一択ラーメン

藤泉都理

一択ラーメン




 醤油ラーメン。

 味噌ラーメン。

 塩ラーメン。

 豚骨ラーメン。

 鶏白湯ラーメン。

 魚介豚骨ラーメン。

 低加水麺。

 中加水麺。

 多加水麵。

 家系ラーメン。

 二郎系。

 ご当地ラーメン。


 会社員の五十代男性、加治かじは働く傍ら、定年を迎えたらラーメン屋を開きたいという夢を抱え、全国各地のラーメン屋に足を伸ばし、ラーメンを食べ続け、分析し続けて、作り続けていた。

 店のメニューは一種類のみと決めていたが、どのラーメンを作るかを、極めるかを決めかねていたのである。

 刻一刻と定年まで近づいている中、楽しみよりも焦りがないと言えば嘘になる。

 ああどれも美味い美味すぎるのがいけない。

 早く決めなければならない。決めなければラーメン屋を開くまでの道を描けない。

 自己流でいくのか弟子入りするのかさえ決められない。

 ああどうしようどうすれば。

 歯ごたえのあるチャーシューを噛み、シャキシャキのモヤシを噛み、ちぢれ太麺を勢いよく啜り、濃厚な豚骨汁を勢いよく呑み込み、肉厚なワカメを噛み、ピリッと辛みのある紅生姜を噛み、ちぢれ太麵を啜り、濃厚な豚骨汁を飲み干し、ラーメン丼の底に残っていた一本のちぢれ太麺とモヤシを箸で抓んで食べる。


「「おやっさん。ご馳走様でした」」


 合掌して豚骨ラーメンに感謝を述べてのち、博多ラーメン屋台のおやっさんに感謝を述べた加治は声を揃えた隣の人物を見た。

 聞き覚えがある、ありまくる、少し高音の少年の声音。

 緑の蛍光色だけでも目立っているのにさらに逆立っており、前髪で片目を隠すというキャラが立ちまくっている髪型、幼い顔立ち、華奢な身体の少年は、ここのところよく出くわしている。ラーメン屋で。外見からして高校生か中学生か。いずれにしても学生である。学生がこんなに全国各地に行っているという事は、アルバイトをしているに違いない。アルバイトをしてまで全国各地のラーメン屋で出くわすという事はつまり、同志だという事に違いない。

 五十代のおっさんが学生に話しかけるのはどうかと尻込みをしていた加治であったが、もう通報されたら通報されたでいいではないかとりあえずラーメンについて語り合いたいと去り行く少年の後を追いかけた。

 流石は十代の若者である。少年が走っている事もあり、どんどんどんどん距離が離れていく。これは諦めろという神の啓示かと思いつつも必死で追いかけた加治。しかし土地勘がないのか、少年が行き止まりの路地裏に入って行った事に、よっしゃと満面の笑みを浮かべた直後、通報案件じゃんとの囁き声が聞こえた。


(もしかしたら危ない仲間が待っているのかもしれないわけだし。やはり、話しかけるにしても人目があるところの方がいいだろう。うん。今日は諦めよう)


 少年を追いかけるのを諦める。

 そう、決めたはずなのだが、加治の身体は路地裏に入って行っていた。

 運命というものに引っ張られているような摩訶不思議な感覚だった。

 これはもしや何か心躍る冒険が始まる予感では。

 加治の足取りは少し軽やかになった。


「………げ」


 加治は己の予感が間違っている事に気付いた。

 少年が闘っていたのである。

 スレンダーな一人の女性と。

 ファンタジー漫画でよく見る光景であった。

 唐突に姿を消しては見せて、閃光を撒き散らしながら光の剣をぶつけ合いまた消える。

 空中で。

 不思議と音はない。風もない。

 宇宙空間に迷い込んだような浮遊感がある。


(ナニコレヤダコレ。ファンタジーなの。SFなの。どちらかというと、SFの方が馴染みあるかしら。超人ロックとか超人ロックとか超人ロックとか。ああそう言えば、あの少年、超人ロックの髪型にそっくりじゃないの)


