第4話 聖夜の迷子

名古屋の死者を“彼岸”へ送る──

冥府省送魂部・名古屋支部の黄泉送り、メイ。


今日の依頼は、

クリスマス限定の厄介な死霊カスタマーだった。


▼△▼


冥府省・名古屋支部。


弱い暖房の中、

ストーブのやかんが細く湯気を上げている。


昭和の名残が漂う事務所で、

シノが突然、メイへ身を乗り出した。


「お願い!!

メイなら“あげはちゃん”を、

永遠のクリスマスから解放してあげられると思うんだよ!」


両手を合わせて拝まれ、

メイは肩をすくめた。


「それ、

クリスマスにしか出ない“イベント死霊カスタマー”でしょ?」


「そうなの!」


シノは椅子を回し、

困ったように唇を尖らせる。


「話はできるんだけど、いつも最後は逃げちゃって……

今年こそ送ってあげたいのに」


嘆いたかと思えば、

突然ぱっと顔を上げた。


「でもさ、

メイは聞き上手だし、“話しやすい顔”してるし……

ワンチャンいけそうじゃない?」


「“話しやすい顔”って何よ」


笑いながら、

メイは端末を開く。


〈大森あげは〉

検索結果に、十年前の報道が表示された。


《十年前のクリスマス》


「名駅ビル南側ガラス屋根付近で──

大森あげはさん(20)が転落死。」


続いて、

冥府省専用の“内部注記”が青文字で浮かぶ。


・当日、待ち合わせ証言あり

・視線追跡データに、特定方向への繰り返し確認

・未練強度:中〜高

・毎年クリスマスに再出現

・“誰かを待つ姿勢”を保持


「これは……厄介ね」


つぶやいた瞬間、

やかんが、ちり、と鳴いた。


◆ ◆ ◆


名古屋駅・中央ロータリーの真上。


冬風がガラス屋根を撫で、

光が薄く揺れる。


下では恋人たちが笑い、

スマホの光が小さな星のように瞬いていた。


メイは、

歩行者デッキで足を止める。


緑色のガラス屋根の端に、

ひとりの少女が腰を下ろしている。


「……いた」


呼ばれたように、

大森あげはが顔を向けた。


十年前から、

“聖夜にだけ”現れる少女。


光の粒が輪郭を撫でるたび、

その実体は、かすかに揺らぐ。


メイには見える。

だが、他の通行人は誰ひとり、

屋根に目を向けもしない。


「今年は来そう?」


あげはは、

ふっと微笑んだ。


「さあ、どうかしら。

ずっと探しているんだけど」


「探してるって……誰を?」


「彼よ」


風が吹き抜ける。


けれど、

あげはの髪は一筋も揺れない。


ガラスに映る“影”だけが、

静かに揺れていた。


「私……後悔もしてるの」


「後悔って、何を?」


「衝動的に死んだこと。

馬鹿なことしたなぁって」


メイは小さく息を吐く。


「そっか。

なら、そろそろ──」


あげはの声が、

その言葉を遮った。


「変なのが、うろついているのよ」


背筋を、

冷たいものが走る。


「……え?」


「人をずっと見てきたけど、その中に──

死者でも、生者でもない、

“どちらでもないモノ”がいる」


デッキの灯りが、

一瞬だけ瞬いた。


冷たいざわめきが、

足元をなでていく。


「ねえ、黄泉送りさん。

あなた、本当に魂を“黄泉”に送っているの?」


その問いは、

メイの胸の奥に、静かに沈んだ。


◆ ◆ ◆


名駅の夜のカフェ。


窓の外を走る車の光が、

テーブルをかすめていく。


「……いけると思ったんだけどなぁ」


メイはカップを見つめ、肩を落とした。


「結局、逃げられちゃった。

手強すぎるわね」


そのとき、

静かに影が差す。


顔を上げると、

金髪の男――レオンが立っていた。


「これは奇遇だね。

ご一緒しても?」


「お断りよ」


即答。


それでもレオンは、

温度のない笑みのまま、椅子に腰を下ろす。


「コーヒーを。ブラックで」


ウェイトレスが去ると、

レオンはゆっくりとメイを見る。


「デッキ、冷えただろう?」


抑揚のない声。


「……なんで知ってるの?」


「“たまたま”見かけた。

俺のオフィスは、この上階にあるからね」


淡々とした口調。

だが、次の言葉には、わずかな揺らぎがあった。


「君は……

本当に彼らと対話するんだな」


運ばれてきたコーヒーを受け取り、

レオンはカップを持ち上げた。


ひと口、口をつける。


湯気の向こうで、ゆっくりと瞬いた。


メイは目を細める。


「名駅の屋根に、“帰れない魂”が一つ。

狩れなかったが……興味深い」


その声の端に、

ほんの少しだけ“人間らしさ”が混じる。


カフェのBGMが、

微かにノイズを帯びた。


メイはカップを置く。


「……私たちは狩らない。

“送る”のよ」


その瞬間、

あげはの問いが胸に浮かぶ。


——本当に、黄泉に送っているの?


視線が、わずかに揺れた。


レオンは答えない。

ただ、一瞬だけメイを見つめる。


ひと息ぶんの静寂。


言葉を探した、その瞬間──


レオンは椅子を引いた。


「また会おう。

名古屋は……狭いからね」


そして死神は、

音もなく、人混みに溶けるように消えた。


メイの背後で、

窓ガラスが、ふっと揺れる。


ガラスの中にだけ──

あげはが映っていた。


その視線は、

通りを行き交う“どこか”を追っている。


唇が、声もなく動く。


『……どちらでもない、モノ……』


メイは気づかない。


ガラスの像だけが、

ソレを、見つめ続けていた。

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黄泉送りOLは今夜も定時で帰れない ──冥府省・名古屋支部・送魂記録── 神代ゆうき @pupukushi0423

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