今年学んだこと:翻訳は日本語をそのまま英語に訳せばいい、というものではない
高瀬 八鳳
第1話 今年の学び:翻訳は日本語をそのまま英語に訳せばいい、というものではない
● はじめに
お立寄りいただき有難うございます。
私は今年「自分で書いた短編小説を英語に翻訳し、アマゾンキンドルでセルフ出版する」に挑戦しました。
これも、ジェミニさんとGoogle翻訳さんに多大なるお力添えを
いただいたおかげです。ありがたいです。
勿論、英語の文章は、まだまだ訂正する箇所が残っていますが、
まあ一生終わらないと思うのでいったん完了といたしました。
*この記事は、私個人の感想です。
英語が堪能、とは言えない人間が、初めて日本から英語への
翻訳作業にトライして、感じた事を書いています。
あくまでも個人的なものですし、なんや間違うたこと言うてたらすんません(^^; あたたかい目でお読みいただければ幸いです。
*比較の為に、原文日本語⇒ 英語版⇒ 再度日本語訳(ジェミニさんの) を掲載しているので、まあまあ長文になりました。
はじめに
トライしてはじめてわかった事
「元戦士の俺は、現世で愛の伝道者とよばれている」より
英語版
英文を日本語に訳したもの
「武侠集団の老師になったひと月間」より
英語版サンプル
ジェミニさんの日本語訳
私が気づいたこと
最後に
● トライしてはじめてわかった事
結論から申し上げると
『翻訳というのは、単に日本語文章を別の言語に訳せばいいってもんじゃないんだ!』
という事を学びました。
すいません、題名そのまんまですね...。
いえ、勿論、訳するのは、訳するのですが…。
例えば、日本語で書くものは日本人向けです。
『河童』と書けば、ほとんどの方は、なんとなく
それが何であるのかをイメージできると思います。
しかし、英語でKAPPAと書いても、ほとんどの方はそれが何かをご存じないので、最初に「河童というのは、日本の水辺にすむモンスターで…」という説明が必要になります。
英語に訳すということは、英語を話す文化圏の方々に
伝わるように文章を変換しなくてはなりません。
場合により、文章を付け加える必要もでてくるということです。
拙作から例をあげてみます。
日本語原文:
ある男性戦士が女性(ヨランダ)に転生し、新しい人生を歩む短編小説です。
● 「元戦士の俺は、現世で愛の伝道者とよばれている」より
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ヨランダ(女性)として、俺は今、男どもから日々洗礼を受けている。
奴らから向けられる性的なギラついた目つきも反吐が出るが、多くの男が無意識にもつ女性(おれ)への侮蔑も、どつき回したくなるほどイラッとする。
女性が日常的に受けている善意の膜で包まれた嘲笑を、この10年間イヤになる程に浴びきた。それと同時に、男性であることの優位性と痛みについても考えさせられた。
まあ、俺なりに色々悩んで、今の俺に何ができるのかを考え、思いついたのが馬鹿な男どもへの教育的指導だった。
勝手な自己満足だとはわかっているが、アリアと、そして昔関わった女性達へ少しでも償いがしたい。
女性がなるべく幸せに暮らせる環境を、整える手伝いをしたい。
それが、自分の愚かな行いを反省しながら、男どもにダメ出しをしてまわってる理由だ。
そんな馬鹿野郎が、愛の伝道者なんて呼ばれるようになっちまった。ほんとに、人生何が起こるかわからねえもんだ。
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個人的には、上記文章に、主人公の後悔、反省、自嘲、怒り、嫌悪、改心、学び、慈愛、寛容、前向きな姿勢、等を含んだ内容を書いているつもりです。
しかし、これをそのまま、英文にしても、伝わらない。
英語と日本語の違いといいますか、きちんと細部まで説明が必要らしいのです。
色々と試行錯誤して、このようにしました。
● 英語版
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As Yolanda, I get a daily dose of what it’s like to be a woman, thanks to men. I am sick of the leering looks they give me, but I also feel the contempt that many men unconsciously have for me, a woman. It irritates me so much that I want to punch them.