「あんた。ラーメンの匂いがする。身体に染み込んでる。あんたもラーメンに魂を奪われた男ね」

「げ」


 突っ立って見ていた加治は顔をひきつらせるも、身体は直立不動になった。

 少年と闘っていた女性が後ろに立って加治の首に腕を回したのである。

 わあ女性からこんなに密着されたの何年ぶりかしらと、現実逃避していた頭がさらに加速度を増した。


「ゆるさない。ゆるさないわ。私の愛する人もラーメンに奪われた。私を捨ててラーメンを選んだのよ。ラーメンなんて滅ぶべきよ。ええええ。私が滅ぼしてあげるの。あんた。動かないで。この男を殺されたくなかったらね。ふ、ふふ。伝説のエスパーも大した事がないわね」

「ひぃっ」

「殺せばいいだろ」

「は?」


 やはり身体は直立不動のまま、加治の口だけが大きく開いた。

 とんでもない事を言ったのは、加治ではない。少年である。少年が女性に加治を殺せばいいと言ったのである。これだから最近の若者はなっていないと言われるのだ。


(ひ、ひ、ひ、人の命を何だと思ってんだっ!?)


「殺せばいいですって。はは。あはは。流石は悪のラーメンを食べ続けているだけはあるわね。情も何もないのね。あんたは」

「そうだな。だから」

「げ」

「キミもこのおっさんも平気で殺せる」


 気がつけば、空に浮いていた少年が眼前に居て。

 気がつけば、少年が光の剣を加治もろとも女性を貫いていた。

 加治は目を見開いて少年を見つめていた。

 少年の深淵の瞳を見続けていた。

 ブラックホールみたいだ。

 加治は崩れ行く身体をけれど、必死に踏ん張って立たせると、少年の襟元を両手で強く握りしめて、くそったれと血反吐と共に吐き出したのであった。


(死んで、たまるか。俺は。俺は最高のラーメンを作るんだよ)





















『大丈夫。致命傷は外したし、そもそも致命傷だったとしても、ボクがすぐに治癒できるし。だけど、巻き込んですまなかった。よくラーメン屋で見かけるおっさん。ボクもラーメンが好きなんだ。ラーメンを食べないと力が出ないくらいに。まあ、今回の事もすぐにボクの超能力で記憶を消すから忘れる。いやだけど、こんなにしょっちゅう巻き込まれるなんて、どんな不幸体質をしているんだ。できれば今回で終わらせてほしいものだけど。おっさんの作るラーメンには興味がある。いつか食べられる日を楽しみにしているよ。ただの一人の少年の客として。ボクには無限に時間はあるけど、おっさんにはそんなに残されていないからできれば早めに頼むよ』




「いや。忘れられてないんだけど」

「おっかしいなあ。何度も超能力を使ったから耐性がついちゃったのかな。しょうがない。ま。もう巻き込まれないようにボクについてくるなって注意できるからいいか。うんうん。よかったよかった」

「いやかるっ! いやいやいやいや。さっさと記憶を消してくれ。おまえの仲間だと思われて狙われるだろうがっ! なんかよく分からんけどおまえすごいエスパーなんだろっ!」

「ああ。うん。そうだな。じゃあ、ボクの誕生からって言いたいところだけど、ボクの誕生はよく分からないんだよな。桃の果実から生まれたとも、木の間から生まれたとも。はは」

「いやもう口を閉じてっ! 平穏な人生を送りたいのっ!」


 塩ラーメンを食べ終えた加治は同じく塩ラーメンを食べ終えた少年に、とりあえず自己紹介からと言われてしまった。


「ボクの名前は心空こあ。よろしく」

「俺は名乗らねえからなっ」

「うん。名乗らなくていいよ。加治さん」

「ぎゃあああああっ」











(2025.12.13)



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一択ラーメン 藤泉都理 @fujitori

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