき箸で梅をつまんで、お行儀よく口に入れた。主人によると、彼は蔵をいくつも持っていて、その中にはたくさんの品物が詰まっているとのことだったが、あいにく政府の役人が2人、客として来ていたので、品物を見せてもらうことはできなかった。金持ちの商人がどんなものを収集するのか興味があったので、私は残念に思った。私は、日本人らしくなってきたようで、お辞儀をして別れた。」(71)


 この人物は「米の投機で大損を」したのではなく、彼はもと加納藩の家臣らしく、明治維新後、録を失い商人となったが、いまだに数多く貴重品を所有していた。キャンベルが彼から何を購入したかは定かではないが、その後、男たちが骨董品を持ってぞくぞくと集まってきた。金、ナイフの柄、磁器、刺繍の入ったドレス、漆器、ブロンズ像、絵など、価値のある品々の中からいくつか購入した。その中で青いサテンのドレスは「絹糸と金糸で老人と老婆の刺繍が施され」、「他にも素晴らしいドレスはたくさんあったが、これが最高だった。糸で描かれた絵は、私がヨーロッパで見たどの刺繍にも匹敵する」。宮廷の衣装らしきものに食指が動いたが、オークション形式だったため「入札したが,落札できなかった」。

 明治維新とともに幕臣や家臣らは没落し、それによって社会的混乱が大都市から始まり、1875年、すなわち明治8年前後になって加納のような地方都市に及んできたのであろう。キャンベルは絶妙な時期に加納から大津を経て京都に至る道すがら、没落した武士や寺院からすばらしい古美術品を購入することができた。そこには目利きのできる日本人がいて、キャンベルは彼らから日本美術について知識を得て、そして「時間とお金があれば(イギリスに)博物館を作ることができたかもしれない」と述べている。そして、次のような日本美術についての一文を書籍版に付け加えている。


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