第10話

「わ、私……?」

「うん。ここまで見せられて、澪だけ『やっぱやめます』は通らないよ」


 楽の言葉はきっぱりしているが、どこか優しい調子でもあった。


「大丈夫。今日は発表会だけ。誰もいきなり斬ったりしないから」

「しないでよ!?」


 全力でツッコミを入れてから、澪は小さく深呼吸をした。


「……分かった」


 胸の前で手を握りしめ、一旦目を閉じる。

 そして、おそるおそるポケットから“それ”を取り出した。


 白銀に近い淡い光沢を持つグリップ。

 玲司のものよりも細く、繊細な印象。

 表面には、水面の波紋のような紋様が刻まれていて、月光を受けてかすかに光っている。


 澪は、そっとそのスイッチに指をかけた。


「……お願い!」


 囁きと共に、淡い光が広がる。


 キィン――と、澄んだ音。

 グリップの両端から、透明な“線”が伸びた。

 それは最初、ただの光の帯に見えたが、すぐに形を変え、弓のシルエットを形作っていく。


 握りの部分から滑らかに弧を描く“弓身”が、白い光と淡い青のグラデーションで現れる。

 弦の部分は、一本の眩しい光の線だ。だが、その光には確かな“張り”がある。見ているだけで、触れれば指が切れそうな緊張感を帯びていた。


「……キレイ」


 玲司は、思わず呟いていた。


 鎖剣のような暴力性も、宿木のような不定形さもない。

 そこにあるのは、静かな光と、研ぎ澄まれた緊張だけだ。


「これが――私の、静光弓セラフライン


 澪は自分で口にしたグリップ名前にはっと驚いた。

 使うと急に頭に名前が浮かんでくる感覚、不思議だよな。

 澪は少しだけ照れくさそうに、それでいて誇らしげに弓を掲げた。


「形、弓なんだな」

「う、うん」


 澪は、弦にそっと指をかける。

 軽く引くだけで、空気が震えたような音がした。だが、矢はない。


「あれ、矢は?」

「見えないだけだよ」


 楽が補足するように言った。


「セラフラインは、“光の矢”を生成して打ち出すタイプ。外からは見えづらいけど、エネビスの収束した塊が、弦に引っかかってる」


「……本当に?」


 半信半疑のまま、澪は弦をもう少しだけ引き絞った。

 すると、弓の中央に、淡い光の“矢じり”のようなものが現れた。


 矢羽はない。ただ、鋭く尖った光の杭。

 それでも、そこに「質量」があることは、澪自身の指が一番よく知っていた。


「セラフラインの特徴は、“精密射撃”と“貫通”だね」


 楽は、分析モードに入る。


「見えている範囲なら、距離に関係なく、ほぼ狙ったところに飛ばせる。速度も相当なものだし、エネビスを込めれば、そこそこの防御は貫けるよ」


「そこそことか簡単に言うなよ……」


「弱点は、同時に大量には撃てないこと。一本一本の矢に、かなり丁寧な“狙い”と“感情の収束”が必要になる。だから、連射よりも一撃必殺系かな」


「私に、一撃必殺なんてできるかな……」


 澪が不安そうに呟くと、楽は首を振った。


「別に“殺す”だけが必殺じゃないよ。相手の武器を撃ち抜くとか、足を止めるとか、視界を潰すとか。遠距離から確実に『戦闘力を削ぐ』のが、澪の役割になると思う」


「遠距離支援、ってことか」


 玲司は、鎖剣を肩に担ぎながら言った。


「前に出て殴られるのは俺の仕事で、楽はどっちもやれて、澪は後ろから撃つ。なんか、ゲームでよく見るバランスだな」


「タンク、アタッカー、アーチャーって感じね……」


 澪が苦笑すると、楽も頷いた。


「役割分担は、シンプルな方が分かりやすくていいよ。もちろん、戦いが進めばそれぞれの武器の“裏の顔”も出てくるだろうけど」


「裏の顔?」


「例えば、グラティナは防御と拘束のイメージが強いけど、鎖を“足場”として使えば、機動力にも振れる。ステレコスは解析と適応だけど、あえて“脆い形”を取ることで、誘導弾みたいな応用もできる」


「セラフラインも、ただの弓じゃないよ」


 楽は澪の弓を指さす。


「光の矢は、“物理”と“精神”の両方に干渉できる。エネビスに直接“ノイズ”を送り込むこともできるから、当てるだけで相手の集中を乱したり、感情のバランスを崩したりもできるはず」


「え、そんなことまでできるの……?」


「できる“可能性”がある、って話ね。だから今日みたいな基礎練習で、まずは武器との感覚をすり合わせないと」


 楽は、三人を順に見渡した。


「まとめると――」


 一本の指を立てる。


「玲司の鎖剣グラティナは、“前線での制圧と防御”。中〜近距離で相手の攻撃を受け流し、押し返す役」


 次に、二本目。


「ボクの宿木ステレコスは、“状況の解析と臨機応変な対応”。場合によっては前にも後ろにも出る、ジョーカー枠」


 そして三本目。


「澪の静光弓セラフラインは、“遠距離からの精密支援”。敵の急所や武器を狙って、戦闘を有利に運ぶ役」


 指を下ろし、楽は小さく笑った。


「――悪くないパーティー構成だと思うけど?」


「ゲームの話に聞こえるけど、全部こっちの命かかってるのがな……」


 玲司は、鎖剣の刃を見下ろした。

 深い紺色の中に、自分の顔が歪んで映り込んでいる。


 これが、自分の「戦い方」の核になる武器。

 逃げたい気持ちは、まだどこかに残っている。

 それでも――。


「……とりあえず」


 鎖剣を軽く振り下ろし、刃を地面に突き立てた。


「こいつの“使い方”くらいは、ちゃんと覚えないとな」

「うん」


 澪も、胸の前で弓を抱きしめるように持ち直した。


「私も……逃げてばっかりじゃなくて、“狙って守れる”ようになりたい」

「いいね」


 楽は満足そうに頷いた。


「じゃあ今日は、これで“自己紹介”は完了ってことで」

「ここからが本番って顔してるのは気のせいか」

「気のせいじゃないよ」


 即答で否定され、玲司と澪は同時にため息をついた。


「この後は、それぞれのグリップを使った基礎動作に入る。歩き方、構え方、エネビスの流し方。地味だけど、一番大事なところだよ」


 そう言って、楽は手を打ち鳴らした。


「――さあ、訓練、始めようか」


 夜の神社に、三つの異なる光が灯る。

 深い紺の鎖剣グラティナ

 揺らめく黄緑の宿木ステレコス

 淡い蒼白の静光弓セラフライン


 古びた境内が、静かに「戦場」として目を覚ました。

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