第6話 中山道① 日本橋から松井田
キャンベルの旅程では、神戸から出港することにしていたので、東京から神戸へ行く途中のどこかで氷河とドラゴン神話に関するフィールドワークをすることになった。内務省地理寮の測量師長マクヴェイン以外に、日本人識者の黒田長溥、佐野常民、武田昌次、杉浦譲などから助言を得ていたに違いない。結局、太平洋側の東海道ではなく山岳地帯を通る中山道を選び、それはキャンベルにとってゲール語民話を採集したハイランドを思い起こさせるものであった。
12月14日、東京から鴻巣
前日まで、マクヴェインの紹介でキャンベルは旅を支えてくれる従者としてサカモトマサナオ、料理人にコイケを、通訳にカガヤマを雇った。東京最後の日、マクヴェイン家に日本の地理情報を尋ねてヨーロッパ人の客があり、このポール・カーリーとその友人のヴィダル医師(Jean Paul Isidiore Vidal)(48)は翌日に中山道の旅に出るというので、キャンベルは彼らと行動をともにすることにした。12月13日夕方、すべての荷物を携えマクヴェイン邸から精養軒に引っ越し、翌朝、そこでカーリー、ヴィダルと3人の日本人と連れだって日本橋を出発した。東京最後のスケッチは、旧江戸城の常盤橋門であった(図37)。
図37. 常盤橋門、1874年12月14日. M.p.106.
途中、多くの人力車とすれ違い、また大臣の乗った馬車に追い越されながら、夕刻には鴻巣に到着した。宿屋の主人から外国人は宿泊させないと言われたため、市長に苦情を言って宿を確保することができた。旧本陣だったらしく、雇った料理人の手を煩わせることもなく、提供された食事も寝具も申し分ないものだった。
「この宿はストング(長丹前)と食料が整えられている。ストングとは木綿の着流しのことで、厚手の木綿のキルティングが施されている。私は自分の寝間着を着け、その上にストングを着て寝た。海外旅行でよくある害虫に悩まされることもなかった。家も、人も、衣服も、食べ物も、まるで色塗りされたばかりの人形の入った小物箱のように清潔で、きちんとしており、そして妖精たちのために料理したおもちゃのような夕食があった。私たちが目を覚ましている間、この郊外の隠れ家ではおしゃべりとユーモアが絶えなかった。最初の夜は、日本で過ごした一連の夜の見本のようだった。」(49)
12月15日、鴻巣から新町
12月15日、キャンベルらは鴻巣を7時25分に出発し、途中昼食休憩を挟み、夕方4時半に新町宿に到着した(図38)。この日見た特筆すべきものは田舎の農夫たちで、寒空の下で「彼らはほとんど裸で、一人一人が竹の天秤棒を担いで歩いていた。彼らは田んぼに肥料をやりに行く稲作農民たち」の姿に驚嘆してしまった。
図38. 中山道の新町を過ぎたあたりの光景. M.p.106. 図39. 日本の鋤Plough. M.p.108.
実直そうな農夫に対する好意的視線と対照的に、キャンベルは雇った日本人に対して落胆することがあった。料理人のコイケは、キャンベルらの口に合う料理を作るように女将に頼み、そして代金を支払った後、「女将から2分を受け取っているのを目撃」してしまい、彼は仲介料squeezeを受け取っていたことが発覚した。同行していた二人のフランス人たちもコイケに眉をひそめた。キャンベルは法律家として、日本ではコイケの行動が雇用契約違反にならないのか法律家の観点から考察を行っている。
12月16日、17日、新町〜富岡製糸場〜下仁田〜富岡製糸場
早朝の庭の池の水は凍っていた。9時に出発し、街道をしばらく行くと富岡に到着した。ヴィダル医師は富岡製糸場に雇われていたため、キャンベルもそこの外国人宿舎に泊まらせてもらうことにした。製糸場で500人ほどの娘たちが忙しく働く姿は壮観であった。ヴィダルは博物学者でもあり、富岡滞在中、キャンベルと一緒にさまざまな観測や収集を行った。
「私たちはこの日の行軍のほとんどを歩いた。麓の丘や激流の乾いた川床を9マイル(約14.4キロメートル)も歩いた。そこには石英、雲母片岩、斑岩、硬質粘板岩の小石や転がった石があった。これらは高地にある古い岩を示す。道路近くの岩は柔らかく、丘に向かって北に傾いている。家の前、北から西方向62度には、雪をかぶった円錐形の浅間山が噴煙を上げている。常に蒸気を吹き上げ、灰と塵を吐き出しているが、人の記憶にある限り、溶岩が溢れたことはない。最後の噴火で片側が崩れる前のヴェスヴィオ火山のように、完成された円錐形のようだ。」(50)
キャンベルは登頂経験のあるパークスから浅間山の様子を聞き、日程や体調を考えて本人はまだ登頂を逡巡していた。キャンベルらは下仁田まで山道12マイル(約19.2キロメートル)歩き、沿道の地形と農作業の様子を詳しく観察した(図39)。
