第2話 「素早さアップ」蕎麦
大通りから外れた、いわゆる裏通りの、分かりづらいところにひっそり建つ蕎麦屋さん。「藤庵」
活動時期は冬期限定。しかも年末の年越しそばのシーズンにしか営業しない。
そんなところにやってくる客というのは変わり者であるとか、ちょっとばかり訳ありの者であるとかである……。
店内では、一人の客が蕎麦をすすっている。
黙々と食べていると思ったら……突然手を挙げて店員を呼びつけた。
若い店員秀吉が駆けつける。
「へい。いかがしやしたか?」
「……おすすめのトッピングを頼む」
「トッピングにございやすね。かしこまりました。そうですねえ……出汁の染み込んだ油揚げとか、ちくわとかいかがでしょう?」
「そうじゃない!!」
「は、はあ」
「……『魅力値』の上がるトッピングを頼むと言ってるんだ」
「『魅力値』!?」
「あるだろう! ……山菜をトッピングに選んだら『知能アップ』とか、鴨肉を選んだら『腕力アップ』とか。で、何をトッピングしたら上がるんだ。『魅力値』は」
「あ……あっしには……なんのことだかさっぱり……」
「わからねえってことねえだろう! 北条院椰子ちゃん……」
「はい?」
「北条院椰子ちゃんを攻略するには、椰子ちゃんとのクリスマスイベントをこなさないといけない!
そのためには明日中に椰子ちゃんにクリスマスパーティーに誘われないといけないんだけれど……今のままだと『魅力値』が足りねえんだ!」
「攻略!? な、何をおっしゃってるんですか!?」
まるで話が呑み込めない秀吉の後ろから、店主の藤吉が「ぬ」と現れた。
「話は聞かせてもらいやしたぜ……。北条院ちゃん狙いとは、難易度超級の茨の道を選びなすったなお客人……」
「親方!?」
藤吉は、顎に指をあてながら微笑んでいる。こういう時はだいたい、悪いことを考えている時の顔である。
「そうだ! 北条院ちゃん攻略の絶対条件は文武両道。俺は夏のインターハイイベントを優勝して、期末試験でも学年トップになった! だけど、北条院ちゃんの最重要イベント、『クリスマスパーティーで愛犬と仲良くなる』を起こすには魅力値が足りないんだ!!」
さっきから二人が何を言っているのか、秀吉にはチンプンカンプンである。
「ところで、今どんだけあるんですかい。お客人の魅力値」
「……五十三だ。学力ばかり上げていたからな」
「五十三! それは厳しい……クリスマスパーティーに呼ばれるのに必要な魅力値は百三十ですぜ? しかも誘われるイベントは明日だ。明日までに、間に合いますかねえ……」
「ど……どうすればいいんだ!」
「そうですねえ。じゃあ、お客人にだけ特別ですよ? とっておきの裏技教えちゃいますわ。まずは、蕎麦の麺自体には大した効果がない。蕎麦のカサが上がるだけなので麺は減らすべきですな。そして……トッピングはこれです」
藤吉は、緑色の野菜が入っている瓶を客の前に置いた。
「これは……『ニラ』?」
「そうですニラです」
「これで……魅力値がアップするのか!?」
「まさか。ニラで魅力値がアップするわけがないでしょう。
息が臭くなるだけです。
これをトッピングすることによって上がる能力は……『素早さ』です」
「素早さ!? 関係がないだろう!」
「まあまあ最後まで聞きなさいな。ニラでは魅力値は上がりませんが……この街中にある魅力値アップイベントを全てこなしたらなんとか今夜中に間に合うんじゃないですかい?」
「この街中だと!? 今夜中にか!?」
「だから、『素早さ』なんですよ客人。それもこのニラの効能は、もって三十分だから、何回かこの店に戻って『ニラそば』を食っていただかないと……間に合わないかもしれませんね……」
藤吉が言うと、客の目の色が変わる。
「こうしちゃおれん!!」
そして、瓶に入ったニラを蕎麦にふりかけ、箸で口に掻き込む。
「ご馳走さん!! 釣りはいらん! 払っている時間が惜しい!! 三十分後またくる!!」
そう言って、男は店を駆け出していった。
「そそっかしいねえ。……うまくやんなよ」
「親方! 店内がニラくせえっすよ!」
秀吉が口を尖らせる。
「いいじゃねえか。……自分を『恋愛シミュレーションゲームの主人公』だと思わせる催眠そば。大成功だぜ」
「今回のは俺ぁ賛成できねえ! あの客が来るたびにニラくさくなるじゃないですか!」
「その匂いが、恋のスパイスってこった。秀にはちと早えか」
「恋のスパイス!? ニラがあ!? ……ったく、流石にかわいそうですぜあのお客さん……」
秀吉は、店の戸を開けて換気をする。冷気が店に入り込んでくる。
「まあいいじゃねえか。人間誰しも、恋をしてる時が楽しいってもんよ」
次の更新予定
2025年12月15日 06:00
不可思議蕎麦屋、藤庵 SB亭moya @SBTmoya
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