For the past ten years, I’ve experienced the daily condescension women endure, disguised as goodwill from men – the patronising tone, the assertion of incompetence, the constant interruptions. And men are completely unaware of what they are doing to women. I’ve come to understand that.
This experience has also made me reflect on the perceived superiority and the inherent pain of being man – the pressure to be strong, the fear of showing weakness, the expectations and the stereotypes.
Well, I worried about a lot of things and wondered what I could do now, and I came up with the idea of educating stupid men, like I used to be. I know it’s just for my own selfish satisfaction, but I want to make amends, even if just a little, to Aria, and the women I was involved with in the past. I want to help create an environment where women can live as happily as possible. That’s why I spend my time reflecting on my past mistakes and offering advice to men who need guidance. That rubbish guy, me, is now called a Love Guru. You really never know what’s going to happen in life.
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今度は、こちらを日本語にしてみますね。
下記はジェミニさんが訳をだしてくれたものです。
● 英文を日本語に訳したもの
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俺、ヨランダはさ、男たちのせいで、女として生きるってのがどういうことか、毎日身をもって思い知らされてるよ。
男たちが向けてくるいやらしい視線にはうんざりするし、それだけじゃなくて、多くの男が女である俺に対して無意識に持ってる軽蔑の念も感じる。あまりにもムカついて、ぶん殴ってやりたくなるほどだ。
この10年間、俺は女たちが日々耐えている「善意を装った男たちからの見下し」を経験してきた。上から目線の口調、能力を決めつける物言い、話を遮る行為。そして、男たちは自分が女たちに何をしているのか、全く自覚がない。俺は、そのことを痛いほど理解するようになったんだ。
この経験はまた、男であることの優位性や、それに伴う根深い苦痛についても考えさせることになった。強くあらねばならないというプレッシャー、弱さを見せることへの恐怖、社会からの期待や固定観念といったものだ。
まあ、色々と悩んで、今の自分に何ができるかを考えた結果、かつての俺みたいに愚かな男たちを教育する、というアイデアを思いついた。
ただの自己満足だってことは分かってるけど、アリアや過去に関わった女性たちに、ほんの少しでも償いをしたい。女性たちができるだけ幸せに生きられる環境づくりを手伝いたい。
だからこそ、今は過去の過ちを反省しつつ、導きを必要とする男たちに助言を与える時間に費やしている。
あのクソ野郎だった俺が、今じゃ「ラブ・グル(愛の導師)」なんて呼ばれてる。 人生って、本当に何が起こるか分かんないもんだよな。
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原文と比べると、英語翻訳版とそれを再度日本語に訳したものは、
文章がだいぶ増えて長くなりました。
もうひとつ例をあげます。
日本では、カンフー映画は以前からわりとお馴染みかと思います。
最近では、漫画やウェブトーンで、武侠ものも人気ですね。
ですので、読者さんはその界隈の関連ワードを書けば
ある程度はイメージをふくらませてくださるのでは、と期待できます。
私はそう信じて、だいぶ説明をはしょって書いてます。
日本語原文:
ある男子高校生が、カンフー的な世界にとばされて依頼されたミッションをコンプリートするお話。
● 「武侠集団の老師になったひと月間」より
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そして、気づくとオレは大勢の、中華風の服を着た人達に囲まれて寝ていた。
「老師、ご気分は大丈夫ですか? 急にお倒れになったので心配いたしました」
すぐそばで、オレの手を握り脈をとっているらしき老人がそう言った。多分、このひとは医者なんだろうな。
ろうし……。中国武術映画や漫画ででてくる、あの老師か。オレは、師匠ってことか。
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● 英語版サンプル
When I woke up, I found myself in an unfamiliar place, surrounded by many people. The atmosphere was thick with tension.
The warriors, both men and women, wore the traditional kung fu robes often seen in the movies. Their faces were stern and bore the look of disciplined training.
The room, solidly made of wood, was lit by candles instead of electric lights. Everything about it made me feel like I was in ancient China, just like in the films.
“Master, how are you feeling? We were very worried when you collapsed.”