「私は鉛筆で素早く記録を取り、自然に忠実でないような日本の風景の意味を理解した。岩の性質と、大雨が軟らかい岩盤と硬い岩盤に作用して、円錐形の裸山ができ、その頂上には大木が茂り、その根と葉が地面を覆っている。この風景は奇妙で、幻想的だ。桑の木の間で足踏み鋤を使って働いている農夫を見つけたのは2度目だった。これはスコットランドの西の島々でガイディール(スコットランド・ケルト語)と呼ばれる人たちが使っている耕作機とまったく同じもので、私の知る限り、他では使われていない。日本の農家が、スカイの人々とまったく同じ動作で、まったく同じ農具を使っている。これはキャスクロム(踏鋤)、つまり西洋の曲がった柄を東洋に持ち込んだものであろう。」(51)
下仁田から浅間山方面を眺めると、不自然な形の岩山の麓は深い森林となっているが、その手前の平原では農夫たちが熱心に働いていた。ここでもまた、粕壁あたりで見たものと同じような踏鋤(キャスクロム)が使われているのを発見し、キャンベルは再びスコットランドとの結びつきを考えずにはいられなかった。夕暮れ時、製糸場に戻ると、そこにウォータース(John Albert Robinson Waters, 1846-1902)(52)というイギリス人鉱山技師が訪ねてきていた。彼の兄のトーマス・ウォータースが大蔵省土木寮に雇われており、その縁で来日し、この鉱山の所有者の丹羽正庸に短期間雇われ下仁田の中小坂に溶鉱炉を建設していた。
ウォーターズとともに富岡製糸場に戻り、「海から揚がったばかりの鯛料理から始まり、クラレットで終わる素晴らしいヨーロッパ料理の夕食を楽しんだ」。その後、ヴィダルは北極星の方位角を測定するというので、キャンベルは御殿山で金星日面通過観測をしてきた経験から、喜んで手伝うことにした。ヴィダルは経緯儀を持ち合わせておらず、まず、コンパスが指す真北を製糸場の煉瓦壁に印を付け、そして、コンパスの垂直軸の上に望遠鏡をセットして、コンパスの真北方向と北極星が一致するか確認したようである。
「小さな偏差が見られたが、それは火山の影響なのかもしれない。火口内の蒸気の摩擦によって電気の流れが発生する可能性が考えられる。鉱脈に含まれる磁性鉄鉱石も、針に何らかの影響を与えているのかもしれない。観測機器は最高のものではなかったが、天文学者と助手はできる限りのことをした。」(53)
コンパスの真北方向と北極星の方角には予想以上の偏差が見られ、キャンベルらはその原因を周囲の活火山や磁鉄鉱の影響と考えた。キャンベルはヴィダルのことを「ラプラスの弟子」と呼んでおり、19世紀初頭の高名が数学・天体学者であるピエール・ラプラスのように地球科学に興味を持っていたのであろう。
12月18日、富岡製糸場〜下仁田〜中小坂〜松井田
翌朝、富岡製糸場を後にして、ウォータースの案内で再び下仁田を経由して中小坂の鉱山に向かった。そこには磁鉄鉱の岩山があり、「ツルハシがクルクルと回り、裂け目に突き刺さった。私のハンマーは鋼鉄の磁石になった。コンパスは、まるで魔法にかけられたかのように、あらゆる方向にぐるぐると回った。鍵の列が逆立ちして、細い裂け目の側面に固定された。人がそこに座ると時計が止まる。まるでここは、船乗りシンドバッドの磁石の山のようだった」。同行した日本人からこの場所に関して地元に伝説が残っていることをキャンベルは聞き知った。
「少し前、ある立派な僧侶がこの岩の霊力、あるいは精霊、神性であるカミに米(ご飯)を捧げに来た。岩は釜から鉄の蓋を引き剥がし、それが天然の磁石にぶつかって砕け散り、そこから抜けなくなった。僧侶は恐怖のあまり逃げ出した。私はその話をもっと聞きたいと思ったが、私は現実的な人間になっていた。ここには鉄鉱山があり、金が稼げるのだ。製錬炉は、この丘を絵のように美しくしている森林から作られる木炭を使い、仕事を始める準備をしていた。」(54)
磁石の山の話は『千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)』の一説で、この物語の起源は近東に古くから伝わる民話と言われ、1840年頃にエドワード‣レーン(Edward William Lane, 1801-1876)(55)が英訳本を出版し、その後人気を博して版を重ねていた。キャンベルは比較民俗学研究のためにこの本を読んでおり、シンドバッドは磁石の島で船を失ってしまうが、代わりに弓矢を得て旅を続け、そのような言い伝えがここ中小坂にあるかどうか知りたかったわけである。キャンベルは、民話は聞けなかったが、ツルハシをなくしたかわりに今後の道中、肉食に恵まれることになった。しばらく歩くと中山道の松井田に到着し、10年ほど前まで大名たちがよく利用していた本陣にすんなりと投宿することができた。
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