下――
で、カワジリの廃倉庫くんだりまで来たわけだけれども?
ああ。困ったね。七つもあるねえ。ゴミどもが。
って、頭の中だから特異廃棄物、で良かったか。はは。
もはや虹彩の色がどうとか見るまでもなく、症状が進行しきっているのが一目で分かってしまう。
可愛い妹のようなネネカが傍らにいるし、帯刀している以上、これらの処分は俺の果たすべき義務である。見て見ぬふりで帰るってわけにはいかんのですわ。
「えー……あー……、はい。ではでは。
行政特区カワサキ、環境局特異廃棄物清掃課、
特異廃棄物七つを視認。
清掃業務に着手します」
俺は公務員であるので、このような形式張った業務宣言を欠かすことができないのだ。画一化されたフォーマットは大事である。尊い。何も考えずとも仕事が進んでいくからだ。何も判断する必要がない。感情を動かす必要がない。頭を使う必要がない。これほどまでに有り難いことはない。
業務の遂行にあたり、テンプレートに沿い仕事をこなす。
これが俺の
ほなやりますか。と、抜刀。
ちゃき。と軽妙に
あかんあかん。うっとりしている場合ではなかった。
「おい、ネネカ。
邪魔になると邪魔だから端っこに行っといてくんね?」
「……シゲカタ、
……邪魔邪魔言って失礼な奴」
口を尖らせつつも、ネネカは俺の言葉を聞いて倉庫の隅に積んである
黒影が四つん這いのケダモノとなって、がさがさごそごそ迫りくる。
刀。袈裟の角度。
ぶじゅっ――。
刀が身幅の半分、首に吸い込まれて刃が立つ。靴底で頭部を蹴飛ばしながら刀を一息に引き抜く。
シュピっ――。
銀の一閃が走った首から鮮やかなスプリンクラー。
同時に、俺の頭の中の
次いで、二体目が大の字のポーズとなって飛び掛かってくる。
どうにも今日の奴らは運動能力、体の扱い方が
俺の目にはスローに見える空中の特異廃棄物。
その腹をすっと突く。突いた刀はするりと腹に潜り込んだかと思えば、すぐに背中の方から切先を
刀で串刺しにしたまんま、更にずんと上に持ち上げると身が震えだした。うげっ。嫌だねえ。刀を右に振るって肉塊を地面に打ち捨てる。
更にもう一度軌道をトレースし、刀を振るって刀を伝う
美しい彼岸花が俺の中に熱を生む。
熱――。
俺の中の熱い熔鉱炉が二千度に達する。
来た来た。これよ、これこれ。
俺の中の俺じゃない俺が起き上がるこの感じ。
たまにあんだよね。高揚感が俺を支配して何をするにも気持ちが良くなる、そういうボーナスタイム。
すんッ――。
シュシュっ――。
ほらね?
赫い花が。大輪である。赫い向日葵なのかな。
開き続ける花弁がやばいくらいに優美でくらくらしてくる。
ほほほ。全能よ。全能感なのよ。
見飽きてしまって用が済んだので、二輪の花を、突き刺しては投げ捨て、突き刺しては投げ捨て、熔鉱炉へ突き落とす。
悪いが俺はお前らを憐れとは
悪いのは僕じゃない? こうなったのは僕のせいじゃない?
はは。お前らが
五つ目。六つ目。背面を取る。切先でファスナーを滑らせる。二つの
ああ。良き良き。
飽きて蹴落とす。
んで? そもそもの話をしてやろうか? そもそもで言えば、先に俺から奪ってったのはケダモノに成り果てたお前らだかんな? それは僕じゃないでちゅって? んなもん知るかい。同類だろが。斬って斬って斬り捨てて。溶かして溶かして溶かし尽くして。どろんどろんのどろどろにして差し上げますわ。
俺は、最後の一つである
ぼっちゅん。と落ちたそいつが赫い鉄の海で四肢を忙しなく動かす。不細工なクロールが次第に溶けてなくなっていく。
は。おもろ。
七つの塊が二千度に熱されどろりと溶け、スラグと
巻き終わっても未だ蒸気を上げ続けるコイルが倉庫に放り出された。
背を伝う暗い快楽が
やがて俺の方の俺が覚醒すると眼前には折り重なったゴミの山。
何時ものように戦利品を頂く。手癖。
ぴしっと刀を振るい、汚れを飛ばして鞘に納める。
ちゃん。と鳴る凛とした音が、業務の完遂を知らせる俺にとっての癒しの調べ。
「うぇーい。ネネカー。終わったぞー」
俺の心の中の湖畔に柔らかな風が流れたような気がした。
覗かせる顔。まじまじ空虚となったゴミの山に視線を集中させているようにも見えるが、何か気になる物でも見付けたのだろうか。
数回の瞬きの後、ネネカが
おいおい。ちょいと仕事をしただけなんだがな。
まあ、でも? 正味こいつには妙な親近の念を抱いているのも事実であり、嫌な気はしない。だので両腕を広げ、受け止め抱擁する体勢になってやる。
ずちゅり――。
は?