An old man, who seemed to be taking my pulse, said this. He was wearing white clothes, like a lab coat, unlike the others. He was a calm, intelligent-looking old man with the air of an experienced physician.
Master? Like in those old kung fu films? The scene was surreal, like something out of those kung fu comedies I watched as a kid. Me, the revered Master? That’s absurd.
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● ジェミニさんの日本語訳
目覚めると、見知らぬ場所に横たわり、大勢の人々に囲まれていることに気づいた。室内には張り詰めた緊張感が充満している。
集まっていたのは、映画でよく目にする伝統的なカンフーの道着をまとった男たち、そして女戦士たちだ。彼らの顔は皆、厳しく、鍛錬を積んだ者特有の、規律正しい表情をたたえていた。
部屋は頑丈な木造で、電灯の代わりにろうそくの火が灯っている。その全てが、まるで映画で見たような、古代中国の情景の中にいるかのように俺に感じさせた。
「師匠、ご気分はいかがですか?お倒れになった時は、我々は大変心配いたしました。」
そう声をかけてきたのは、脈を取っているらしい一人の老人だった。彼は他の人々とは違い、白衣のような服を着ている。物静かで知的な顔立ちをした老人で、経験豊富な医師の雰囲気を漂わせていた。
『師匠? まるで、あの古いカンフー映画みたいじゃないか。この光景は現実離れしている。子供の頃に見た、あのカンフーコメディに出てくるような場面だ。俺が、崇拝される師匠だと? 馬鹿げている』
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● 私が気づいたこと
あらためて、日本、中国、韓国の国々は、なんだかんだ言っても
色んな文化や思想を共有しているんやなあと思いました。
もし、気づいてなくても、例えば儒教的な親や目上の人を敬う、
という礼儀や思想は、それを行うか・どう捉えるかは別として
知識としては持っている人が多いのではないでしょうか。
東アジアには、共通の文化や思想的基盤が存在しているという説に
私は納得しました。
(全部が同じだという意味ではありません、あくまでも共通の部分もある、という話です)
しかし、欧米とアジアでは、色々な大前提・常識が、大きく違う部分も
多いように思います。ですので、細かい説明が必要となるのでしょう。
『日本語をそのまんま英語に直訳しても、伝わるとは限らない』
そのような話はよく聞きますし、私も知っていたつもりでいました。
しかし、その言葉の意味を表面上なぞっていただけで
中身を理解できていませんでした。
実際に、日本語を英語に翻訳してみて、はじめて肚におちた気がします。
英語に訳すということは、英語を話す人々の文化的背景を理解し
日本文化との違いを認識した上で、なるべく原文のニュアンスを
保持して、しかし相手にわかりやすい文章に変換するという事です。
これって、とてつもなく難しいですよね。
翻訳者、通訳者の方々には、ただただ尊敬の念に堪えません。
『言語』というものは、ある意味、世界への「入口」のようなもので
ドアを開けるとその奥には、想像をはるかに超える広がりとつながりが
存在しているんだなあと驚きました。
またひとつ、新しい気づきを得ることができて嬉しく思います。
● 最後に
今年の挑戦、翻訳作業を通して
やってみる。
諦めずに継続する。
って、大事やなあとあらためて思いました。
ジェミニさんに「こんなんじゃ通じませんよ」と何度も何度も
ダメ出しをされながら、え〜こんなん全部訳すとかムリちゃうん?と
半泣きになりながらも、なんとか完成できて嬉しいです!
何かを学び、体験する。
知らない事を知るって、単純におもしろいです。
そして、そのやってみた経験は、大切な財産となります。
2025年前半は、たまたま時間に余裕があったので
タイミングよく、この挑戦をすることができました。
翻訳の相談にのってくれた友人に心から感謝しています。
さて、来年はどんな経験をして何を学ぶのでしょうか?
2026年が今から楽しみです。
****************
考えていた以上に、長くなりました…ごめんなさい😅
最後までおつきあいくださり、本当にありがとうございます!
皆さまも、どうぞ良い学びを🎵
今年学んだこと:翻訳は日本語をそのまま英語に訳せばいい、というものではない 高瀬 八鳳 @yahotakase
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