第14話:無垢なる悪魔の退場

## エピソード:無垢なる悪魔の退場


### 罪の抜け殻


夏美は、ありさに手首を離された瞬間、まるで魂を抜かれたかのように、その場に崩れ落ちた。糸の切れた操り人形。彼女の目から、狂気の炎は完全に消え失せ、ただ、理解不能な現実を映す、空っぽの穴だけが残されていた。


ありさは、そんな夏美を一瞥すると、会場全体を見渡して、困ったように、しかしどこか楽しげに肩をすくめた。その仕草は、この地獄絵図を作り出した張本人とは思えないほど、無垢で、悪意のないものに見えた。


**「わたしは悪くないわ。ただ、帰ってきただけ」**


彼女の声は、鈴が鳴るようにクリアに響いた。


「自分の名前が呼ばれている気がして。…まさか、お葬式だなんて思わなかったけれど」


その言葉は、建人と夏美の罪を、最も残酷な形で白日の下に晒した。彼らは、生きている人間を弔うという、狂気の沙汰を演じていたのだと。


### 軽やかな別れ


彼女は、崩れ落ちる夏美と、床に這いつくばったまま動けない建人に、もはや一瞥もくれなかった。用は済んだとばかりに、くるりと背を向ける。その動きには、一片の躊躇もなかった。


そして、ひらりと手を振った。

その仕草は、カフェで友人と別れるときのように、あまりにも自然で、軽やかだった。


**「さようなら」**


その足取りは、驚くほど軽かった。

まるで、ずっと肩にのしかかっていた重い荷物を、すべて下ろしたかのように。

あるいは、これから始まる本当のショーに、胸を躍らせているかのように。


カランコロン、と、ありさがカフェを出た時と同じドアベルの音が、今度は葬儀会場の出口で鳴った。彼女は、振り返ることなく、光の中へと消えていった。


### 後を追う影


会場の混乱を背に、エリとエリカは静かに立ち上がった。二人は短く視線を交わし、頷き合う。その瞳には、安堵と、そしてこれから始まる復讐劇の第二幕への、冷たい決意が宿っていた。


彼女たちは、床に転がる二つの「罪」の抜け殻には目もくれず、主役が去った舞台にもはや用はないとばかりに、ありさの後を追って、静かに会場を後にした。


残されたのは、理解を超えた出来事に声も出せない参列者たちと、床に転がる、二つの人間の残骸だけだった。


彼らが犯した罪は、決して埋められることはなく、今、最も残酷な形で、白日の下に晒されたのだ。そして、本当の地獄は、まだ始まったばかりだった。

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『優しいでしょう?わたし』 志乃原七海 @09093495732p

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