は?
痛?
え? 痛い痛い痛い痛い。熱い熱い熱い熱い。
俺は恐る恐る熱い痛みが走る腹部を、左手でそっと触れてみる。
穴。二センチ大の穴が
穴を触ったそばから生理的嫌悪感を覚えるぬらりとした触感が手に
首の裏がちりちりして絶望の念が頭蓋の中を満たそうとしてくる。
視線を落とし、穴を撫でた左手を目視する。
ぬたぬたのぬるぬるの、赫に染まっている。
「ぐぱっ……ぼぽっ……」
口の中が、鉄の味のする液体でいっぱいになっているせいで喋ることが叶わなかった。多分、血なんだと思うが、それが口から漏れて水泡が弾ける音がするばかりで声にならなかったのだ。唇ばかりか顎もびちゃびちゃに濡れた。
――あ? 俺。何? マジ。
右手の力が抜けて先反りの太刀が滑落する。
「はぁはぁ――。
シゲカタ……シゲカタぁーッ!
てめぇが
あたいのアニキなんだよ!
てめぇ……アニキ面して優しくしやがって……!
……あぁ。……ああッ!!
糞! 糞! 糞! 糞!
ぶっ殺してやるッ――!!」
ずちゅ――さくっ――ずどっ――ぐしゃ――。
更に十二回刺された。と思う。
腹の辺りは最初の一発のせいで熱が広がっており、もはや感触がよく分からなかったが、十二回。十二回、俺がいよいよ終わる音がした。
――ナイフか。痛い。俺が渡してやったんだった。熱い。自衛しろって。
上手に扱えてるな。兄ちゃん、安心だよ。
――今。俺、なんて? 兄ちゃん? あ。
「ぶあ……! がはっ……。
ぐッお……ま、ミミ……?」
気付けば
見間違いか? 髪色が随分と派手になった気がするが気の強そうな目元と、ナイーブさを感じさせる繊細な口元。見間違うわけがない。マミミでしかない。
ああ。マミミ。
兄ちゃん、ずっとお前に会いたかったよ。こんな俺のところに、ようやく会いに来てくれたんだね。
「マ、ミミ……!? ざけんな! あたいはネネカだ!!
離せ! 離せよッ! うぅ……うう……ッ!!
これ以上、あたいに優しく触ってくんなッ!!」
はは。マミミも年頃の女の子だからな。二十をとっくに過ぎた兄ちゃんにぎゅってされたら、そりゃ恥ずかしいよな。
兄ちゃん、危ないし汚いからぶっちゃけあんましやりたくない仕事だったけど、清掃のお仕事頑張ったぞ。何人も。何個も斬り捨てた。
俺からお前を奪った
そこに刀が転がっているだろう?
それで斬って捨てるんだ。
どうだ。凄いだろう?
なあ。マミミ。こんな俺を褒めてくれるか?
ああ。ありがとう。声が聞きたかったよ。
俺はマミミを抱き締める。強く。つよく。
マミミはやわらかくてあたたかかった。おれはもうつかれた。
まみみはちょっとらんぼうだがおれをよこにしてくれた。
みみもとでちゃきっとおとがしたようなきがする。
きれいなひとすじのぎんがあたまのうえに。
かざきりおん。
しかいが
ぐるりと
まわる
ああ――
暗転
――幕――
人物
ネネカ カワジリの廃墟にいた謎の少女
行政特区カワサキ―環境局特異廃棄物清掃課― 七理チアキ @shichiri
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